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日本政府はもっと日本祭りに支援すべきでは

日本祭りの入り口の鳥居

 県連日本祭りの裏方である県連執行部はもちろん、ボランティアとして働いた各県人会の役員や婦人部、青年部、それぞれのブースで働いた皆さんに、今年も心から「お疲れさま!」と言いたい。
 本国以外では世界最大規模の日本祭りにして、昨年は眞子内親王殿下をお迎えして移民110周年式典会場となった伝統あるこの行事は、今年も無事に終わった。

▼来場者には快適だが、県人会は売り上げ減

日本祭り県連ブースで谷口ジョゼ実行委員長(右から2人目)

 とはいえ、当日会場では「お客さんがいつもより2、3割少ないのでは」という感想が聞かれた。
 例年なら土日とも午後から夕方にかけて、人が多すぎて通路を進むのすら大変だったが、今年はスイスイと移動できた。8日(月)にあった谷口ジョゼ実行委員長からの連絡では、今回は20万人来場を予測し、実際は19万2千人だったという。昨年は110周年で21万5千人と特別に多かった。今年は一昨年より多いが、通路や食の広場を広げたせいで、空間にゆとりが生まれ、人数が少ないように感じたようだ。
 ただし、集客の中心となる土曜日の夜、10県ほどの県人会長に現場で聞いたが、北海道のように「昼過ぎには焼きイカが売り切れ。急きょ明日の分を持って来て売ることにした」いう県もあったが、大半の答えは「郷土食の売り上げが2割少ない」、酷いところでは「今のところ売り上げが昨年の半分。去年は特別だったとしても、明らかに一昨年より少ない」と答える県人会もあった。人出はそれなりだが、売上げは減ったようだ。
 その理由をいろんな人に聞いたが「寒いから」「不景気だから」などが思いつくところだった。
 または、いつものように混雑していないため、「今年は来場者が2、3割少ないのでは」という声が多かった。「わざわざ同じ土日にKpop(韓国ポップカルチャー)のイベントが開催されている。音楽好きとかコスプレをするような若者があっちに流れたのでは」と心配する声もあった。
 
▼列に並ばず、ゆっくり食べられるのは良いこと

 「今年の入場者は少なめでは」という立ち話を現場でしていて、「例年、郷土食の列が長すぎて、座って食べる場所がなかった。みな四苦八苦して食べていた。その悪評が広まって、特に足腰に自信のない高齢者が敬遠したのでは」という意見を聞き、膝を打った。
 幸か不幸か、今年の郷土食会場は座る場所が昨年の2倍もあったおかげで、一番混み合う土曜日昼過ぎの時間帯こそ椅子席が一杯になったが、それ以外の時間帯はほぼ座れる状態。混み合う時間帯でも、立食席は十分にあった。
 列に並ぶとすぐに注文を取りにくるシステムを採用した県人会も多かった。並んだ人に青年が注文を聞き、先に作り始めているから、料理の待ち時間が例年より短くなった。
 つまるところ、郷土食を楽しみに食べに行く人にとっては、今年は実に快適だった。注文システムが工夫され、会場が広くなった上に、客足が減った。その結果、例年苦痛だった点が大幅に緩和された。
 ただし、県人会側にとっては売り上げ減というマイナス影響は避けられないところが問題だ。

▼Kpopイベントはライバルだが敵ではない

 土曜日に「Kpopイベントに若者が流れてしまったから、日本祭りの入場者が減ったのでは」という声をあちこち聞いたので、さっそく翌7日昼に、サンパウロ市センターノルテで開催中の「Brasil Hallyu Expo 2019」に足を運んだ。
 日本まつり会場の6分の1程度の広さで、中央奥に特設ステージが作られていた。2017年に開始して今年3回目。17年には「予想を超えて4千人が来場」との記事が出ている。現在の会場なら満員で1万人程度を想定しているだろう。
 このような商業用イベントスペースを使っているのに、なんと入場無料。会場内をみてもスポンサー企業的な表示がない。誰が高額な賃貸料を負担しているのかと不思議に思っていたら、韓国政府だった。

ブラジル韓国文化センター「コレア・ハウス」の入り口のイメージ図

 主催はブラジル韓国文化センター(Centro Cultural Coreano do Brasil)で、日本で言えば国際交流基金のような政府系の文化普及組織だ。同サイト(http://brazil.korean-culture.org/pt/6/contents/289)によれば「2014年サッカーW杯や2016年夏のオリンピックなどの国際大イベントの誘致活動のため」に2013年に設立された。
 この団体は現在、サンパウロ市メトロのサンタセシリア駅とM・デオドロ駅の中間という地味な場所にあるが、今月からパウリスタ大通りに移転してくるという。いわば「ジャパン・ハウス」の韓国版、「コレア・ハウス」とでもいうべき存在になりそうだ。
 完成イメージ図を見ると、木組みを多用した入り口や内装になっており、どこかジャパン・ハウスのファサードの地獄組を想起させる。建物の2層を使って、イベントのスペースや図書館が設けられるようだ。
 ちなみに、Kpopイベント会場には午前11時から午後1時まで滞在した。その間、一番盛り上がったのは、韓国から呼んだKpopアイドル「Newkidd02」(ニューキッズ)がサイン会をした時だ。ユーチューブですぐにこんな動画(https://www.youtube.com/watch?v=mh_hrg_Djdo)が出てきた。

韓国文化イベントの目玉Kpopアイドルがサイン会

 その時、会場に目算で4千人ほどもいただろうが、その半分がサイン会会場を取り巻いて、キャーキャーわいわいと大騒ぎ。我先にサインの列に並んだり、アイドルの前に陣取って写真や映像を撮っていた。
 このアイドルチームの一人ハンソルは、韓国が誇る芸能事務所SMエンターテインメントに所属する練習生のブランド「SMルーキーズ」出身であることから、日本の韓流ファンからも注目されている。ただし、昨年デビューしたばかりの駆け出しチームだ。
 会場入り口のアトラクションは、有名韓流ドラマで使われた小道具展示と、韓国伝統衣装をその場で借りて着付けをしてくれるもの。右手には韓国料理のブースが13軒ならび、その一番奥には韓国版マスターシェフ「K-Master Chef」だった。

韓国文化イベントの会場全体の様子

 政府自らが、自国アイドルを前面に出して韓国文化ファン集めに使うという戦略が見える。これは日本政府にはないものであり、マネをすべきではないか。
 特に目立つのは、ダンス好きな若者が、一生懸命に踊りを練習している姿だ。このような流れは間違いなく、いずれブラジルの音楽界にも影響を与えるだろう。
 5月には韓国アイドルグループのBTSがサンパウロ市のパルメイラス・サッカースタジアムで2回ショーを行い、計8万人を動員した。グローボTV報道によれば、チケットを買うためになんと3カ月前から列ができていたという。
 日本のアイドルグループには、どうしてこのようなことができないのか。日本にpopカルチャーを使う国家戦略がたりないのではないかと思わざるを得ない。
 なお、8月9日にはサンパウロ市の韓国人街ボン・レチーロ区で、「FESTIVAL DA CULTURA COREANA 2019(韓国文化祭り)」が今年も予定されている。こちらはコミュニティ主催で、例年、韓国伝統文化を前面に打ち出している。
 政府はKpopを柱にして一般の若者を呼び、コミュニティは伝統文化を前面に出して地域に根を張った活動をしているように見える。
 少なくとも現段階では規模からいって、日本祭りから何万人もの来場者を奪うようなイベントではない。

▼日本政府はもっと日本祭りを支援すべき

矢野ペドロさんが日本から招聘した太鼓奏者の小田洋介さん(左)のワークショップの様子

 一方、日本の国際交流基金は、日本祭りにけん玉パフォーマーを呼んできた。けん玉が悪いわけではないが、ブラジル人の若者が熱狂するような今の日本を代表する何かをもってくるぐらいの協力をしてほしいものだ。
 目立つ存在としては、元鼓童の和太鼓奏者・小田洋介さんがワークショップをしていた。これは県連の太鼓ブース担当の矢野ペドロさんが自費で呼んだものだ。交流基金よりも訴求力のある日本文化普及を、日系人の篤志家個人が支えている構図だ。
 日本政府はジャパン・ハウスには年間10億円以上の予算を使うくせに、日本祭りにはその100分の1とか2程度、雀の涙のような予算しか割かない。同館では1月に「犬のための建築」展と題して、高尚な犬小屋の企画展をしていた。ブラジルにはもっと大事なテーマがいくらでも転がっているはずだ。このような政府の戦略は間違っていると思う。
 県連日本祭りを開催するには約500万レアル(約1億4千万レアル)もの費用が掛かる。これは、企業によるビジネスベースではなく、民間の非営利団体が主催するものとしては文句なしに最大級だろう。
 もし日本政府が日本祭りの場所代を支援したら無料で入場できるようになる。さらに韓国にならって日本のJpopアイドルの大物を呼んできて、イベントの目玉にすれば、今の2倍の来場者、40万人が見込めるかもしれない。それこそが「オール・ジャパン」だ。それをしたところで、ジャパン・ハウスにかかる費用の10分の1にもならない。
 20万人規模の集客をする有料イベント、巨大になった日本祭りが、純然たるボランティア組織・県連によって運営されていること自体がすごいことだ。「日本文化普及」のためにサンパウロ市周辺の日系コミュニティから、なんと1万5千人ものボランティアが手弁当で参加してくる。
 お客さんの数ではなく、運営側のボランティアだけでそれだけ集まるのは、サンパウロ市にそれだけ日系人が集中し、県連を要にしたネットワークが維持されている証拠だ。だから20万人の来場者がきても、対応できるような受け入れ態勢ができる。
 この一人一人の献身なくして日本祭りはありえない。赤い法被を着て、道路整備や荷物運び、車椅子を押したりする青年のボランティアだけで延べ2千人を数える。
 そのおかげでこの3日間、和太鼓ワークショップ、日本の伝統音楽から歌謡曲、美人コンテスト、折り紙、折布、書道、将棋、囲碁、高齢者スペース、若者向け秋葉コーナーなど、数えきれないさまざまな日本文化が体験出来る場所が用意されている。
 これはすべて、移民や日系人が個人的な努力を重ねて、ブラジル社会に適応するように工夫した日本文化の姿だ。多少、今の日本のそれとは変化した部分があったとしても、根本的な部分は共通している。むしろ「国際化した日本文化」といえる。
 日本政府が日本祭りにたいした協力をせず、ひたすら自前のジャパン・ハウスにお金を注ぎこんでいるという構図からは、「日系社会の日本文化普及は、自分たちがやりたいこととは違う」という強烈なメッセージが発せられている。日本政府は、もっと日系社会と噛み合った協力を検討するべきではないか。

▼心配すべきは、他の出方でなく、自らの足元

 昨年までの日本祭り実行委員長の市川利雄さんに韓国勢の盛り上がり関して意見を聞くと、「むしろ、ライバルができるのは、とても良いこと。たとえ同じ日に開催して、韓国祭りが盛り上がったとしても、心配することではないと思う。僕らが心配すべきは、自分たちの日本祭りがちゃんと行われているかだ。『お客さんが満足して帰ってくれているか』こそを本当に気にするべき。今年満足して帰ってくれたら、来年も来てくれる。その積み重ねが大事ではないか」と淡々と語った。
 まさにその通りだ。
 谷口実行委員長も「各県人会が、日本祭りに参加できる態勢を作る努力することで、会の活性化を図っている。日本祭りがなかったら潰れていた県人会もあったかもしれない。県人会以外の手弁当で協力してくれているボランティアの気持ちにこたえる意味でも、もっとやり方を改良していかなければ」と語った。
 お客さんに満足してもらうことに加え、いかにボランティアが気持ちよく働けるか、誇りを持ってブースを切り盛りしていけるか、そんな体制づくりが大切だ。来年2020年の日本祭りの会場予約は1カ月前にしており、今回よりも広く取っている。つまり、もっとお客さんが詰めかけることが前提となっている。谷口さんは「今から来年のために準備をしていかなくては」と襟を正していた。
 日本政府筋は「コレア・ハウス」の成り行きにかなり注目しているようだ。だが、どうやったら日系社会とがっちり噛み合った形の日本文化普及の態勢が作れるかを、もっと心配してほしい。
 サンパウロ人文科学研究所の調査によれば、全伯で日本祭りが88カ所、盆踊り138カ所で行われている。437団体が会館を拠点に日本文化を発信しているから、地域社会で親日感情が醸成されている。その結果として日本文化の存在感が全伯津々浦々にしみわたり、慰安婦像を作ろうなどという北米のような動きが起きていないのではないか。
 韓国政府の文化広報戦略には学ぶべき点がある。日本政府がブラジルで心配すべきは、市川さんがいうように、自分の足元だ。他国の出方ではなく、「日系社会と噛み合った形で、あと100年続くような日本文化普及戦略が立てられ、着々と実行されているか」という点ではないか。(深)