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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(69)

 どの日本人の心のなかにもよりよい収入を得たいとう気持ちがあった。もっと魅力的な仕事のある土地の情報を求めていた。そんなとき、パウリスタ線とソロカバナ線に沿って、新しい作物の生産地があることをきき、安里はアルタ・ソロカバナ地方のパラグァス・パウリスタに家族みんなで移ることにした。
 当時、棉のことを「白い黄金」とよんだが、それがブームになっていた。棉の栽培地を購入できるのはほんの少数で、ほとんどの移民は借地をさがすのにやっきとなっていた。収穫が年一回なので投機の対象でもあった。コーヒーのように最初の収穫まで時間がかからない。コーヒーは生育期の収入はゼロだから、その間、借地代を払うのに苦労する。棉は短期作物だから、収穫したら払い、また収穫したら払えるというように資本の回転が早い。栽培にはあまり手がかからず、土地が肥沃なら肥料もそれほど要らない。借りた土地だから、荒れてしまったら、次の土地を探せばよい。
 タバチンガではこのような条件で働いていたのだが、アルタ・パウリスタやアルタ・ソロカバナの奥地は借地代が安く、その方にみんな流れていった。うまくいったら、土地を購入するだけの金をもうけることができるかもしれない。そうなれば暮らしも向上し、基礎がかたまるというものだ。
 安里は渡伯以来ずっと働いていたモジアナのコーヒー園地帯を後にし、タバチンガに移り住んだ。そこに、長姉の娘の姪、イイモリ・カマーがやってきた。カマーは5年前に沖縄をたってから会わずじまいの幼馴染の房子を訪ねてきたのだ。アルタ・パウリスタのルセリアで借地し、家族で棉栽培をするために移るところだという。それこそ、いい機会だと、移転を決めたが、その行き先は偶然にも、アルタ・ソロカバナだった。
 安里の出発後、正輝と房子の生活は少々味気ないものになった。
 結婚とは単に、子をもうけることという考えがまわりのものにあった。だから、正輝と房子が結婚して数ヵ月もすると、ばあさん連中は「ナーダ カサギテー ウラニ?(妊娠はまだか)」とうるさく聞いた。
 盛一の妻、ウマニイはそういいながら、若い妻のおなかをつついた。房子はそんなことにも、また、新しい生活にも少しずつなれていった。朝、早く棉の畑にでかける支度のために、夫よりずっと先に起きた。畑では夫と同じぐらい、いや、はっきりいうと、力がいる仕事にはまったくむかず、意欲のない夫以上に彼女は働いた。
 しかも、房子には正輝が手をかさない仕事が山ほどあった。出かける前の昼食、夕食の準備をはじめ、家の整理整頓、洗濯といった沖縄の女だけでなく、どこの国の女にも課された家事をこなさなければならない。年がら年中、働きづくめだったが、それほど疲れもおぼえず、屈辱的とも感じなかった。自分に課された役目だと思っていた。
 子どももいず、お腹が大きくないことも、仕事をするためには都合がよかった。野良仕事の一端を夫に任せることもできるのだが、夫は重労働をきらい、ますます読書に精出していた。
 そんな正輝が、ある日、とんでもないことを思いついた。
 台所の仕事に興味をもったのだ。料理の仕方をたずねた。正輝は鍋を火にかけている間、ジャカランダのテーブルに本や雑誌をならべて、小声で文章を読むことができるというのだった。もっとも、それは休みの日に限り、畑に行く日は急ぐから、本を読みながらの支度などできない。それは小回りがきく妻にしかできないことだった。