ボルソナロ政権初年の2019年は、環境問題で予想もせぬ出来事に襲われた上、大統領や現政権の認識の甘さや自己中心さが隋所で感じられた年だった。
ブルマジーニョの鉱滓ダム決壊事故
思いがけない出来事の最初は、1月25日に起きたミナス州ブルマジーニョでの鉱滓ダム決壊事故だ。事故から10カ月以上経っても行方不明者を探し続ける消防士達の働きは、敬服に値する。
11月には253~255人目の遺体が確認され、行方不明者は15人となった。255人目のジョアン・マルコス・ダ・シウヴァ氏(25)の遺体発見は、事故から丁度300日目の11月20日の事だった。
消防士達は「最後の1人まで」と考え、地道な努力を続けている。だが鉱滓ダム決壊は、人的被害だけでなく、様々な意味の経済的な被害、物質的な被害を広範囲かつ長期的に及ぼしている。
ブルマジーニョの事故は、サンフランシスコ川に至るまでの水域の水質汚濁と生態系の破壊、現場周辺の農牧業や観光業への損失などを及ぼした。同じミナス州マリアナで2015年11月に起きた鉱滓ダムの決壊事故では、ミナス州とエスピリトサント州を流れるドセ川で生活の糧を得ていた漁師達に大打撃を与えた上、大西洋に及んだ鉱滓がバイア州沖の国立海洋公園にも到達した。
ブルマジーニョの事故はボルソナロ政権発足直後の事で、現政権の環境政策とは無縁だ。決壊したダムの状況は、本来なら安全性を保証する書類など出せない状態だったとの報告書も出ている。
だが、国家鉱業庁が安全基準や安全確認の書類を発行する機関についての基準を見直したという話を聞かないのは、連邦議会や州議会の議会調査委員会(CPI)や検察庁や州検察局の捜査、告発、再発防止対策が不十分な証拠と言えないだろうか。
史上最悪の海洋汚染となった原油漂着問題
鉱滓ダム決壊同様、現政権が招いたとはいえない環境問題は、8月30日から始まった、北東部から南東部にかけての原油漂着問題だ。北東部9州と、南東部のエスピリトサント州、リオ州に至る海岸に漂着した原油の流出源は、3カ月以上経ても確定出来ていない。
ブラジル史上最悪の海洋汚染となった。
だが、それ以上に問題なのは、国家原油庁や海軍、ペトロブラス、国立再生可能天然資源・環境院(Ibama)や生物多様性保全のためのシコ・メンデス研究所(ICMBio)、諸州環境局などの対応がバラバラで、出遅れた事だ。その原因は、水中での油漏れなどを専門としていた機関が実質的に消滅していたためだ。
この手の問題を手がけてきた専門家の中には、連邦政府の動きが遅い事や、従来なら真っ先に意見を求められたのに何も聞いてこないし、何も出来ない事にもどかしさなどを感じていた人もいたという。
法定アマゾンでの森林伐採や火災増加
一方、8月には国際問題にも発展、ブラジルの環境政策などを国際的な視点でも試されたのが、法定アマゾンでの森林伐採や火災増加だ。
ボルソナロ氏が昨年の大統領選の最中や当選直後に、法定アマゾンの開発を容認し、地球温暖化を防ぐためのパリ協定離脱も示唆する発言をした事の影響が政権初年から表れたと見られている。
幸い、メルコスル(南米南部共同市場)とEU(欧州連合)の自由貿易協定(FTA)締結との関連で、「ブラジルがパリ協定を離脱するなら自由貿易協定締結はない」とフランスのマクロン大統領が言い始めた事や、森林伐採で開拓した農牧地で生産した品は買い控えに遭う可能性が指摘された事で、ブラジルは協定離脱を諦めた。だが、ボルソナロ大統領が追従したがっている米国のトランプ大統領はパリ協定離脱を宣言した。
しかし、「パリ協定離脱を諦めた=地球温暖化に真剣に取り組む」ということではない。
たとえば、ボルソナロ大統領は新政権発足時に省庁再編を行ったが、省庁の下部組織にもメスが入れられた事や経費削減で、環境相が管轄する環境問題関連の審議会メンバーが大幅に削減、変更され、多くの環境団体が発言権を失った。
そのような現政権における組織変更のあり方や、アマゾン基金の用途を制限して同基金拠出国を怒らせるような言動をとった事からも、「地球温暖化に真剣に取り組む」方向性でないことは明らかだ。この基金は、法定アマゾンを守り、温暖化抑制に役立つ持続可能な生産のためのプロジェクトを支援する基金だからだ。
新政権は、アマゾン基金を管理していた社会経済開発銀行(BNDES)関係者を解任し、アマゾン基金を拠出していたノルウエーやドイツが森林伐採増加を批判したのをブラジル側は主権侵害だと逆に非難して、同基金拠出国を怒らせた。その結果、基金に関する両国との話し合いが決裂した。
森林伐採や火災増加を案じたマクロン大統領がG7首脳会議でアマゾン保護のための資金拠出を提案した際も、見栄を張って受け取りを拒否。そのくせ、英国からの資金援助には飛びついた。
そのように、新政権は発足後、持続可能な生産に向けたプロジェクトの審査や承認を拒否し、アマゾン基金からの資金援助を止めた。その事は、法定アマゾンなどの森林地帯で違法伐採の取り締まりなども行う、IbamaやICMBioといった連邦レベルの機関や法定アマゾン諸州の機関、非政府団体(NGO)への資金枯渇と活動縮小を招いた。
車両用の燃料さえ確保出来ない機関が、監視活動を縮小または停止せざるを得ないのは当然の成り行きで、その事は違法伐採や森林火災の増加に輪をかけた。
事実、国際社会からの批判やアマゾン諸州の知事達からの要請を受けたボルソナロ大統領が、法定アマゾン内の森林火災抑制策を打ち出し、軍などの動員やIbamaなどへの資金拠出も認めた後は、法定アマゾン内の違法伐採や森林火災が減った。
Inpe所長解任などに見る認識の甘さ
ボルソナロ大統領が他者からの批判に神経質で、批判者に厳しく当たる事例の一つは、国立宇宙研究所(Inpe)の所長解任だ。
InpeはIbamaなどの監視活動を助けるため、衛星写真に基づく森林伐採関連のデータを毎月発表している。そのデータが森林伐採急増を示しているのは、Inpeがデータを改ざんしているからなどと難癖をつけ、国際的にも認められた科学者である所長を解任した。
連邦政府はその後、民間会社と契約し、森林伐採関連のデータを出させる事にした。だが、Inpeが毎年算出する森林伐採に関する公式データ(11月18日発表)の中で、法定アマゾンの森林伐採は月次報告を上回る9762平方キロ、前年同期比で29・5%増との発表があり、サレス環境相は再び慌てた。
今度こそ、法定アマゾンでの森林伐採が本当に急増している事を認めざるを得なくなった環境相は、法定アマゾン内の知事らと緊急会合を開いた上、「先進国が約束した環境保護のための資金拠出を実行するよう要請する」と息巻き、12月2日~13日開催の第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)に早々と乗り込んだ。
この手の会議には期間半ばから参加するのが普通の閣僚が、自ら開始日前に現地入りしたと伯字紙に報じられた。
パリ協定を遵守せずに資金を要請?
サレス環境相は、「ブラジルはアマゾン保護に努めており、国際的な保護資金を受ける資格がある」と主張するが、ブラジル主要メディアの多くは同相の安易な考えに疑問を呈している。
というのも、ブラジルが2020年までに達成すると約束した法定アマゾンの森林伐採削減目標は、19年の伐採や火災急増もあり、達成不能だからだ。18年8月~19年7月の森林伐採面積は前年同期比で29・5%増の9762平方キロに達した上、8月以降の伐採量はもう既に20年の目標値とほぼ同じとも12月に報じられた。
さらに、Inpeが年次報告を出した後、ボルソナロ大統領が「森林伐採や森林火災はブラジルの文化」という趣旨の発言を行った事も、国際社会の心象を悪くしている。
8月に国際社会からの批判を浴び、アマゾン基金の拠金額を減らすといわれた時も、「ブラジルはそんな金は必要としていない」と嘯いたボルソナロ大統領。様々な場での言動は、ボルソナロ氏にはパリ協定承認時に約束した目標を守る気もない事や、地球温暖化を否定している事を示している。
さらに、「アマゾン開発は権利」と主張する大統領の下で、国際社会からの伐採抑制資金受け取りを考える事の矛盾は、誰の目にも明らかだろう。
森林伐採がもたらす気候変化や火災増加
他方、ボルソナロ大統領が否定する地球温暖化は現実のもので、法定アマゾンを含む各種の森林地帯での森林伐採が、地球温暖化や森林火災の増加にも繋がっている事を伝える記事が続いている。
その一例は11月24日付エスタード紙が報じた米国航空宇宙局(Nasa)の研究で、熱帯雨林のはずのアマゾンがより乾燥し、火災や干ばつから身を守れなくなっているという記事だ。
従来のアマゾンは、樹木が吸い上げた地中の水分を葉から蒸発させる事で大気温を下げ、雲の形成も助ける。こうして形成された雲から降る雨は再び地を潤し、水分の循環システムを回すのを助ける。熱帯雨林は乾季でも、降雨量の80%の水分を自分で回しているとされる所以だ。
だが、森林が伐採されると循環システムが途切れ、雨量が減る。当然、地面は乾き、森林自体が必要な水分を満たすだけの雨を降らせる雲も形成出来なくなる。森林伐採が起きた場所では、伐採後の土地やそこに隣接する樹木の周辺は気温が高くなり、乾燥し易くなる事も確認されている。
この上に森林火災が起きれば地面はさらに乾く上、火災に伴って発生する二酸化炭素ガスや煤が太陽光線の熱を吸収して大気温を上昇させる。また、雲の形成はより難しくなり、雨量も減る。
当然の事ながら、伐採や火災後に残された樹木は気温上昇に苦しみ、大気温や自分の温度を下げるために水分を吸い上げて葉から蒸発させようとする。だが、地中の水分が不十分なため、水分を蒸発させて大気温を下げる事が出来ず、弱るという悪循環に陥る。
19年の森林火災の集計では、アマゾン以上に火災が起きにくいはずのパンタナルでも火災が増えている事が確認されている。これは、ブラジル内の森林地帯の水循環システムが機能しにくくなっている事や、以前の状態に戻るのが困難なターニングポイント(分岐点)が近づいている事を示す。また、森林火災の大半は人為的なものである証拠でもある。
数年前には、北東部パラー州辺りの森林伐採は大西洋からの湿気の多い風の流入量を減らし、アマゾンから南東部、南部に至る雨量減少を招き得るとの研究結果が報じられた事があった。
11月30日付フォーリャ紙は、アマゾンでの火災がアンデス山脈の氷解を加速化すると報じた。12月5日付アジェンシア・ブラジルは、気候変動で万年雪の層が薄くなり、海水温などにも影響が出ているとの研究を紹介した。
11月26日付エスタード紙は、温室効果ガスの代表である二酸化炭素の大気中濃度が2017年比で0・56%、1750年比で147%増え、史上最悪の407・8ppmになったと報じた。温室効果が高いメタンガスや窒素ガスも同様だ。
12月3日付アジェンシア・ブラジルは、2日から始まったCOP25で、参加国代表がパリ協定遵守と地球温暖化を抑制するための行動強化を約束したと報じたが、サレス環境相が賛意を表明したか否かは報じられていない。
アマゾン基金の復活は?
サレス環境相がCOP25で何をしていたかに関する報道は、開始後もなかなか出て来なかった。だが6日付G1サイトには、BNDESがアマゾン基金の運用のあり方を見直すとの文書をドイツの大使館に送付していた事や、5日にCOP会場でドイツがBNDESからの文書の内容を受け入れたとの主旨の発言をサレス環境相が行ったこと、ところがドイツはまだ新アマゾン基金のあり方については検討中である事が記されていた。
ドイツ側の文書は6日にブラジリアの同国大使館が出したもので、ドイツ側は新基金のあり方については何も発言していない事や、BNDESからの文書の内容はノルウエーと共に検討する事が明記されている。
自分達に都合の良いように物事を解釈し、一方的に物事を運ぼうとする姿勢を再び見せてしまったサレス環境相。同相の言動は現政権の代表者としてのものでもあり、対話に欠け、自分達の側だけの視点で物事を運ぼうとする現政権の姿を改めて国際社会に見せつけた格好だ。
さて新年は、それを受けた国際社会側が、どのような態度をもってブラジルに接するかが気にかかるところだ。(み)