「充実した老後の過ごし方」をテーマとした毛利律子さん(沖縄、70)の講演会が16日、サンパウロ市メトロ・サンタクルス駅近くの力行会館で行われた。ブラジル日本女性の会(細井真由美代表)主催。自然主義生活の代表者として米国人哲学者ヘンリー・デイビット・ソローを紹介した際、小説家の司馬遼太郎から「小学生にも読めるソローを」と依頼を受けて小伝『ソローとはこんな人』を書き上げたとの交流秘話を明かし、会場からは驚きの声があがった。
毛利さんは司馬文学の愛好者で、司馬宛てに感想を綴った手紙を送ったところ、返信があり、文通が始まった。毛利さんは司馬の影響から向学心が強まり、38歳で慶應義塾大学人間科学部に入学。アメリカ学を専攻し、岡山大学院で博士課程を修了した。ソロー研究もその一環として行い、そのことを知った司馬から以下のような手紙が届いた。
「…十九世紀のアメリカのピューリタンの伝統の中で、ソローは蒸留水のようなよき伝承者であったかと思います。日本でいえば非僧非俗のようなくらしをし、つねに文明が持つ〝猛性〟に抵抗し高度の知性が自らを山林の自活者とし、かつ文明の憎悪者にしたというあたり、こんにちいよいよ必読の書であらねばならないかと存じます。たまたま竜馬と同時代の人ですね。ソローの小伝を、たとえ自費出版でもお出しになると、われわれにはありがたいのですが。できれば、小学生にでも読めるような本であれば、最高です。『ソローとは、こんな人』という題で…」
毛利さんは、司馬からの便りを励みに3年掛かりで『ソローとは、こんな人』を書き上げた。司馬からは、上梓を寿ぐ便りが届いた。
「人類がただ一人得たソローについて。…ソローはさまざまなものを見るについて仮説を考えたにちがいありません。どんな仮説か、その仮説からどんな宝石が掘り出されたか、きっと子どもたちはよろこぶにちがいありません」
毛利さんは当時を振り返って「司馬先生は、お亡くなりになる直前まで日本の行く末を案じておられました。晩年には『二十一世紀の君たちへ』という文章を遺されています。「小学生にも読めるソローを」という先生のお言葉には、そうしたお気持ちがあったのだと思います」と司馬の遺風を偲んだ。
ソローは19世紀前半に米国で活躍した自然主義文学者。代表作に自身の自給自足生活の様子を記した『ウォールデン 森の生活』(1854年)がある。急激に物質主義社会化していく当時の米国の中で「自然に帰らなければ、人間を知ることはできない」と警句を発し「シンプルライフ」を提唱した。
また、奴隷制度とメキシコ戦争に抗議するため、人頭税の支払いを拒否して投獄された経歴を持ち、その「市民的不服従」の思想は、マハトマ・ガンディーのインド独立運動やキング牧師の市民権運動に大きな思想的影響を与えた。
講演会では、そのほか最新の健康情報などが紹介され、約40人が来場した。