ホーム | 文芸 | 連載小説 | 臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳 | 臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(227)

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(227)

 こういって、初めの一本をすすめた。そのことを知ったとき、いつもだったら、叱りつけるのに、アキミツを罰することはできなかった。彼自身、そのころのはやり言葉で「煙突の煙」とよばれるぐらいのヘビースモーカーだったからだ。
 安くて「胸がやられる」といわれるほどニコチンが多いマセドニアというタバコだった。そのころ「マセドニアこそ、純粋なタバコ」という宣伝で売られていた。一日に20本入りを2箱も吸っていた。酒に使う金とタバコに使う金のどちらが多いか、分らないぐらいだ。
 飲酒の習慣も年上の息子たちに受け継がれていた。彼らの飲むビールは正輝が昔から飲んできた「青線のアンタルチカ」で、常温で飲んだ。朝市の日、バールでビールを注文するときは「アンタールチカ ファイシャ アズール」といった。他のポルトガル語の発音は上達していないのに… たまに息子たちは正輝が家に置いてあるピンガも飲んだ。アララクァーラ時代から飲みつづけている「モラン・ドゥンガ」という質の悪い火酒だった。正輝は週に2、3本飲んだ。ヨシコとジュンジがタヴァレスさんのパン屋から買ってくるものだ。
 ミーチは小学校を卒業したが、アメリコ・ブラジリエンセ州立中学校の入試試験にパスできなかった。両親の希望にそえず、私立のドゥケ・デ・カシアス中学校に入った。私立に通うことは成績が悪いことを意味した。5人の家族が働いて得る少ない収入から出さねばならなかった。
 まだ、町中をほっつき歩く習慣は止んでいなかった。また、その時期、マンガを読みはじめたが、それは父が固く禁止していることだった。正輝はアメリカ映画が好きだったが、アララクァーラを出てからはそれもできなくなっていた。マンガは高いうえに、何の役にもたたない。子どもの性質を否曲させると考え、決して家には持ちこませなかった。だから、マサユキはマッシャードス区時代、昼ごはんのとき、となりの玉城家に行き、父に隠れてマンガを読んでいた。
 彼は当時のスーパー・ヒーローたちを全部知っていた。ミーチもそんなマンガ本を捜し歩いた。兄のようにずるくなかったので、自分で買ったり、近所の子に貸してもらったりした。あるいは父は他の兄弟のものだと思うのではないかという浅はかな考えで、ぬけぬけと、兄たちと同室の部屋に隠したりした。
 正輝は子どもたちの生活をきちんと把握していないことに気づかされることになった。少なくとも上の息子たちは今まで、父の意向に逆らうものはいなかった。山のようなマンガを見て、すぐにミーチの仕業だと思い異常に腹が立った。午後、学校から帰るのを待って決着をつけようと待った。ミーチは「ただいま」といっていつもの習慣通り家に入った。
「おかえりなさい」という父親の返答はない。
 正輝は山のようなマンガ本を腕に抱え、立ち上がった。
「おまえのか?」
 答えるすきも与えず、子どもの腕に本を抱えさせると台所の入り口まで耳を引っぱって連れていった。土間に本を投げさせ、上にアルコールをかけ火をつけた。たちまち炎があがり、すでに薄暗かったので、家の前の壁に二人のシルエットが大きく映った。それでも気がおさまらず、売り物を詰める木箱の板でミーチを叩きはじめた。