「政府支出削減のために政治家を減らす」――11月5日に連邦政府から上院に送られた連邦政府関連の憲法補足法案集(PEC)には、そんな素晴らしい名案が含まれている。
なにかと暴言、名言の多いボルソナロ政権だが、ゲデス経済相が出す法案には、やはりみるべきものがある。
ガゼッタ・ド・ポーボ紙サイト18日付記事(www.gazetadopovo.com.br/republica/governo-fala-em-extinguir-municipios-com-menos-de-5-mil-habitantes/)にある「人口5千人未満で、独自税収では財政の10%も満たせない市は、近隣に合併させる」という法案がそれだ。
大いに感心させられる素晴らしいアイデアだ。このPECが承認されれば、今後、新しい市を設立させる時にもこの基準が適用されるようになる。
ブラジルの全人口の2%、約423万人がこの1257市に在住する。だいたい市財政の90%以上を州や連邦からの補助金に頼っているような自治体は、どんどん合併させるべきだろう。
小さな自治体の自立的な運営を軽視するようにみえなくもない法案だが、最大の利点は、「その分だけ政治家を減らせる」ということだ。
経済省によれば1257市が消滅条件を満たすが、全伯には5570市もあるから、その約22%にあたる。消滅候補の市の大半はミナス州(233市)、リオ・グランデ・ド・スル州(231市)、サンパウロ州(143市)に集中している。
数からいえば、この3州が特に影響を受ける。だが、比率でいえば、実はトカンチンス州が一番影響を受ける。同州にある139市のうち、なんと半数の69市が消滅するからだ。無理もない。1989年1月に創立したばかり、27番目の一番新しい州だから元々人口が少ないのだ。
ニュージーランドやエクアドルより少し広いぐらいの広大な面積に、人口157万人しかいない。州最大の都パウマスですら人口29万人で、サンパウロ市近郊のスザノ市(28万人)とほぼ一緒。そんなスカスカの人口密度だけに、一番影響を受ける。
自己税収10%どころか0・5%以下が81市も
消滅候補市のリストを見ていくと、ゴイアス州で最も人口が少ないのはアニャンゲーラ市(Anhanguera)で1137人しかいない。ミナス州ではフィゲイロン市(Figueirao)で3044人、マット・グロッソ州のアラグアイーニャ市(Araguainha)ではなんと千人を切って、956人しかいない。ピアウイ州のミゲル・レオン市(Miguel Leao)も1250人のみ。
消滅候補リストを自己税収の比率で見ていくと、さらに驚愕の事実が明らかになる。
なんと市の自己税収が10%どころか、0%という市がある。リオ・グランデ・ド・ノルチ州のヴィソーザ市(Vicosa)で人口1718人。その次に低いのは、やはり同州のフランシスコ・ダンタス市(Francisco Dantas)の0・1%で2824人。
市歳入の99・9%を州や連邦からの補助にたよっているフランシスコ・ダンタス市のデータを細かく見ていくと、市独自の税収(IPTU=都市不動産所有税、ITBI=不動産所得税、ISS=サービス税)の合計はわずか6848レアルだった。にも関わらず、市歳入は1192万レアルとなっている。
つまり、独自財源を正確に計算するとたった0・057%。四捨五入するから0・1%として計上されている。
ただし、連邦税の比率が高すぎるという指摘もある。連邦政府が中央集権的に権限を強めるために、連邦税ばかりを増やし過ぎ、その結果、地方政府の収入と共に権限も減らされているという背景もある。
とはいえ、このリストをずっと見ていくと、0・5%に満たない市がなんと81市もある。見事に人口5千人以下のところばかりだ。
どんなに人口が少なくとも、市役所があって職員を雇う。人口約4万7千人以下の市でも必ず市長や副市長、市議9人を選ぶように選挙法が決めている。だから、少なくとも市長と副市長それぞれ1254人と市職員、それに市議約1万1300人を減らせる。
人口が少ない自治体の市長の月収でも1万3千レアル程度、市議はおおよそ5600レアルほどだと言われる。それぞれに政党補助金、選挙補助金、福利厚生や政治家特権的な経費、議員年金などの膨大な経費かかる。
それだけ連邦税の収入に、市はぶら下がっている。これだけの市を減らすことによって、国や州の財政がどれだけ効率化されるか。天文学的な経費を節約できる。
ゲデス経済相はこのPECを発表した際、経費削減した分の予算を使って、今後15年間で4千億から5千億レアル(約12兆円)を医療、教育、上下水道整備、治安に投資することができると宣言している。つまり、それぐらい節約できるわけだ。
一票の格差「500倍?!」という大問題
加えて、「一票の格差」という深刻な問題もある。前述のアラグアイーニャ市のように、最も人口が少ない1千人に満たない市でも市議が9人いる。ということは、有権者を700人と仮定すると、なんと市議一人当たり80票平均で当選できてしまう。
ところがサンパウロ市の人口は1218万人もおり、有権者だけで910万人を数える。だが市議は55人なので、競争は熾烈だ。前回2016年の当選市議の票数を見ると、所属政党にもよるが3万票前後は必要だ。
仮に「80票」対「3万票」という風に単純計算すれば、1票の格差はなんと500倍にもなる。同じ一市民が投票しても、小さな市なら500倍も票の力が強くなる。
ちなみに日本の場合、一票の格差が衆議院で3倍、参議院で6倍を超えると「違憲判決」という可能性が高まる。ブラジルのように100倍を超えたらどうなのだろうか? この問題に関しても、市を減らすPECは有効な解決策といえる。
日本であった市町村「平成の大合併」
日本では市町村合併の動きは、1995年の合併特例法から始まって、2005年、06年にかけてピークを迎えた。
市町村の総数は、1995年年に3234を数えたが、大合併により大幅に減少し、2007年3月時点では1812、2010年時点では1727まで大幅に減った。ただし、国が目標とするのは1000で、そこまでは届いていない。
冒頭のPECが承認されれば、「ブラジル版令和の大合併」が実現するが、果たして可能性はあるのだろうか。
小さな市が増える裏にある政治家の暗躍
2010年12月14日付G1サイト記事によれば、「1940年から2007年までの間に、3990市が創設された」とある。2000年から2010年の間だけで58市が生まれた。
なぜこんなに次々に新しい市が生まれるかと言えば、市民の利便性を考えて増やしたというよりは、実際には政治の論理が強いと言われる。
というのも地方に強い政党にとって、市長や市議が増えれば、それだけ勢力が増すことになる。税金を使って、どんどん政党の資金力、政治家の権力を増すような循環がそこに隠されている。
11月18日付オ・グローボ紙サイト記事によれば、今回のPECの市減少で影響を受ける政党は24にも上る。とくに地方に強いと言われるMDB、PSDB、PP、PSDの4党に57%が集中している。たとえば77市長を失うPSDだけで32人の連邦下院議員がいる。その4党の次がPTだという。
最初の4党だけで139人もの下院議員がおり、ここにPTの54人を加えれば、全部で193人になる。つまり、全下議513人のうちの4割近くが反対に回る可能性が高い。
だが、国の財政を立て直すには、赤字部分を削るしかない。自治体運営を効率化して、政治家の権益的な部分を減らさないと、それは実現できない。
このPECは素晴らしい提案だが、よほど国民がそれを熱烈に支持しない限り、政治家は賛成しない。しかも来年は、まさにその市長や市議を選ぶ地方統一選の年だ。
このPECが本格的に審議されるのは年明けだ。といっても来年のカーニバルは2月の最終週だから、議会が本格的に開始するのは実質的に3月初めからと推測される。
そんな年に、こんな法案が連邦議会で承認されるなど、まずありえない。それにも関わらず、提案されているのは、他にどうしても通したい法案があり、それを承認してもらう交換条件としてこのPECを引き下げるために、あえて出している感じがする。
だとすれば、普通の「トマ・ラ・ダ・カー」(政治裏交渉)だ。昨年の選挙では、ボルソナロ氏が「古い政治家の手法は、私はぜったいにやらない」と明言していたアレだ。「舌の根の乾かぬうちに」とは、まさにこのことだろう。(深)