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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(232)

 すでにラジオはそれほ入手困難ではなかったが、一家にとっては困難だった。中心地には店がたくさんあり、月賦払いでも買える。
 正輝は現在サンパウロの「トコロビイ」とかいうところに住んでいる旧友津波元一の親戚が、蓄音機付きラジオを手放したがっていることを聞き知った。まだ十分使えるとのことだった。今はこのラジオ以外に興味はないのだが、サンパウロの反対側のトゥクルビーまで見にいった。高さ70センチ、巾40センチ、奥行き40センチほどの大きな箱だった。受信機そのものはそれほど大きくはない。
 巾30センチ奥行き20センチほどの枠の上に真空管やその他の部品がのっている。箱全体の10%にも満たない。その下には直径30センチほどの大きなスピーカーがある。箱の上部には正輝がいちばん気に入った78回転の蓄音機がある。あの、友だち、いや、宿敵の上原氏のレコードを何枚も重ね、曲が終わりと自動的に次の曲が鳴り出すのとは違う。曲が終れば、手でレコードを取替えなければならない。だが、蓄音機は蓄音機だ。現代風にいえばレコード・プレーヤーなのだ。
 けれども家まで持って帰るのが大変だった。車には入らない。もっとも、車を持っている人など知りもしない。そして、小さくてもトラックでなければならない。
 ところが、提供者の城間氏は津波氏の妻オトとごく近い親戚で、アララクァーラに縁の深い正輝家族を訪問したいといいだし、結局、彼がラジオを運んでくれることになった。
 ラジオが届いたことをいちばん喜んだのは末っ子のジュンジだった。あの箱のなかに大勢の人が入り、しかも、年がら年中、話したり歌を歌ったりするのが、さっぱり分らなかった。アキミツが音は電波でラジオまで伝えられると説明したが、やはり理解できず、ジュンジには電線を通じてくるというほうが、納得しやすかった。
 とにかく、ラジオが着いた日、ジュンジは音を聞き落さないために、ラジオの前にしゃがみ込んでいた。また、その日ツーコを学校にいかせるのが大変だった。
 前のようにジュンジが外で遊ぶようになったのは、ラジオが着いてから3~4ヵ月もたってからで、ある日曜日の午後、大家のマニール氏の家の前の歩道で遊んでいると、「チイーー」という大量の空気が抜けていくような奇妙な音がした。
 後ろを見ると、今まで見たこともない大型トラックが「吐く息のようなブレーキ」といわれる空気ブレーキを踏んだのだ。そのころすでに最新大型トラックは空気ブレーキ式になっていた。以前ジュンジが見たことのあるトラックに似ていたが、ずっと大きいように感じた。
 びっくりして見ていると、運転席から知らない人が何人か降りてきた。日本人のようだ。ジュンジはみんなに報せるため、いや、その怪物のようなトラックから逃げるため家に走っていった。ふり返ると、トラックから降りた人たちは彼のあとについてくる。ドアまでくると、ツーコとヨシコが異様な気配に、驚いた顔で、近づいてくる人たちをみた。
 ツーコが三度ほど彼らを見たあと、「ネナがかえってきた! ネナがかえってきた!」と叫んだ。