父は薩摩藩が二世紀半以上も、本心を隠ぺいして沖縄を支配してきたことを、ずっといい聞かせてきた。
ところが皮肉なことに、この国粋主義の男はアメリカが制作するある作品に計り知れない興味をもっていた。軍事力どころかその作品は世界を支配する勢いで広がっていった。それは映画である。
大きなスクリーン、出演者の動き、アクションや恋の場面、まっ暗い映画館、ストーリー、全てが幻想を膨らませみんなを魅了した。トーキー時代がやってくると、この娯楽は大衆の間にますます広まっていった。すでに日本でも戦前、映画産業が活発化していた。植民地での日本映画の上映はみんなに喜ばれた。たいてい日本人会や青年会が企画するのだが、もともと日本映画の上映は少なかったが、戦時中、邦画はほとんどなく、敗戦後はまったくなくなった。
アララクァーラには映画館がふたつあった。トレス街の市役所の前にあるオデオン館と教会広場に近いサンベント・ホテルのそばにあるパラトードス館だった。週に2回上映されたので、その時間にこっそり観にいった。いわゆる「勧善懲悪」の西部劇が多かった。正輝は西部劇が好きで、彼より少し若い1906年生まれのジャネット・ゲイナーに熱を上げていた。フレドリック・マーチの相手役をした「スター誕生」の彼女をいまでもおぼえている。
マサユキが映画館に入れる年齢に達すると、この素晴らしい娯楽の存在を教えるため連れていった。正輝のように経済力のないものにも手の届く、手ごろな楽しみだった。
その日はオデオン館にシルヴィア・シドニーの映画がかかっていた。ジャネット・ゲイナーに代わるアイドルだった。容姿端麗な女優で、ジャネット・ゲイナーより少し若かったが、シルヴィアのほうが経験もタレント性もまさっていた。スペンサー・トレイシー、ヘンリー・フォンダ、ジョージ・ラフトと共演し、とくに、オーストリア生まれのフリッツ・ラング監督がアメリカに移ってからは、重要視され、いつも主要作品に起用されていた。またヨセフ・ボン・ステンブルグ、ウイリアム・ワイラー、アルフレッド・ヒッチコックなどの巨匠監督の映画にも出演している。
正輝もだが館内の観客は監督や共演者などまったく興味がなかった。オデオン映画館にきたのは、ただ、自分たちのお気に入りの女優を見にきたのだ。
上映がはじまって、次々映される名前などどうでもいいことなのだ。大きな文字で書かれた「東京スパイ大作戦」が何を意味するのか、また、彼らの観る映画の監督がフィランク・ロイドなど、どうでもよかったのだ。ただ分っているのはサンパウロで最近封切られた新しい映画だということと、この4年間映画から遠ざかっていた憧れの女優の返り咲きの作品だということだけだった。
正輝は彼の知らないおかしな顔の男が主役のジェームス・キャグニーだと知り、驚いた。次第に分ったことはキャグニーが扮するニック・コンドンは東京に拠点をおく「トーキョー・クロニクル」の編集長で、「タナカ・プラン」という世界侵略の秘密を見つけたということだ。正輝はその名をみて、アメリカ人はなんと想像力に欠けているのだろうと思った。
物語は戦前が舞台になっている。「しまった!」
正輝はうなった。
「息子をはじめて映画館に連れてきたのに、これは日本に対するアメリカのプロパガンダではないか。メエールダ(こんちくしょう)」
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