「政治改革」と「汚職防止法案」こそ最優先課題
戦後ブラジルでは選挙で選ばれた大統領は、軍政前にドゥトラ、ヴァルガス、クビチェッキ、クアドロス、グラールまで5人、民政移管後はネーヴェス、コーロル、FHC、ルーラ、ジウマ、ボルソナロの6人で計11人だ。
ただし、本人の自殺や病死、辞職、罷免によって昇格して大統領になった最高裁長官や副大統領が9人もいる。前記の11人の大統領で任期を全うしたのはドゥトラ、クビチェッキ、FHC、ルーラのたった4人。この戦後74年間の中で、だ。
生きている元大統領はサルネイ、コーロル、FHC、ルーラ、ジウマ、テメルの6人だが、うちコーロルとジウマは罷免され、ルーラは昨年、テメルは先日逮捕された。今後のラヴァ・ジャット作戦の進展次第では、さらなる元大統領逮捕もありええる。なにもないのはサルネイ、FHCのみ…。
ブラジルにおいて「大統領に選ばれ、任期を全うし、退任後も罪に問われない」ことは、神業的に難しい。なぜ難しいかと言えば、汚職をしないで資金を集めて選挙に勝ち、それをしないで任期中に連邦議会の票まとめをすることが難しいからだ。
これがリオ州知事になると、もっとひどい。3月21日付G1サイトは《モレイラ・フランコ逮捕で、リオ州ではこの3年間で5人の知事を逮捕》と報じた。カブラル、ぺゾン、モレイラは刑務所留置で、ガロチーニョ、ロジーニャは自宅拘禁だ。
言い方をかえば「選挙で選ばれ、生きている元知事は全て逮捕」というとんでもない状態だ。なかでもカブラルは約200年の刑を宣告されている“汚職王 ”だ。リオ五輪、サッカーW杯という国際的大イベントを汚職のチャンスとばかりにやりたい放題やってきた結果、こうなっている。
この政治システムは根本的なところを変えないと、どうしようもないところまで来ている。
もちろん、国家財政を整えるという意味で社会保障(年金)改革も必要だろうし、企業が活動しやすくなるという意味で税制改革も必須ではある。だが、モーロ法相が就任早々に作成し、連邦議会に提出した「犯罪防止法案」は汚職を減らすという意味では、前者二つよりも重要だ。
年金改革は、国際投資家が一番重要視している部分ではあるが、国民にとっては「今年やらなければシステムが崩壊する」という緊急性はない。税制改革も何年も言われ続けてここまで来てしまったものだ。
おそらく政治家自身は否定するだろうが、冒頭に並べた大統領や州知事の汚職の数字からは「政治倫理が一番危機的な状況にある」ように見える。政治家が良くならないと、長期的にみた最良の政策「義務教育への重点投資」も実行されない。ならば「政治改革」と「汚職防止法案」こそが本当の最優先課題ではないか。
あまりに不安定、議会に基盤のない政権
ブラジルの大統領は国家元首であり、「行政府の長」と「国民統合の象徴」という重要な役割を一人で担う。大統領はいったん国民から直接選挙で選ばれたら、次の4年間、絶大な権力を手に入れる。不逮捕特権をもち、自殺、辞職、罷免以外は続けられる。
別の言い方をしたら、間違えて選んでしまったら、国民はじっと4年間我慢するしかない。ボルソナロ大統領は就任早々からボロを出して支持率が急落しており、「この調子で本当に4年間も持つのか」と心配する声まで出てきている。
23日付エスタード紙にはロドリゴ・マイア下院議長のインタビューが掲載され、「あの政府は発想の砂漠だ」と批判している。「多様なアイデアがない」「臨機応変さがない」、つまりは「交渉の余地がない」ことを批判しているようだ。
ボルソナロは「トマ・ラ・ダ・カー」(それはお前にやるから、これはこっち)という政治交渉を否定することを選挙戦の最中から強調してきた。だがここへ来て、交渉しないことで下院議長がへそを曲げている。
マイアは「ブラジルはツイッターから出て、現実に直面すべきだ。ツイッターだけでは誰も雇用を創出できない」と語り、インターネットのツイッターで一方的な発言だけして、議員の声を聞かないボルソナロ一族のあり方を切り捨てた。
同一族は「顔を合わせて政治交渉する」のを「古い政治のやり方」と批判する。先に米国でトランプからちやほやされて、さらに妙な自信をつけたようだ。
同一族は昨年の選挙で、ツイッターなどのSNSを駆使して圧倒的な得票を得た。その人気を背景に、下院議会に言うことを聞かせようとしている。だが、政治交渉は本来、どれだけたくさんの人と話して声をくみ上げるかという部分がある。その部分が、結果的にないがしろにされている。
連邦政府が提案した法案は、議会で承認されないと発効できない。昨年までは議会で大統領の党が中心になって連立与党を組んで議員票を確保し、過半数を抑える力学が働いた。その連立を組むために、大臣や高級官僚、公社トップや幹部の席を差し出して、政治交渉した。その強力な人事権ゆえに、政治家が汚職をする余地が大きかったのも事実だ。
だから、ボルソナロは「トマ・ラ・ダ・カーだからやらない」と連立を組まず、大臣の席を軍部にたくさん与え、与党の議席に応じた席の配分をしなかった。つまり、連立与党というバーゼ(基盤)がない状態になっている。
ボルソナロは従来の連立与党というバーゼの代わりに、銃規制緩和議員グループ、農牧議員グループ、キリスト新教派グループが票まとめをしてくれるはずと思っていたが、その当てが外れた。大統領が孤立してしまい、3議員グループとの間に入って政治交渉する人がいないみたいだ。
だが、社会保障改革法案を通すには、下院議会定数の6割(308票)以上の承認が2度必要だ。従来は、政府と大統領の党PSL、下院議長が一体となって議会工作をしていたのに、今回は全部、マイア下院議長に丸投げしているような形になっている。
そこでマイアは怒って一連の批判をしている。「ツイッターでは議会は動かない」と。ここでいう「ツイッター」は、「インターネットで即時にやりとりする、わずか数行の文章で表現する刹那的な手段」のことだ。ツイッターという仕組みの上では、深い複雑な議論はできない。だが、ボルソナロは選挙民の注意を引く過激な文言を連発して選挙戦を勝ち抜いた。
だから、論理的な理屈を積み重ねた話を理解しない浅薄な大衆が、ボルソナロの支持基盤といえる。とても大衆迎合的な烏合の衆だ。
大統領選挙ではツイッターは大変役に立ったが、議会運営には向いていない。マイアが突きつけているのは、顔と顔をつき合わせてデバッチ(討論)することだ。だが、ここの部分こそボルソナロがもっとも苦手とする方法だ。ツイッターは一方的な発言で終わりがちだが、政治は対話だ。
もしも先の選挙でツイッターにより、ボルソナロのPSL党が議会で200人を占めていたら、今のやり方でも力を発揮していた。だが、現実には60人弱しかいない。
ここで政権が、議会のまとめ役のマイアと話をつけられず、バーゼがないままだと法案はまったく通らない。法案が通らなければ、政権の評価は下がるばかり。政権はどんどん不安定化していくだろう。
この大統領制の不安定さを変えるには、どうしたらいいか。
SNSは大統領直接選挙の悪い面を助長する
万が一、ボルソナロが任期を全うできない事態になっていくのであれば、そこから苦い教訓を学ぶべきだ。
SNSなどの現代的な通信手段が発達した現在、「国民が大統領を直接選ぶと、大衆迎合主義に陥りやすい」という教訓だ。大統領制でなければ何か。イギリスや日本、スエーデンでも採用された「議院内閣制」だ。
議院内閣制では、最大与党の党首が首相に就任する。最大与党が連立を組んで過半数を抑え、そのトップが首相になるから、議会と政府が基本的に同じ方向を向いている。
首相の支持率が下がれば与党内で別の首相を選んだり、首相が国会を解散させて国民の信を問うこともできる。解散総選挙になれば、国民的な問題を争点として選挙戦が争われるから、そこで選ばれた議員はその争点に関する国民の意思を代表とした人たちだといえる。
だが、大統領制には、議会解散という手段はない。
さらに日本の場合、首相は「行政府の長」で、天皇陛下が「国民統合の象徴」を務める。だから政権が交代したとしても、常に「国民統合の象徴」は大黒柱のようにどっしりと構えている。もともと大衆迎合主義に陥りがちな民主主義だからこそ、皇室の役割は重要だと痛感する。「国の安定」という最大の目的に対して、実に有効なシステムだ。
またはドイツ連邦のように大統領と首相が両方いる場合もある。連邦議会議員から選出される連邦首相が「行政府の長」として内閣を組閣するという「議院内閣制」だ。「国家元首」は連邦大統領で、基本的に象徴的・儀礼的な権限しか持っていない。
どのような政体をとるべきかは、国によって違う。だが、80年にジレッタス・ジャー(大統領直接選挙の請求運動)が盛り上がって軍政を倒した経緯から、ブラジルでは今でも「国民が直接に大統領を選ぶことが一番いい方法」だと単純に理解されている。
だが、大統領と連邦議員を別々に選ぶと、弱小政党から大統領が生まれる可能性が高く、不安定な政権ができやすい。議院内閣制なら、議会の最大党派が首相を出すからある程度の安定性が保たれる。
「SNSで国民に直接発信すればいい。だから議会とは対話しない」では、現制度の弊害そのものだ。そろそろ、大統領制のあり方を冷静に分析、評価する時が来ている。(深)