第6章 銃声、そして二人…
1940年11月23日土曜日の夜、子どもたちはすでにベッドに入っていた。
そのとき、ウサグァーと雇い人が住んでいる奥の部屋から聞こえた鈍い銃声で、正輝は、飛び起きた。
「ヌウーヤガ ウレー?(何だ、これは?)」
と、ブツブツいいながら奥に走った。妻もそのあとを追った。眠っていなかった子どもたちもいそいでベッドからおり、居間に走った。父母が急に出て行くのを見て、あとを追おうとしたのだ。
けれども、母親はすぐ戻ってきた。彼女は泣きながら、
「アギザジャビヨーナー」と口走り、何かとんでもないことが起り、納得できなくて、無力を感じたときにする両手を頭にのほうにして、バタバタさせる動作をくり返していた。
そして、子どもたちの行くてを防ぎ、家のなかに連れもどし、部屋のなかに押しこんだ。
「部屋から出てはだめよ」と大声で命令した。
髪をみだし、「アギザジャビヨーナー」と泣き叫びながら、狂乱したようにつぎの行動に出た。
タバチンガで所帯をもって最初に買ったジャカランダのテーブルをドアに向けて居間の真んなかに引きずって動かし、シーツで覆い、椅子を隅に片付けた。清潔な布、水の入ったたらい、アルコール、常備している絆創膏をテーブルに用意した。全てを敏速に整えた。つぎに、泣き叫びながら、走って奥に向うと、夫に「クマンカイムッチクーワ、クマンカイムッチクーワ(こっちに連れてきて、こっちに連れてきて)」とどなった。
房子はウサグァーの小さな体を抱きかかえる正輝を手伝った。ウサグァーは銃で打たれていた。彼女は左手を頭にあて、二つの深い穴から流れでる血が、指のあいだから黒い艶のある髪につたわり床におち、赤い痕跡をえがくのを防ごうとしていた。
ウサグァーは「アー、アー、アー」と言葉にはならない浅くせわしい息をしていた。
妻の助けをかりて、正輝は姪の体を慎重にテーブルに寝かせた。房子は頭を支えるものを用意しなければと、急いで枕をとってきた。枕をつかえば、苦しみが少しは和らぐと思ったのだ。それはよい思いつきではあったが、姪の苦痛をふせぐことはできない。
房子はウサグァーの様子を目にし、受けた傷がよりひどいと連想しないために血をぬぐいはじめた。血がどんどん流れでるから、拭うのに精いっぱいで、その処置がなんの役にも立たないことを考える余裕もない。房子のわめきや泣き声も弱くなっていった。失血でウサグァーの血圧が低下、出血の量も減り、房子が血を拭う動作にも間があいていった。
正輝は事件のあった部屋にもどってみた。そこには胸を撃たれて血まみれになった玉城午吉が横たわっていた。
「フィーオ ダ プッター!(こんちくしょう!)なぜ、一人で死ななかったんだ? 姪を撃っておいて、死にたがるなんぞ」
午吉はウサグァーより深い傷をおっているようには見えない。それが余計正輝を苛立たせた。
午吉が「そうじゃない」といいかけたが、何も言わせなかった。
午吉がウサグァーの頭を撃ち、すぐ、自分の胸を撃ったが、弾がそれて、心臓をはずれたという事実を、曲げようとしていると思ったからだ。
「自分は生き延びるつもりか」とののしってから、警察に報せるために人を町に行かせ、そして、医者の助けを求めるために田場けんすけの家に走った。
部屋では子どもたち、とくに、6歳の長男マサユキは騒々しい母親の叫び、泣き声、走りまわる音、「アー、アー、アー」呻くウサグァーの声を聴いていた。