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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(246)

 家族はみな結婚式やその他の祝い事に出席するためよそ行きの服を持っていた。正輝のは紺のカシミアの背広、白いワイシャツ、結んだままにしてある縦じまのネクタイ、いつまで経っても磨り減らないラテックスの底の茶色の靴、形がくずれないようにいつも箱に入れてある緑がかったグレーのつば広帽子。
 房子のはグレーと青の中間色で絹のように見えるが、天然と合成繊維の混ざった布のドレス。特別の日だけに履く靴底4センチほどの靴紐で結び付けるハイヒール、その靴を履くときだけ使う長めの茶色い靴下。靴下は膝の上で輪ゴムで止めていた。ドレスが長いので、見かけの悪い輪ゴムはひとめにつかなかった。
 車に席があったので、末っ子のジュンジを連れて行くことにした。彼の服は父と同じ色の紺の上着と長ズボン。底が安くて丈夫なタイヤゴムを張った安物の革靴だった。式は午前8時30分に始まることになっていて、寒い朝を予想して、彼女が編んだ前が縄網の薄い緑色のセーターを着せた。
 とてもエレガントとはいえないが、三人はめかしこんで、8月15日6時前、まだ暗いうちにセナドール・フラッケル街891、奥の家を出、駅の近くの岡田氏の家に向かって歩いた。ジュンジはまだ幼く、早く歩けないので、30分もかかった。雲ひとつなく、晴天が予想される朝だった。
 娘と門の前で待っていた岡田氏と正輝はていねいに挨拶を交わし、みんなは急いで家から数メートル先に止めてある車に向かった。共通の話題もなく、1時間の行程の間、二人はほとんど話さなかった。沈黙がみんなに圧迫感を与えた。パカエンブに着いたとき、だれかが「着いた、着いた」というと、ようやく緊張感が解けた。車は競技場の正門からだいぶ離れたところに止められた。みんな黙ったまま、指定席まで行って腰かけると、式が始まるまで30分ほど待った。
 冬の雲ひとつない晴天日だった。太陽がさんさんと輝やいているのに、早朝のせいかすずしかった。芝生は夫婦が今まで見たこともない緑色をしていた。人々は色とりどりに着飾っていた。次々、席についた。スタジアムは色彩と喜びの声に満たされ、祭典の雰囲気をもり立てた。
 いかにも規律軍隊の催しらしく、8時30分きっかりに、ラッパの合図をもって式ははじめられた。観衆が立って迎えるなかを卒業生が列をつくって入場してくる。