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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(102)

 正輝は子どもたちを引き取り、名字も保久原と変えた。それこそ避けては通れない自分の責任だと思った。ただ、ひとつ条件をつけたが、これは房子も賛成し、二人の子どもに重々しい態度で次のように伝えた。
 この先、ネナとセーキは正輝夫婦の子どもとして扱う。そして、この先、母の前夫の名字嘉数を使ってはならないとはっきり言い渡した。母のためにその名を残したいのはやまやまだ。だが、嘉数盛二、そして、長男セイエイの存在を忘れるために嘉数を使わないこと。彼らは自分たちの都合で、母と二人を見捨てたのだから、おまえたちとは関係ない。これからは保久原家の子となる。保久原キョーコ、うちではネナと呼ぼう。セーキは保久原セーキだ。
 ネナもセーキも正輝がいったことのすべてを正しくは理解できなかった。だが、二人ともこれから正輝をパパイ、房子をママイ、マサユキをニーチャンと呼び アキミツ、ヨーチャン、ミーチ、また、これから生まれる子も本当の兄弟になるのだということは分かった。自分の子どもにもこの二人を兄弟として扱うようにいい聞かせた。
 貧しい農村の家庭では娘は子どものときから主婦の役目をはたす。農地では働き手が必要だったからだ。畑仕事はふつう成人男子の仕事だったが、成人の女や年に不釣合いな少年でもその役目を強いられた。そして年端のいかぬ娘でも家事をこなさなければならなかった。ネナはそのような運命にあった。家中でたったひとりの娘だったからだ。だが、なんといっても彼女は幼すぎた。親を失って、家事を手伝いはじめたときにはまだ5歳にもなっていなかった。
 運命に甘んじたのか、自分がどういう立場にあるか分らないまま、ただもくもくと働いた。仕事の覚えも早かった。体格は貧弱で小さいのに大人の女と同じように洗濯をしたり、干したりする力仕事もやりのけた。新しく母となった房子はやさしい台所の仕事も教えはじめた。まず、ご飯の炊き方。これにはコツがあった。米と水の分量、そして、炊けるまでの時間を覚えることだ。そのあと、もう少し手がかかるが、惣菜の作り方を教えた。ネナは包丁の使い方を習い野菜を切ったり、肉が切れるようにもなった。庭に放し飼いになっている鶏や、家の奥の豚小屋に飼っている雄、雌の豚に餌を与えるのも彼女の役目だった。これらの家畜は家族に動物性蛋白質を供給する源だった。
 だが、ネナをいちばん喜ばせたのはまだ1歳にならないミーチの面倒をみることだった。よく肥えた赤子だったが、まだ、手がかかった。赤ん坊はすでに乳離れし、ウマニーの乳を飲みに田場家に連れて行かれることはなかった。
1941年のなかごろから、ネナに手を引かれてミーチは歩き始めた。
 ウサグァーがこの世を去って半年が過ぎたころには、ネナは新しい家庭にとけこんでいた。喧嘩相手はいない。その上、彼女の仕事はますます増え、この家にとって無くてはならない存在となった。5歳が過ぎるころには台所仕事はほとんどやってのけた。ところが、セーキのほうはヨーチャンとやりあった。ほとんど同じ年だから、同じようなことをやりたがる。とくに、片方は性格が激しく相手のために我慢することなど到底できないのだ。