NHKの番組で、新しいスタイルの文字(字体)を作る人は、最初の数カ月間、ひたすら明朝体の文字を模写すると聞いた。完璧に書き写したつもりでも、ベテランから線の幅やふくらみなどを直される様子を見、新しいものを作り出す前に基本を体に染み込ませる必要があるのだと痛感した▼手書き感のある文字や丸みのある文字など、ちょっと違う雰囲気の字体を書籍の題字などで見た事は何度もあるが、素人では気づかないほどの小さな変化の積み重ねが全体の印象を大きく変える事には疎かった。まして、ほんの僅かな違いを指摘され直しつつ、何カ月も明朝体を書き写すという地道な作業が、新しい字体を作るための基礎になっているとは思ってもいなかった▼だが、その番組を見ながら、カラオケの教師が、「うまくなりたかったら、まず、よく聴く事」と大会で話したという話を思い出した。目や耳を肥やし、僅かな違いにも気づくほど訓練する事が、新しい字体や新しい曲想を生み出す基本となるのだなと▼銀行員が本物の札に触れ続ける事で偽札を見分けられるようになるのも、一脈通じるものがありそうだ。小中学校の部活でもやるような基本練習抜きでプロになれるスポーツ選手はいないだろう。国際機関で働く事になった人が、英語をものにする方法として「中学校の教科書を徹底的に勉強しろ」と言われたという話を、中学生の時に聞いた事も思い出す▼ものを書くなら、良い文章に触れる事やどんな部分に手を入れられたかを見直す事などが上達への道。直された点を素直に受け入れる謙虚さと、それによりどう変わるかを冷静に分析する能力は、次のステップに進むための大事な課題だろう。(み)