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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(199)

 いつもの夕食より4、5時間おくれて家族がそろってジャカランダーのテーブルについたのは11時過ぎてからだ。その夜、小言など一切なかった。遅い夕食にかかわらず、和やかな雰囲気が漂っていた。ミーチだけが、マジックにかけられ、自分がみんなの前から消えてしまったらいいのにと思った。
 ツーコは兄が家と学校の間を、ほんの短時間しかかけないことを知っていたので、その日、ミーチが姿を消したことについて「兄ちゃんはそれができる」と考えていたから驚きも心配もしなかった。7歳になったばかりで幼いとはいえ、ほかの子、とくに日系の子どもがおとなしく、礼儀正しいのにくらべ、兄がいかに常識外れの子どもかも知っていた。
 両親はツーコの将来をネナと同じように小学校を出したら、それ以上は勉強させないと決めていた。日本人家庭の女は将来の結婚にそなえ家でしっかり家事を身につけ、結婚したときは夫の意見に従うべきだと考えていた。女の役目は子どもを産み、しかも最初は男子を産み、子を育てる。絶対に夫に文句をいわない。移民の家族は今までそうやってきた。
 たしかに房子は沖縄の農村の習慣と違った生き方をしてきた。中学校を出、そのあと助産婦の専門学校を卒業した。自分は産婆学校を出ていることに誇りを感じていた。しかし、娘にたいしては夫婦ともそのころの習慣どおりに読み書きを習得すればそれでいいと考え、ネナにはそうさせた。ツーコの将来を変える必要がどこにあるのか。やはり、小学校を出たら、結婚するまで家において家事を手伝わせるべきだと思った。
 長男の権限をもち、両親からも重んじられているマサユキはこの問題に口を入れることにした。今すぐどうこうする問題ではない、なにしろ妹は中学に入る年にはなっていなかった。しかし、この家のものは男でも女でも学業をつづけられるよう、今のうちから両親を納得させなくてはならない。アララクァーラ州立高校に通い、いろいろな先生に出会った。たいていはいい教師で、彼女たちからその学科を教えてもらったばかりでなく、職業婦人の活動の大切さを知った。
 マリア・アメーリア先生、エーリア・ロドリゲス・スチアウシ先生、マリア・デ・ルールデス先生、アゼベード・サリーナ先生、中学への受験学校のアントーニア先生、そして、最近ではファニー先生。それに、3年生まで通ったマシャードス区の小学校、そのあと初等科を終えたアントニオ・デ・カルヴァーリョ小学校、そして、今、勉強している州立高校の同級生にはたくさんの女性徒がいた。どうして、妹たちが勉強をつづけてはいけないのか?
 父親にその理由を聞いてみた。「女は勉強する必要などないんだ」という答が返ってきた。マサユキは簡単には引き下がらなかった。先生や女生徒の名を例に挙げ妹たちにもこうした機会を与えて欲しいと頼んだ。ネナについてはそのころマサユキは父を説得できるに立場も条件もそろっていなかった。だが、ツーコの番がきた今、父親を説得できる論拠もそろい、その立場にもあると感じたのだ。
 何日か、正幸は父の返事を待ったが、気になってならなかった。なぜなら、ツーコがただ女であるという理由だけで、男の自分たちが勉強したこと、今、勉強しつつあることを習うことができない。それが、彼女の将来に大きく影響するのではないか? もう一度その問題に触れるのは父を怒らせることを百も承知していた。長男の義務は何かをずっと叩き込まれてきた。今、父を説得させるのは長男の義務で、それから逃れることはできない。