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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(213)

 一人はいかにも金があることを見せつけるように素敵な服を着、もう一方は顔が卵型のどんぐり目で大きな口のどうみても可愛いとはいえない子だったからだ。その子が相手を「アナ」と呼んでいるのをきいて、すかさず二人を指差し、兄たちにいった。
「すてきなアナさんとがま蛙」
 そうよばれた二人は、いさかいをさけるために自分たちには関係ないようによそおった。けれども、ヨシコはこの呼び方が気に入ったらしく、帰り道でもくり返した。店に入るなり両親とマサユキにそのときのようすを話し、
「すてきなアナさんとがま蛙」といいつづけた。
 ミ-チは周りの様子を知りたかったので、兄たちに訊ねた。
「家の横の道、アレンカストロを下って行くと、ヴィラ・ウングリアという住宅地に出る」
とアキミツはみんなが呼ぶとおりにウングリアと発音し、「ハンガリア人がたくさん住んでいるからこういう名前がついたんだ」と説明した。
 そして、こちらを行けば駅に、あちらを行けばカプアバに、そのまま行きつづければ、マウアというところに着くことも教えた。そして、「マウアはまだ行ったことはないけれど遠いらしい」とつけ加えた。
 もう一方を指差し、その道はヴィラ・ルジタへ行く。その手前のある道を曲がるとヴィラ・ウマイタに着く。この道は中心街に行くんだ、とそちらの方を指差していった。
 ミーチは説明を注意深くきいて、しっかり暗記してしまった。ヴィラ・ウングリアに行って、ハンガリア人に会うのは難しくない。庭の奥の戸からでて、土の道をあるいて1つか2つの角を過ぎたらヴィラ・ウングリアにつける。変な道の名前を耳にした。フェレンク、ジャノス、ミーチは名前や言葉をに対しての記憶力がよかった。ヴィラ・ウングリアには何回も何回も行って、もうあきあきしてしまっていた。新しいところを見つけなくてはと思い、そこに行きついた。何日か経ったある日、ミイチは家族が夕飯をすませたあとに帰り、アキミツをそばに呼んで

「マウアは本当に遠いよ」と告げた。
 いつものように素足で長いこと歩いたり、車に便乗させてもらったり、親切な運転手にバスにただで乗せてもらったりしてしたが、ちゃんとマウアについたのだ。
 べつの日には足に包帯を巻き、びっこをひきながら、家に帰ってきた。完璧な治療を受けていた。治療をほどこした人は傷口を消毒し、片足をひきずりながらも家まで帰れるようきちんと包帯を巻いていた。治療した人はプロに違いない。
「また喧嘩でもしたのか?」と正輝が訊ねた。
「われた瓶のかけらをふんで、足を切ったんだ」と答えた。
 ふだんなら息子がいなくなったことに腹をたてる父親だが、今回は心配が先に立ち、息子の言い分に耳をかたむけた。
「すごく痛くて、血が出ていたので、道端にしゃがんでいたんだ。そこに白衣を着たおじさんが通りかかり、薬屋に連れていってくれた。傷口をきれいにしてくれたけれど、深くて変な傷口だがら、すごく痛かった。薬をどんどん入れて、包帯してくれたんだ。注射をしてくれたけれどそれも痛かった。この道の終わりのすぐそばの薬屋だ」
 そういえば、すぐそばのサントス・ドゥモン大通りの角に、たしかに薬局があった。翌日、房子は薬剤師に代金を払いにいった。