3月28日に放映されたNHKスペシャル「激震 コロナショック~経済危機は回避できるか~」を見て、ショックを受けた。
番組の終盤、アメリカ経済のコロナ対策および今後の見通しを質問された、アメリカ総局の野口修司特派員は、こう答えた。
《今後のアメリカ経済、焦点はなんといっても、2008年のリーマンショックの後に起きたような金融危機を何とか防ぎたいという点です。
当時との違いですが、金融機関はいま非常に健全だと言われています。一方、その他の企業は弱くなっています。
とりわけ、アメリカの企業の債務の多さが足かせになっています。アメリカの企業部門の債務はリーマンショックの直前には10兆ドル程度だったのが、現在は1・5倍、1500兆円を軽く超えています。
この10何年か、低金利、緩和的な金融環境で信用の低い企業でさえも多額の借金をしてきたわけで、景気の良い間はいいのですが、悪くなってくるこれから、あっという間に首が回らなくなるのでは、という懸念もあります。
リーマンショックの時は、金融危機から実体経済に影響が広がりました。今回は、まず実体経済からです。これが信用不安、金融危機に広がれば、それがもう一度、実体経済に影響を及ぼすのではという心配があります。一時的な激しい景気の落ち込みは避けられませんが、アメリカ経済、この後も心配は続くと思います》
今回のコロナショックと株価下落を第1波とすれば、なんと第2波、第3波が押し寄せてくるかもという衝撃的なコメントだった。
同番組でそれに対し、経営共創基盤CEOの冨山和彦さんは次のように、より具体的に日本のケースを予想した。
《今回3段階、想定されています。まずローカルなサービス業(地方都市の観光業、ホテルなどへの壊滅的な打撃)がやられました。
次に、グローバルな耐久消費財(家電製造業など)やその関係の設備投資がかなり厳しくなってくるでしょう。
そこに貸している金融機関のバランスシートが傷んでいきます。
その間、後手後手をふむと、金融機関が悪くなってお金を出せなくなる。そうなって、実体経済が悪くなる。
リーマンショック型になっています。このワン、ツー、スリーのうちの第1波、第2波あたりで止めないと、第3波まで行っちゃうと本当に長引くことになる。
ですから今、けっこう勝負どころで、各国政府は状況をちゃんとモニタリングしながら、かなり機動的に政策を変えていかないと、ダメなんだろうなと―》
起きてから対応するのでなく、何が起きそうかを予測して事前に準備することの重要性を痛感させられるコメントだ。
さらに、野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミストの木内登英さんは、より根本的な指摘をした。
《コロナウイルスの問題があるから、経済が不安になって金融が調整して株が下がっているのですが、もともとは中央銀行の行き過ぎた金融緩和が一種のバブルをつくって、それが排出してしまっている。
今は危機対応しなければならないので、がんばってほしいのですが、行き過ぎた金融緩和がこういった市場の歪みを作ってしまったということも、いずれきちんと検証して欲しい》と注文した。
サントリーホールディングス社長の新浪剛史さんは、《将来に向けてこういったパンデミックは、いくらでも起こる可能性がある。――これは将来、必ずまた起こって来る》と予測した。たしかにそうだろう。5年後、10年後にまたパンデミックが起きたとき、今回の経験をどう活かせるか。重要な指摘だ。
残念ながらブラジルのテレビ番組でこのような会話は、見たことがない。NHKスペシャルの価値を思い知らされた番組だった。
外出自粛でカード利用額が激減
ブラジルでも経済危機は起きている。マスコミは今、人命優先で、あまり経済の事は大きく言わないが、いずれ時間の問題で経済的な話題が中心になる時が来る。
日本より一足先に外出自粛措置が始まったブラジルでは、それが市民の消費行動を直撃している。それを示すデータを探してみたら、「elo」の説明があった。これは金融サービス会社(ブラデスコ銀行、ブラジル銀行、連邦貯蓄銀行)が持株会社となって2011年に設立したブラジルのカード協会だ。
折れ線グラフは3月13日(金)から25日(水)まで、クレジットカードの利用額の前月比の比較だ。ブラジルで最初のコロナ患者の死者が確認されたのが3月17日、サンパウロ州で外出自粛措置が予告されたのは21日(土)、実際に始まったのは3月24日だ。
この表を見ると、最初の死者が出た17日にスーパーマーケットでのクレジットカード利用が前月比70%増、薬局が65%増とはね上がり、翌18日はスーパー83%増、薬局は70%増、19日もスーパー75%増、薬局60%増を記録している。つまり、この時点で買い占めが始まっていた。
恐ろしいのは、25日の数字だ。なんとスーパーと薬局を入れても全分野で50%マイナスだ。その2分野なしだと61%マイナスだ。
25日の状況を分野別に詳しく見たのが右の表だ。スーパーの7%減は良い方で、建設資材60%減、飲食店63%減、観光業はなんと84%減、服飾業も84%減、駐車場88%減となっている。
それだけ消費が激減した異常な状態、経済活動の停滞が、すでに22日間以上続いている。その結果、中小企業や商店、飲食店の経営者の財布に何が起きているかを想像するのは恐ろしい。
クアレンテーナ(検疫)が長引けば長引くほど、経済に与える打撃は致命的になる。連邦政府は低所得者支援策、雇用確保策を打ち出しているが、とてもそんなことだけでは救われないだろう。これが続けば、想像を絶する数の失業者が生まれる。
クアレンテーナによって経済が停滞したツケは、民間人にしわ寄せが集中している。それを決めた政治家や、それを実行している公務員にはほぼ関係がない。彼らの給料は守られたままだ。
一方、日本では1%失業率が上がると、3~4千人の自殺者が出ると言われている。万が一10%上がれば数万人だ。
ブラジルでは自殺者こそ少ないだろうが、その分、生活費が必要になって犯罪に走る人が激増することが予想される。国はそんな犯罪被害を保障してくれない。
今回、何千人、何万人がコロナで死ぬことになるか分からない。だが、10年後に冷静に天秤にかけたとき、「ウイルスによる病死より、経済危機による被害や死者の方がはるかに酷かった」と言われないような賢明な判断が、いま為政者には求められている。
短期決戦でなく長期戦、持久戦としての戦い方
10日晩のクルツーラTV局ニュース番組で、「外出自粛令が出た後、90万人がバールやレストランで解雇された」との話題にコメントすることを求められた感染症学者のマルセロ・ブラチニ氏は、「これは飲食店だけの単純な問題ではない。レストランを止めることは表面上の話で、実際にはそこに繋がるすべての供給網、輸送業者、梱包素材業者、農家にまで影響を与える。その供給網のすべてで働いている人の職を奪う。それを止めることは悲劇的な結果を招く。これはまったく私の個人的な意見だが、あれほど厳しい処置をするべきだったのか強い疑問を覚える。これを、もっと適正なものにする議論が欠けている」と飲食店を完全閉鎖した処置に疑問を呈したのを聞き、少し意外に思った。
日本のテレビ番組ではその手のコメントをする専門家は多いが、ブラジルではあまりいないからだ。さらに「ウイルスは新型だが、そのメカニズムは前から知られていたものだ。すでに酷い被害を生じている国と、社会地理的、感染学的、気候などを比較して総合的に判断して、ブラジル独自の対処法を議論しても良いと思う」と冷静な対応を為政者に求めた。
従来型のコロナウイルスへの経験や研究があるから、「以前のコロナウイルス対応を強める程度の対応でも良かった」「厳しい閉鎖処置までする必要があったのか」とのニュアンスを漂わせた。
そして、「対処法は大きくは変わらないにしても、経済的な損失をできるだけ減らす配慮がもっとあるべきだ」とコメントを締めくくった。
番組で同席したフォーリャ紙記者のパトリシア・カンポス・メーロ氏から「だけど社会的距離政策をとることで、感染者数を減らせるといったじゃないの」と反論され、「もちろん、そうだ。だが、その政策の損害を考えなきゃいけない。世界で最も人を殺しているのは貧困だ。経済的・社会的な原因、餓死、失意やいろいろな原因から来る貧困だ。だから『私は命を救っている』と言って経済を軽視したら、痛いしっぺ返しを食らうことになる。もっと柔軟な発想で、もっと適当な政策を考えるべきだ」と噛んで含めるように説いた。
多くの専門家の声を聞くと、このコロナウイルスとの戦いは、決定的な治療薬が発見されるか、ワクチンが開発されるまで、半年から1年以上も外出自粛が断続的に続くと言う長期戦にならざるを得ないという。
これだけ広がった以上、外出自粛をしてもコロナウイルスの完全撲滅にはならない。ただし、感染爆発のピークを遅らせる効果があり、ゆっくり罹るようにした方が、医療崩壊しないから死亡率が下がるという大きな効果がある。
だが時間の問題で、人口の半分前後はいずれ罹る可能性が高いという。つまり、「相手を打ち負かすまで戦う」というよりは、生活の一部として「共存」していく姿勢に心構えを変えていく必要が出てきている。
外出自粛を外出禁止に強めて罰金を科して厳しくしたところでピークを遅らせるだけだ。その副作用としての経済的な損失は莫大なものになる。
今では「Fique em Casa」が標語になって、「家にいる」こと自体が目標にすり替わってしまったようにも見える。だが本来の目標は感染予防として「対人距離、社会的な距離を保つ」ことであり、その手段として「家にいる方が安全」だったはずだ。
経済的な打撃を少しでも和らげることを考えれば、必要な買い物に出たり、健康を維持するために体を動かすのに外へ出ることは、むしろ奨励されてもいい。そのかわり「対人距離を保ってマスクで防護し、帰宅後にはうがいと手洗い励行を」というキャンペーンを強化すべきでは。ブラジルでは「うがい」の重要性があまり強調されないのが気にかかる。それが長期戦下の外出自粛生活のパターンになる。
長期に経済活動を止めたら、無数の失業者がでて、その損害は計り知れない。この戦いが1カ月とかの短期決戦ではなく、半年、1年になりそうであれば、早めに長期戦としての戦い方に変えた方が良い。そうなら、経済の方が死なないようにする配慮とのバランスこそが大事になる。
第2波で致死率が一気に上がったスペイン風邪
東洋経済オンラインにある4月9日付「コロナ暴落後、いずれ更なる暴落がやって来る」記事(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200409-00343235-toyo-bus_all&p=5)には、1918~1920年に世界各国で1500万人以上の死者を出したインフルエンザによるパンデミック「スペイン風邪」を例にして、ウイルスとしての第2波の怖さが取り上げられている。
《もし20世紀のスペイン風邪を参考にするなら、今は最初のピークが過ぎたところだ。スペイン風邪は1918年の6~7月に最初のピークが来たあと、いったん沈静化して、最大の被害をだした第2波は同10月から11月にかけて襲ってきた。今回、ひと足先に経済を再開した中国では、再開した映画館を再びシャットダウンしたりしているが、もっとも怖いのは、世界を1周して変異したウイルスが再び襲ってくる第2波だろう》という恐ろしい一文もある。
このウイルス第2波も恐ろしい。東洋経済オンライン2月3日付《「新型コロナ」は「バブル大崩壊」の「序曲」なのか》(https://toyokeizai.net/articles/-/328182?page=4)には、次のような説明がある。《鳥インフルエンザのスペイン風邪には3段階があったという。最初のフェーズ(段階)はカンザス州でアウトブレイク(感染爆発)が始まり、高齢者を中心にアメリカ内で拡大した時期。驚いたことに、この頃は比較的症状は軽く、致死率は低かったという。
そしてセカンドフェーズ。ここで致死率が一気に上がった》とある。
《博士によると、その時のメカニズムはまだ解明されていないが、そこからスペイン風邪のウイルスは激変したという。致死率が高まったウイルスは世界に広まり、皮肉だがそれが戦争を終わらせるのに役立った。そして最後のフェーズでは、帰還した兵士が強くなったウイルスをアメリカ内にまき散らした。結果、ボストンからフィラデルフィアで50万人を超える死者をだした。同博士は、今回のコロナウイルスが、スペイン風邪のパターンになることを最も警戒しているという》
100年前のスペイン風邪は米国だけで50万人の死者が出た。世界人口の3分の1が感染し、世界全体で1500万人以上が亡くなった。歴史的に見れば現在のイタリアやスペイン、米国の現状は「最悪」ではない。
ブラジルでは当時の大統領が死亡
ちなみにブラジルでもスペイン風邪第2波の直撃を受け、3万5千人の死者がでた。
ブラジル・エスコーラサイト(https://brasilescola.uol.com.br/historiag/i-guerra-mundial-gripe-espanhola-inimigos-visiveis-invisiveis.htm)によれば、1918年9月に英国を出航した客船デメララ(Demerara)の乗客が、サルバドール、レシフェ、リオに着岸して感染を拡大させ、それがサンパウロにも広がった。
特に被害が大きかったのは当時の首都リオで死者1万2700人と、全死者の3分の1を記録した。次がサンパウロ市で5331人だった。《あまりに短期間に死者が多数出たので、棺が足りなくなり、墓掘り人夫は忙しく穴を掘り続けた》とある。
この時の病死者で一番有名なのは、1918年の大統領選挙で当選したロドリゲス・アルヴェスだ。11月から就任するはずだったが病で就任できなくなり、翌年1月に亡くなった。
100年前、ブラジルでは大統領が犠牲になっている。今回も「過ぎたるは及ばざるが如し」だが、軽く見ることも得策ではない。(深)