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《ブラジル》決断が難しいのは、外出自粛令を出すより解除の時

ガルボン・ブエノ街を消毒して回る車

 先週から主だった州で知事から外出自粛要請が出され、それに連動して各市が商店閉鎖条例を出し、町から人影が消えた。
 サンパウロは今週か来週には感染激増期に入るといわれる。そうなると「外出禁止令」というさらに厳しい段階に入る可能性がある。今のように各人の判断で外出を自粛するのでなく、許可なく外出すれば罰金という段階にはいる。
 非常事態宣言がすでに出されているから、このような憲法で保障された個人の権利を制限する条例が出せる。とはいえ、これを出す決断は難しかっただろう。だが、解くタイミングはもっと難しいと言われる。
 外出自粛令が出てから、まるで別の町に住んでいるようだ。見事にサンパウロの町中に人の動きが消えた。建築現場と病院、薬局、スーパー、パダリア、交通機関以外は、みごとにシャッターを閉めている。
 人がいないと道端のゴミが減る。レストランから生ゴミが出ないから、浮浪者がゴミ袋を開けて荒らさない。路肩が驚くほどキレイだ。
 あまりに歩道がキレイすぎて、リベルダーデらしくない(失礼!)と感じるぐらい。そんな異様な光景を見ていて、あんなにたくさんいたカメローなどのその日暮らしの労働者たちは、家賃や電話代、水道代、電気代などの今月の料金支払いをどうするのだろうと心配になる。
 現在の状況は「ブラジル経済」という世界9位の国内総生産を誇る“巨人”が、むりやり息を止めて水に潜り、じっとコロナウイルス台風が過ぎ去るのを待っているようだ。一部の業種だけ営業を継続させることで、ストローのような細い管を水の上に出して、わずかに息をしている感じだ。
 水面下に潜っているのが30秒、1分だったら問題ない。だが5分、10分も続くと“巨人”は気を失って、体のあちこちが機能を失いはじめ、終いには体全体が死んでしまうのではないか―と心配になる。
 どこからの時点で、たとえコロナウイルス台風が完全には治まっていなくても、“巨人”が生きているうちに息を吹き返さないと、余計に大変なことになるかもしれない。そんな難しい判断が、為政者には求められるようになる。
 あらゆる産業はたくさんの下請け会社、孫請け会社、その取引会社、協力会社で成り立っている。みな中小、零細企業だ。その土台をなす部分がみな倒産してしまえば、完成品は生産できなくなる。
 レストラン、個人商店、自営業者の多くは、自転車操業をしている。数カ月分の貯蓄がある会社や個人は問題ないが、多くはギリギリの状態でやりくりしている。
 もし今の収入ゼロの状態が2カ月、3カ月、半年と続いたらどうなるか――と想像すると、悲観的にならざるを得ない。

土曜日(3月28日)朝、ハトしかいないリベルダーデ区グロリア街

 もしも経済が崩壊すると、大量の失業者が発生し、飢餓や治安悪化という、余計に手の負えない問題が湧き出てくる可能性がある。
 失業者が町に溢れ、借金を返せなくなった人達が激増したら、間違いなく犯罪も増加する。金目当ての犯罪だけでなく、レイプや暴力犯などまで増えたら目もあてられない。普段から、銃犯罪の犠牲者が毎年5万人以上も出る国だ。コロナの死者は数千人に抑えられたが、経済が崩壊して銃犯罪が倍増し、そちらで10万人が犠牲者になったら・・・。
 そこまでいかなくても、経済が崩壊することによる犯罪増の死者数はバカにならないだろう。為政者はいろいろな筋書きを想定して、対処策を打ち出しているはずだ。だが現状では、そのための予防策は貧困層向けの3カ月間、600レアル給付が中心だ。中小企業向けの特別融資もあるようだが、本当にそれで足りるのか。
 もちろん、これから感染激増期に入る可能性があると言われる今、外出自粛令を解くことは、まさに自殺行為だ。ありえないことだ。だがそれがあまりに長引くと、別の意味の「自殺行為」になる。そのことも今から十分に意識しなければならない。それが「いつ外出自粛令を解くか」という判断の難しさだ。


政治家よ、今は対立している時ではないはず

 ヤフーニュースで、次のような興味深い一文を読んだ。人類の歴史をマクロ的な視点で読み解いた世界的ベストセラー『サピエンス全史』などの著書で知られる世界的歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏(42)が、英紙「フィナンシャル・タイムズ」に寄稿した文章の書きだしだ。
 《現在、人類は世界的な危機に直面している。我々の世代が経験する最大級の危機だろう。
 この先の数週間、人々や政府の下した決断が、今後の世界のあり方を決定づけるかもしれない。その影響は医療制度にとどまらず、政治、経済、文化にも波及するだろう。決断は迅速かつ果敢に下されなければならないが、同時にその結果として生じる長期的影響も、考慮すべきである。
 どんな道を選択するにせよ、まずもって自問すべきは、直近の危機の克服だけでなく、この嵐が過ぎ去った後に我々の住む世界はどうなるのかということだ》
 《人類は世界的な危機に直面している》という世界史的な大転換点において、欧州諸国の首相・大統領からは「今は戦時だ。挙国一致してウイルスという共通の敵と戦おう」と呼びかける声が、あちこちから出されている状況だ。
 そしてロイター通信の3月28日0・40分配信記事は、ゴールドマン・サックスの「中南米経済が3・8%縮小し、第2次世界対戦以来の最も深刻なリセッションに陥る可能性がある」という恐ろしい予測を伝えた。
《[ブラジリア/27日/ロイター]-ゴールドマン・サックスは27日、新型コロナウイルス感染拡大による経済活動の混乱で中南米経済が3・8%縮小し、第2次世界対戦以来の最も深刻なリセッション(編註=不況)に陥る可能性があるとの見通しを示した。
 ゴールドマンはノートで「中南米のマクロ経済と金融環境の悪化が続いており、歴史的に前例のないペースでの悪化となっている」とした。
 国別ではブラジル経済が3・4%、メキシコが4・3%、アルゼンチンが5・4%それぞれ縮小すると予想した》
 そんな人類史的、歴史的な大不況を目前した大事な時にも関わらず、ブラジルでは大統領と州知事らが激しく政治的に対決していることに、激しく落胆せざるをえない。人類史的な危機に直面しているのに、今団結しないでいつするのか。
 日本には「雨降って地固まる」という言葉がある。国内の小さな政治的駆け引きなど、「人類史的な危機」が過ぎ去った後に、ゆっくりとやって欲しい。
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普段なら観光客でにぎわう土曜日(28日)の午前中。閑散としたリベルダーデ日本広場

 日系社会においても、サンパウロ州交響楽団合唱団の育ての親ともいえる宗像直美さんが、コロナで亡くなった。まだ64歳という若さだった。2歳で家族に連れられて広島から移住して大活躍し、ブラジル文化人から惜しまれて亡くなった。
 戦後移民や日系二世にも80代、90代がたくさんいる。今まで一生懸命に日系社会を盛り上げ、支えてきた彼らが、新型コロナの犠牲にならないことを心の底から願いたい。しっかりと体調を整え、コロナの犠牲にならないように心がけて欲しい。
 そして、為政者には、きちんと“巨人”が息をしているかどうかを常々確認し、正しいタイミングで外出自粛を解いてほしい。日本には「過ぎたるは及ばざるが如し」ということわざがある。「過ぎたる」にならないよう十分に気をつけてほしい。(深)