「こんなことをしてくれる会社は、他に聞いたことないね」――「グルメデリカ」(本社=埼玉県所沢市)に派遣されている日系人労働者の留守家族を集めた22回目の南米懇親会が21日夜、サンパウロ市のニッケイパラセ・ホテルで開催され、そんな感想があちこちで聞かれた。グルメデリカ社に派遣する業務請負会社「拓栄」(本社=神奈川県藤沢市)が主催し、当日は45家族・約220人が集まった。家族が日本の工場で働く様子や、本人からのメッセージ映像が上映され、涙ぐむ家族の姿も見られ、心温まる一晩となった。
グルメデリカ社は1990年にキューピーの100%子会社として設立され、コンビニのローソンに米飯加工食品(弁当、おにぎり、寿司)や惣菜、サラダを納入する。所沢工場から始まり、草加、松本、九州、関西、群馬と増やしてきた。拓栄は、そこにブラジルからの労働者約650人を派遣してラインの業務請負をしている。
昨年10月にグルメデリカ社の親会社がキューピーから三菱商事に変わったことから、6年ぶりに懇親会が再開された。三菱はブラジルからイパネマ・コーヒーや鶏肉、オレンジジュース、アサイなどを日本に輸入している。ローソンは三菱の傘下で、その物流を担当するのは三菱食品、昨年10月からはコンビニの主力商品である弁当の加工部門もグループに入ったことになる。
冒頭、グルメデリカ社の関口繁幸社長はあいさつで、「原材料輸入から加工、物流、販売までを三菱が一手に担当することで、より効率的なオペレーションが可能になった。わが社の工場が365日、24時間稼働できているのは、皆さまのご家族のおかげ」と留守家族に感謝した。
経営企画室の戸田敬久室長も挨拶し、品質保証部の松本章義課長、松本工場工務課の柏葉保課長、群馬工場製造課の西村俊紀課長らが会社概要として「一日当り寿司10万食、弁当10万4千食、おにぎり63万5千個を生産している」などと説明した。
戸田室長が乾杯の音頭をとって和やかな晩餐に。45家族が順番に前方に移動して、次々に映し出される家族が働いている姿や自宅中の様子に食い入るように見入った。映像をスマホで撮影して後からじっくり見入る人も。
弟の佐藤哲雄さん(74)からのビデオレターをじっと見ていた実兄・次郎さん(84、福岡県)に感想を聞くと「年の離れた弟が日本でがんばっている。あまり電話してこないし、2年に一度しか帰ってこないから、映像でみると懐かしい」と笑顔を浮かべた。
スクリーンの向こうで父がとつとつと語る姿を、涙を流して見ていた二十歳過ぎの娘の丸谷アナさんは「父はもう3年も日本なの。サウダーデで胸が苦しい。いつも電話で話しているけど、遠い事実に変わりはない。こうして日本からわざわざ来て会社のことを説明してくれると、少し距離感が縮まって嬉しい」と涙をぬぐった。
60代後半の妹が日本で働いている林ミチコさん(80、二世)は、「私も付添婦として昔日本の病院で13年間働いていた経験があるわ。でも留守家族のために懇親会をしてくれる会社なんて他に聞いたことがない。本当にありがたい」と感謝した。
最後に拓栄の太田和男常務取締役が「皆さまのおかげで我々の仕事が成り立っている」と挨拶し、全員でバンザイ三唱をした。
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グルメデリカ社の関口繁幸社長は「コンビニには、豪雨や地震などの災害時に一番早く店を開けて、被災者に食べ物を提供する重要な役割がある。昨日、移民史料館を見学して、皆さまのご先祖のご苦労を見させてもらった。今は日本のために働いてもらっている。日本に災害があれば皆さんのご家族がそれを支えている。深くお礼申し上げる」と挨拶を締めくくった。最近、地震や豪雨に度々襲われる日本だが、思わぬ形で、デカセギが日本社会の一角を支えているようだ。
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拓栄デリカ社の平良榮次郎社長は「留守家族の理解が何より大事。これはグルメデリカ社の初代社長が言い出して、それからずっと続けている」と説明した。前日晩には、過去に働いていた人を集めてOB会も開催。さらに翌22日昼にはパラグアイのイグアス移住地でも南米懇親会が開かれ、約100人が参加したそう。ちなみに、拓栄サンパウロ支社では常に求人をしているとか。住所はリベルダーデ大通り21番12階の1212号室。連絡先は電話(斉藤クニヒロさん、11・3104・3659)まで。弁当作りの時給は高くなく、夜勤もあるが「60代でも真面目で健康なら仕事がある」とのこと。