昨年10月に恋愛、1月に結婚、5月に新婚期終了
「ボルソナロと市場(メルカード)とのルア・デ・メウ(蜜月、新婚期)は終わった」―先週あちこちのメディアがそう書き立てた。連邦政府の教育予算削減に抗議するために、15日に全伯200以上の市で発生した久々の大型デモを受けてのものだ。
であれば、昨年10月に始まったボルソナロと市場とのナモーラ(恋愛)は、1月の結婚を経て、5月に新婚期が早々に終わったことになる。さらに悪化すれば“離婚”にもなりかねない。
先週は失業率にしても、経済成長率の見通しにしても悲観的な数字が次々にでてきた。株価は下がり、ドルが上がる傾向が顕著で、さらに悪化すると指摘する専門家もいる。もちろん「株安ドル高」傾向は、世界情勢の不安定化によるところも大きい。
米国が最強空母をペルシャ湾に派遣してイランとの緊張を高めたことで、石油価格が上がり、投資資金が新興国市場から流出していることも関係している。リスク回避でドルや円に還流している。
これが意味するのは、単に「株安ドル高」「石油の国際価格上昇」だけではない。それに連動している国内ガソリン価格を、ペトロブラスが上げざるをえなくなり、トラック運転手たちの不満が再度高まるという危機要因でもある。
米中覇権戦争の高まりよる世界経済の悪化は、昨年後半から予想されたことだ。それに加えてペルシャ湾情勢の変化により、世界経済は大変緊迫しており、どの国も影響を受ける。景気を浮揚させるための舵取りが、ますます難しい状況になりつつある。
社会保障改革は、景気浮揚の経済的な基礎条件を整えるだけの話だ。いわば風呂桶の穴を塞ぐだけ。穴を塞いだあと、ようやく水(投資)を注ぐ段階になる。だが、どうやって投資を誘うかという次の本格的景気浮揚策は、まだ出てきてすらいない。本来は、このへんの話がとっくに盛り上がっていなければいけない時期だ。
単なる左派潰しの教育改革では国民の反発必至
だが、ボルソナロ政権はまったくおかまいなく振る舞っているように見える。その典型が、冒頭に指摘した教育予算削減反対への大型デモ勃発だ。ボルソナロは「左翼の牙城」としての大学を弱体化させたくてしょうがないようだ。そのために、一番右翼イデオロギーが強い人材をあえて教育相に配置しているように見える。
本道としての「教育改革」は、小学校などの基礎教育を充実させて文盲を減らし、論理的な思考能力を高め、金融教育を施して計画的に消費ができる国民を育てることだ。それを実現するために、出費が多い大学向け高等教育予算を減らさないといけないなら、得意のビデオ投稿でいいから、大統領自身が前もってその主旨を国民にしっかりと説明するべきだった。
ところがいきなり当時の教育相は、「無茶苦茶な3大学の予算を削減する」などの問題発言から始めた。左翼潰しとしての教育改革であることは明白だ。それでは納得しない国民も多い。だからPT支持者以外までを大量動員するような大型デモになってしまった。
これは、左派陣営に塩を送る行為に等しい。ルーラを逮捕され、昨年10月の選挙に負けて、これからどうやっていったら分からないPT陣営は、このデモで息を吹き返した。
ボルソナロ氏が言うことが国民から本当に支持されているのなら、社会保障改革を進めようとしない連邦議会に不満を持つ国民が、親ボルソナロの大規模デモをしてもいいタイミングだったはずだ。
だが、そんな動きはまったくない。逆に反ボルソナロの方向で、デモは起きた。今後、それが大きくなるようであれば、来年の地方統一選挙でボルソナロ派は致命的な結果を招くだろう。
余りに純朴なボルソナロの思考回路?
市場は新政権に、社会保障改革を最優先で進めることを期待していた。だが、ボルソナロはまったくそれに意識を集中していない。
それどころか、右翼イデオロギー的な発言を、本人や思想的な師匠オラヴォ、息子が連発して世間を騒がせて、むしろ改革の足を引っ張っている。モウロン副大統領をはじめとする軍出身閣僚が、オラヴォからの攻撃を我慢しながら、その尻拭いや火消しに回っている構図だ。
特にボルソナロ本人の発言がヒドイ感じだ。というか大統領は良かれと思って発言しているが、言われた本人や関係者には迷惑になるような文脈にみえる例が多々ある。
例えば「モロ法相とは、最高裁に空きができたら判事に推薦すると話していたが、実際にそうするつもりだ」と言ったのもそんな感じがする。その前日に、モロが欲しがっていた金融活動管理審議会(Coaf)が、特別委員会の裁決で経済省の所属に戻ることになっていた。ボルソナロ的には「モロはさぞ悔しいだろう。なら少しでも彼の慰めになることを言わねば」という心理で、件の発言をしたのではないかとも推察される。
だが、最高裁判事になることを条件に法相を引き受けたことが本当であれば、まさにトマ・ラ・ダ・カー(政治的な裏交渉)のレベルの話であり、世間のモロへの評価は最悪になる。ボルソナロの思考回路ではその辺が理解できず、つい本音を最初から言ってしまう傾向が抜けない。
社会保障改革に関しても最初に落としどころをマスコミに明言してしまったり、ゲデス経済相やオニックス官房長官はゲッソリという気分だろう。
本来、新政権最初の3カ月間は、国民やマスコミからの期待値が最も高い時期だ。それを背景にして、政権がやりたいことを最もできる時期「蜜月期」だと言われる。この時間は、二度と訪れない。一日一日がとても貴重な時間だったはず。それを棒に振った。無駄にしてしまった訳だ。
大統領が暫定令(MP)で出した新政権の目玉政策は、議会の承認が得られないまま期限がすぎると無効になる。その承認期限がどんどん迫っている。尻に火がついた状態だ。
いつでもインピーチメントできる下院議会
それに対して、安定感のある存在感を示しているのはロドリゴ・マイア下院議長だ。「連邦政府がどうであれ、社会保障改革は、私が責任を持って下院を通過させる」と先週明言したのは、その現れだ。議会をまとめられる人材は、連邦政府側にはいない。
マスコミ報道によれば、議会内でも「7、8月中には社会保障改革を通す」のはすでに前提となった雰囲気だ。ただし、現在の「政権提案」の改革法案ではなく、それを換骨奪胎した「事実上の議会法案」として通過するという見通しを語る専門家もいる。
恐ろしいことに下院では、「反政権的な提案」への賛成票を簡単に300票超も集められることを、今年に入って2回も証明している。1回目は3月に入ってすぐの議員割り当て金の年度内執行に関する議案、2回目が先週で、教育相の下院召喚に関して307票を集めた。これが意味しているのは、下院議会が活動を始めた3月から、5月現在にいたるまで議会工作がまったく進んでいないことだ。
言い方を変えれば、政権側が提出する法案を議会ですんなりと承認させるための連立与党、いわゆる「バーゼ」が3カ月たっても形成されていない。
憲法改正やインピーチメント(罷免)などの国政上の最重要事項を、下院議会が承認するのに必要な数字は、全議員513人の3分の2、つまり「342票」だ。議会側としてはボルソナロを罷免しようと思えば、あと40票を確保するだけで、いつでも実行できる状態にある。
それをするために何が足りないかといえば、(1)国民の支持率が十分に落ちること、そして(2)インピーチメントに値する刑法違反や犯罪が立証されることだ。
(1)に関していえば、昨年10月に彼に投票した5779万6972人のブラジル国民の多くが、すでに新政権に落胆している。特に、もともと積極的にボルソナロを支持するわけではなく、反PTという理由だけで選んだ人の多くは、とっくに現政権に幻滅した。政権の支持率急落がそれを示している。前者の条件は、すでに機が熟してきている。
フラヴィオ上議の汚職捜査が発端になるかも
(2)に関していれば、そのような絶妙なタイミングで、ボルソナロの長男フラヴィオ上議に対するリオ州議時代の汚職疑惑が高まっている。
当時の議員秘書ファブリシオ・ケイロス氏の銀行口座に、不自然な資金の動きがあることが昨年末からマスコミを騒がせている。先週にはフラヴィオ、ケイロスはじめ90人もの口座情報開示が裁判所に許可されていたことが報じられた。この犯罪が立証されれば、現政権にとって致命的な結果につながる可能性がある。
フラヴィオ上議はケイロスに罪をすべて擦り付けて、トカゲのしっぽ切りをしようとする流れだが、それだけでは終わらないこともありえる。
政権内になんら役職をもたない息子が、大きな顔をして政権運営に口出ししているボルソナロ家の在り方は、公私混同そのものだ。悪い意味で純朴なボルソナロのセンスがそれを許している。公私混同が当たり前の在り方からすれば、「家族内でお金の動きがつながっているのが当たり前では」との声もある。
大きな流れからすれば、中道派の国民が政権を見放して支持率が下がり、議会は反政権的な団結を強めている。その結果、ボルソナロの周辺(閣僚やスタッフ)から中道派が抜けるようになれば、政権がより過激な方向に向かって孤立化を深める可能性がある。すでに周辺には大統領をカリスマ化、神格化するような発言も出てきている。
万が一、ボルソナロ本人に汚職資金が流れていたことが立証されれば、あっという間にインピーチメントまで流れ込む可能性がある状況だ。
そうなれば、モウロン副大統領が昇格して、軍事政権以降初の軍人大統領の誕生だ。皮肉なことに、現在の新政権内の動きをみるに、極右に傾いたボルソナロ周辺よりも、軍人閣僚の方がよほど中道的な発言をしている。
次の大統領は左派、右派でなく中道から?
PT政権時代に大きく左側にふれた「政治の振り子」は、ボルソナロ政権で逆方向の右に目いっぱい振った。次の振り子の動きは、もう少し中道寄りの左ということは十分にあり得る。
そんな国民の雰囲気を先どっているかのように、最近になって中道左派シロ・ゴメスがマスコミに頻繁に登場し始めている。昨年の大統領選で健闘した彼ゆえに、「PTはイヤ」、かといって「ボルソナロには幻滅」という国民が目を向けそうな選択肢だ。
と同時に、中道右派で存在感を高めるマイア下院議長、そして着々と布陣を固めているジョアン・ドリアサンパウロ州知事からも目を離せない。
3年後の大統領選は、彼ら中道派による三つ巴の戦いになるかもしれない。