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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(1)

 子どもは気が動転したウシの権幕におされ、父親の勾留のことをきちんと話すどころか、説明するのも容易ではなかった。
「カッカン(勝つ)とかマキタン(負ける)とかいうことで…」
 沖縄弁で、日本が戦争に勝ったとか、負けたとかでまっ二つに分かれたことを説明しようとした。
「知ってる? 臣道聯盟のこと?」と聞いた。
 サンカルロスはアララクァーラほど聯盟の会員は多くなかった。臣道聯盟が制作した地図には町の印さえなかった。幸いなことに樽夫婦は話しを知っていた。けっきょく、しまいには甥の検挙の理由が分った。ウシは安心して笑い出したくらいだ。
「ああ、そういうこと。セイコ-(まだそんな呼び方をしていた)はいつも政治に口出しするから、そうなることは分っていた」
 ようやく子どもを居間に招きいれ、水と煎餅をふるまった。煎餅は最近奥地の移民たちにも手に入れることができるようになっていた。ウシおばあさんが父の勾留から受けたショックが大きいのを見たマサユキは、変わったビスケットを食べたいと、喉から手が出そうなのをがまんして水だけ一口飲んだ。
 そして、初めてここにやってきた理由を打ち明けた。人手が必要なので、母が自分をよこした。母は身重で、力仕事をつづけるのが大変だと話した。
 主人の樽は仕事で町へ行っていたのでウシとマサユキは帰りをまった。樽がいてこそ、先のことがきめられるのだ。樽の帰宅後、夫婦はだれを手助いにつかわすか、話し合った。ヨシアキは長男だから家を留守にさせるわけにはいかない。その上、いま、勉強中で、ことがうまく運べば、家族ではじめて大学の会計科を卒業することができる。卒業が早ければ早いほど家族にとって都合がいい。よい職業につけ、家族を養うことができる。だから授業を休むことはできない。
 次男のヨシオはどうか? 18歳で小学校は出ているが、それ以上勉強はしたくないという。 野良仕事は十分任せられる。三男タダオはどうだろう? 16から17歳になるところで年齢的にちょうどいい。その弟たちヨシノリは14歳、ルイスは13歳で。まだ子どもだ。ヨシオかタダオか? けっきょく、樽はヨシオを選んだ。

 弟たちは長男の意見に従う義務がある。つまり、樽の息子たちは父に従うと同時に、正輝に従うべきなのだ。長男は命令を下したり、罰を与えたりする権限はだれにも譲らない。
 ヨシオは「あんなヤツを助けるなんて」と思った。
 たぶんほかの兄弟たちもそう思っているだろう。タバチンガのころ、従兄弟がまるで父親のようにふるまっていたことを思い出した。正輝は間違ったことをしでかした従兄弟たちをベルトを手に追い回していた。ヨシオは従兄弟の怒りを逃れるために何回、木に登ったことか。回数が多くて思い出せないくらいだ。
 しかし、父の決定に従わないわけにはいかない。抵抗しても無駄なのだ。けっきょく、正輝がいないことで自分を慰めた。自分を苦しめた正輝はいま牢屋に入っている。あのいばりやの従兄弟のきつい性格と関係なく、自分はアララクァーラの家族を助けに行くのだ。もしかしたら、それほど悪い仕事ではなく、いい経験になるかもしれない。