戦後数か月たったころ、日系社会の殺人者、テロ実行者、不法団体のメンバーの訴訟提起を指揮したDOPS(サンパウロ州警察社会保安局)の局長、ジェラウド・カルドーゾ・ド・メーロは、「ブラシル在住の大半の日本人は日本は戦争に負けなかった。中でも過激な国粋主義の日本人(日経コロニアの80%を占める)は降伏があったのは確かだが、日本側の有利におわった。つまり、二方の間に協定がなされ、日本は連合軍の降伏を受け入れ、連合軍の方が敗戦したのだと解釈し、いいふらしている」とした。
まったく信じられないことだが真実であると打ち明けた。戦後数ヵ月たったころ、ジェラルド氏は日系社会の殺人者、テロ実行者、不法団体のメンバーの訴訟提起を指揮している。
日本の象徴である裕仁天皇や祖国への嘘言や中傷に対して、真実とみなされる情報を届けようと何人かの日本人が組織をつくりはじめた。組織はいったい何をしようとしていたのか? 警察側の見解はこうだ。
「例外なく、すべての組織は規定、パンフレット、雑誌を日本政府の経済、文化、精神の復興を援助するために戦中、戦後にすべきプランとして、日本の勝利を前提に作成された。その上、彼らは日本人が広めた『日本が勝った、負けた』の問題は別にし、日系社会の不信者、熱狂者を落ちつかせ、社会に秩序をもたらすため、ブラシルの法律を尊重させるよう呼びかける(自分たちの組織が不法であることを忘れ)などと、当局をたぶらかすような申し出をした」
サンパウロ州DOPSの局長は、これを邦人社会全体が安全を保ちたいための要請だと解釈した。日本的精神の推進、神教が唱える先祖への崇拝(連合国の占領下にあって、当時日本では禁止されていた)武士道の継続。この組織はわがブラジル国の習慣、社会組織、政治を侵害する過激国粋主義、ファナチズムを普及させようとしていた。
カルードゾ局長によれば、日本人は日本語の小学校を再開し、先祖(神人、英雄)を崇拝する権利をもとに天皇に忠義をつくすことで、戦時中日本が掲げたスローガンである大東亜共栄圏建設をつづけるために、日本政府と当地在住日本人が一致団結すべきだと考えていた。これらの日本人は終戦も本国の敗戦も信ぜず、「日本の敗北を吹聴する裏切り者」たちをけんめいに追跡しようとした。自分たちの仕事の内容を隠し、戦没者を弔う慰霊祭という口実で寄付金を集めたりした。また、若者たちに芸術、スポーツ、軍事学を通して「日本精神」つまり「ニポニズム」を叩きこむために青年会を結成したのだ。
警察はこれらの組織の数は決してすくうなくなく、また、多くはサンパウロ市内にあることを確認した。つまり、組織の先頭に立つ者は農業者ではないということだ。初めにできた組織は元軍人たちが1945年9月7日に創立したものだった。その定款は日本の組織とにかよったものだった。それは元軍人および元兵士を軍事の予備軍として、場合によってはその実践活動を促す規定をもっていた。創立後三ヵ月で「会報」を発刊した。
カルドーゾ局長の話によると、プレシデンテ・プルデンテにおいて、奥地では最も活発な日系秘密組織の「臣道実践連盟」が発足した。当地の法の手をくぐりぬけ、同団体は組織拡大のため世界中の戦没者の慰霊を弔うためという名目で慰霊祭を実施し、寄付金をあつめた。日本が敗戦したことを認めた「負け組み」とよばれる人はだれも招待されなかった。招待されなかったばかりか、暴力を受けたり、家の壁に「裏切り者」と落書きされたりしたのだ。
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