
「ブラジル政界をにぎわす問題」というのは、ここ数カ月というもの、様々な方向で激化の様相を見せているが、こと、「国際的に見ていかがなものか」と思わせる問題が二つ。ひとつは、世界の政界の国際的な流れを完全無視し、顰蹙を買いながら押し進めるアマゾンの森林伐採。そしてもうひとつが、ボルソナロ大統領三男エドゥアルド氏の駐米大使の指名問題だ▼この件で、多くの政治家やマスコミは「大統領は権力を行使して縁故採用を行なおうとしている」と強く反対している。だが、コラム子には、その反対の仕方がまだ「真実をオブラートに隠した言い方」のようにしか聞こえない。この際、ハッキリ言った方が良いと思う。ずばり、エドゥアルド氏の英語力は、外交を行なうにはあまりに不十分なのだ▼そのことを裏付けるエピソードがある。それは昨年11月、同氏が父の大統領当選後、米国のテレビ・チャンネル「フォックス・ニュース」のインタビューに英語で答えたときだ▼そこでのエドゥアルド氏だが、キャスターと意思疎通こそできていたものの、その会話スピードは、米国人のしゃべるそれよりはかなり遅く、カタカナ調で丁寧に話しているつもりでも、ところどころが不明瞭なもの。さらに「D」の音が「ジ」、「T」の音が「チ」になりやすい典型的なブラジル訛りが時折あらわれ、「正義」を意味する単語「ジャスティス」を「ジュスチス」と発音している▼これが仮に、外国でプレーしているスポーツ選手ならば、「他国の生活になじもうとしている」と評価もできるだろう。そのレベルであっても、日本の野球のメジャー・リーガー、ダルビッシュ有の方がまだエドゥアルド氏より滑らかな英語を話すくらいだが▼だが、問題なのは、エドゥアルド氏が就こうとしているのが、国際政治において極めて必要な役職だということだ。それならば、外務省に勤務できるくらいの英語力が必要だし、前提として、その能力そのものがまず測定されなければならない。この点に関して言えば、たとえ「地球温暖化はマルクス主義の産物」と発言して世界的に失笑を買いながらも、エルネスト・アラウージョ外相の英語力は、しっかりプロのそれだ▼そして、ただ単に「話せればそれでいい」わけではない。外交においては、聞く力も、書く力も必要とされる。国際政治の問題において「聞き取れなかった」や「うまく表現できなかった」では通用しないし、プロでさえ一歩間違えれば危うい過ちをおかしかねない。なのに、そういうプレッシャーに耐えうるだけの仕事が、エドゥアルド氏のあの英語力でできるのだろうか▼エドゥアルド氏は、初期トランプ政権の参謀を務めた世界的極右主義者のスティーヴ・バノン氏と友人関係であることを自慢しているが、外交の仕事は、自身の興味のある武器や軍隊、反共以外のあらゆることが必要とされるが、その用意はできているのだろうか▼父ボルソナロ氏は、20日になって急に「息子に恥をかかせたくない」と言いはじめたが、これも、今になってようやく現実が把握できてきたことの裏返しではないだろうか▼また、仮にごり押しが通用して大使に選ばれた場合、その後の実務で大きな失敗を犯してしまった場合に、引責する覚悟がボルソナロ親子にあるか。そこも気になるところだ。(陽)