コロナショックがキッカケで、ブラジルが激動期に入った感じがする。
1992年末、インピーチメント(罷免)直前に辞任したコーロル元大統領(現上院議員)が先週、「この映画は見たことある」とのコメントを発したという25日付ブラジル社会面記事には納得させられた。
大統領制最大の弱点は、大統領と連邦議員が別々に選ばれることだ。大統領候補個人にカリスマがあり、大衆の支持を集めやすい場合、支持政党の大きさと関係なく、当選できてしまう。
連邦議会に支持基盤がなく当選した大統領は、ほぼ例外なく議会と対立する構図となる。大統領が作った暫定令の多くは議会で承認されず、期限切れとなって無効化される。
通るのは議会多数派が主導して作った法案ばかりで、事実上の「議院内閣制」(議会多数派が首相を選出する)のようになる。だからロドリゴ・マイア下院議長は「首相」と揶揄される。
コーロルが大統領だった時も議会基盤がぜい弱だった。前年の大統領選で労働者党(PT)ルーラ候補を僅差で破ったコーロルは、当時わずか40歳でカリスマがあった。
それまでミナス以南の人間しか大統領になったことがなかったが、初めて北東伯アラゴアス州の国家再建党(PRN)という弱小政党から出馬し、センセーショナルな言動で世間を騒がせ、新鮮さを売りにした。
だが、連邦議会では常に反発を受けてどんどん孤立を深め、1992年末にインピーチメント決定直前に辞任した。
モロ法相辞任で一気に流動化した政情
ボルソナロ候補は2018年の大統領選の際、それまで1人しか連邦議員がいなかった社会自由党(PSL)から出馬した。反PTを強調し、正面切って右派を打ち出して親派を集め、殺傷事件を経て注目が集まり、当選した。その勢いでPSLは50数人の連邦議員を当選させ、PTに次ぐ第二勢力に一気に育った。
だが、PSLとケンカしたボルソナロは党を離脱し、新政党を設立中なので所属政党がない。つまり、ただでさえ議会に足場がないのに、自分から党を離脱したから本当に孤立無援だ。
インピーチメントの手続きは下院議長が申請を受付け、それを開始するかどうかを判断する。もしマイア下院議長が開始と判断すれば、早ければ半年で罷免は成立する。今年以内だ。
本紙25日付同記事にある通り、24日現在で24件もの罷免申請が下院議長の手元に届いている。どれを選ぶか「選り取り見取り」の状態だ。最高裁のセウソ・デ・メロ判事は23日に下院議長に対し、「10日以内に罷免請求に対応しない理由を説明せよ」との命令も出した。つまり、「罷免審議を開始するのか否かの判断を急かした」状態だ。
そんな24日に、ラヴァ・ジャット作戦で「国民的英雄」となったセルジオ・モロ法相が辞任した。しかも辞任会見で説明した理由には、大統領が連邦警察の捜査の機密情報を知りたがり、「それでは(連邦警察の独立的な捜査権に対する)政治干渉にあたる。そのつもりなのかと尋ねたら、そのつもりだと大統領は答えた」などの衝撃的な告発内容があった。
証拠があるなら、この一点をもってインピーチメントが成立するぐらいの重大な告発だ。「モロはその時の録音を持っている」などの報道も出ており、罷免への動きは一気に過熱している。
これがコロナショックの真っ最中、これからブラジルが感染爆発のピークを迎えるという時、国民から大人気だったマンデッタ保健相の更迭に続いて起きた。
これをブラジル政情の不安定化と呼ばずして、なんと呼ぶか。
「軍人政権」化への道
ではこの流れは何を意味するのか――。ここからは全くの空想の部分だが、一言で言えば「軍人政権化」ではないか。
現政権は、軍事クーデターによって政権を掌握した訳ではないから「軍事政権」ではない。民主的な選挙で選ばれた政権の中で「軍人が主流派となった政権」という意味で「軍人政権」だ。
すでに「軍人政権化」は相当進んでいる。政党に基盤のないボルソナロだけに、大臣がすげ替わるたびに軍人・軍警系の人材がすえられている。
モロの次に閣僚から離脱するのは、ゲデス経済相という噂が流れ始めている。
というのも、ゲデス経済相は「小さな政府」「緊縮財政」を唱えてきた。個人の自由や市場原理を中心に民間活力を最大限に活かし、できるだけ政府は市場経済に干渉しないという考え方の人だ。だから省庁や公務員大幅削減を実施し、歳出を削るためのプランを次々に出してきた。
この6月までに税制改革を行い、その後も行政改革などの構造改革を進めることを主眼とした経済政策を主張してきた。
それがコロナショックで、国家財政の10%に当たるような救済支援金支出が決まり、一気に吹き飛んだ。今後、企業救済プランでさらに大量の支出が生まれる。コロナを理由にすれば「なんでもアリ」のような状態になってしまった。
軍人閣僚が中心になって経済活性化計画(PAC)、PT政権時代によく立案されたバラマキ型の復興計画が練られており、その企画の記者会見にゲデス経済相は出席しなかった。
彼が今まで唱えてきた方向とは、真逆の方向に政権が向かっている。その動きをけん引しているのは、現政権でどんどん存在感を強めている軍人閣僚たちだ。
だが、今は民主主義の時代だ。「軍人政権」になったとしても、連邦議会との連携は不可欠だ。だがその辺、むしろボルソナロ大統領がいなくなった方が、スムーズに連携されそうな雰囲気もある。だいたいインピーチメントに関しては、反ボルソナロのPTら左派勢力も基本的に賛成だろうし、DEM(民主党)やセントロン(中道派議員グループ)も賛成に回れば、間違いなく承認される。
そして軍人閣僚たちもインピーチメントには内心賛成ではないか。なぜなら、罷免によってアミウトン・モウロン副大統領(軍人)が昇格し、トップになって「軍人政権」が完成するからだ。
だが、国民が「今はコロナ対策で団結すべき。インピーチメントなんかやっている場合ではない」との声を強く上げれば、そうはならない。
とはいえマスコミ報道はセンセーショナルにインピーチメントの可能性を取り上げており、予断を許さない状況だ。
コロナで激増しそうな国債
新型コロナで国家非常事態宣言が出されたことで、歳出上限法が一時的に停止された。今なら前年の「予算+インフレ」という上限を外して、コロナ対策の費用を組める。しかも「財源を明示する必要がない」という特別扱いだ。
その特別扱いの中で、コロナ対策のための臨時医療従事者雇用費・臨時病院建設費用、低所得者向けの600レアル×3カ月支援金とか、中小企業向け支援、経済復興計画などの費用が捻出される。
コレイオ・ブラジリエンセ紙3月30日付電子版(https://www.correiobraziliense.com.br/app/noticia/economia/2020/03/30/internas_economia,841141/para-conter-efeitos-da-covid-19-divida-publica-deve-chegar-a-85-do-p.shtml)によれば、公的債務の総額は2019年にはすでにGDPの75・8%だった。これが、コロナ対策費分の増加によって今年は80~85%になる可能性があると報じている。
《ブラジルのBNPパリバのチーフエコノミスト・グスタボ・アルーダ氏は、「次の年(21年)の負債の増加を抑えるために、経費の継続的な増加を回避するための措置採用をするべき」と注意を促す。
「政府は金融システムの流動性を維持し、2021年から始まる財政危機を回避するために全力を尽くすように行動する必要がある。増加した支出に関連して取られる措置が2020年に限定されることを保証することは重要です。財政調整の枠組み自体を悪化させるので、政府は今回の処置の恒久化を発表してはいけない」と同氏はクギを刺した》とある。
「大きな政府」「福祉国家」「格差縮小」を旗印にして年々政府支出を増加させてきたPT政権が倒れて以降、テメル、ボルソナロの両政権は緊縮財政や財政健全化に努めてきた。
それが「コロナ対策は戦争だから、経費激増も止む終えない」という勢いで、基本方針が一気に崩れた。
もちろん、「先進国がGDPの10%をコロナ対策に投じている。ブラジルも同規模の対策をすべき」という声が出るのは当然だ。だが問題は、ブラジルは先進国ではない点だ。潤沢な財政基盤はない。冷静に考えて、その点が大きく異なる。
4月16日午前0:00放送、ETV特集「緊急対談/パンデミックが変える世界~海外の知性が語る展望~」(https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2020-04-15&ch=31&eid=12588&f=20)の中で、米国の有名政治学者イアン・ブレマーは、「コロナが終息した以降の世界はどう変わっているか」と尋ねられ、こうコメントした。
《格差が大きく広がっていると思います。中国以外の新興国が危機の対応を誤るからです。それに対する支援もないでしょう。(中略)アメリカは元々格差が大きい国ですが、さらに広がるでしょう。ヨーロッパも同じです。持つ者と持たざる者の差が大きくなるでしょう。ハイテク企業の力が大きくなり、実店舗型の企業が倒産するでしょう。本当に大きな格差を目の当たりにすることになります。アメリカやヨーロッパのように強く豊かな国は持ちこたえるでしょうが、貧しい国々は大きな打撃を受けるでしょう》(17分前後)
つまり、ブラジルなどの新興国は危機への対応を誤り、国際的にも国内的にも格差がさらに拡大すると見ている。財政バランスを崩す原因でありがちなのは大量国債発行だ。今回のコロナ対策の原資の大半も、国債発行によって賄われる可能性が高い。
近い将来のどこかで、大幅増額発行が始まる可能性がある。そうなれば国債価格は下がるので、買ってもらうために利子を上げることになり、政府は将来的にその支払いに苦慮する事になる。
2019年の連邦政府予算に占める国債支払い(返済、利子支払い、繰り延べなど)の割合は、すでに39%を占める。それに対して、本来10%が義務付けられている教育予算はわずか3・48%。健康・医療は4・21%しか使われていないが、国債償還費用が増大化すれば、それ以外はさらに圧縮される。
現在、パンデミック対策で臨時病院などを急きょ増設して「医療崩壊」という難をしのごうとしている。だが、ブラジルの公共医療は、先進国の基準からすれば平素から「医療崩壊」していた。コロナのときだけ医療崩壊するのではない。本来、医療を受ければ救われるはずのSUS患者が、検査や診察の申込みをしても半年先、1年先にしか入らないために、亡くなったりしていた。
だから理想から言えば、コロナ以前から公共医療施設を充実させ、少々の患者の増加があっても持ちこたえられる充実した医療体制にするべきだった。国債支払いがすくなければ、それは可能だった。
今回、いずれ解体する臨時病院の費用に湯水のように注ぐために国債を発行することで、国の将来を左右する教育投資は減少し、次のパンデミックに備えて医療水準を上げることはできなくなることは、今から肝に銘じておくべきだ。
インフレ再燃の可能性が浮上
もちろん、コロナ費用調達のため、主権国家としてはレアル貨幣増刷もありえる。だが今は、ただでさえレアル激安化が進んで、輸入品価格が高騰している。
1月1日付対ドル為替レートは4・01レアルだった。それが4月24日付で5・59レアルになっている。わずか4カ月で40%近く落ちた。外貨準備は潤沢だが経常収支、インフレ率とも要注意な水準だった。そこへ今回のコロナショックで成長率が大きくマイナスになる可能性があり、レアル激安に繋がっている、
この負の勢いが止まらなければ1ドル=6レアルもありえる。
そこで何が予想されるかと言えばインフレだ。
テメル、ボルソナロが実現してきた経済基本金利(Selic)3%台という状態は終わる。インフレが上がるのに合わせて、Selicを釣り上げる状態に逆戻りする。このシナリオは、ゲデスが最も忌み嫌う方向性だという気がする。
だが1970年代の経済政策を思えば、「軍人政権」にとっては、それほど違和感のないシナリオだろう。あの時代、国家プロジェクトを連発して財政出動をし、借金を増やしてハイパーインフレを招いたからだ。
コロナ対策費を膨大にかければ、短期的には人命を救い、低所得者の生活を支え、中小企業の延命を数カ月先延ばしする。だが、前述したような副作用も大きい。
いつか誰かが、乱発した国債の支払いを負担しなければならない。将来的に、ただでさえ高い税金を、さらに引き上げることになる。しかも、ブラジルでは低所得者と高額所得者は税制が優遇されているから、中間所得層を直撃する。
そのような流れになった場合、2022年にある大統領選挙の時に、どんな影響を与えるのか。
万が一「非常事態宣言」が長引いて、大統領選挙延期などの話がでてきたら、「軍人政権」から「軍事政権」への危険性が増す。危ない前兆としては、人命を尊重する振りをして「コロナ第2波が来そうだから、非常事態宣言解除は当面延期」などの話が出ることだ。
たとえコロナが終息しても、それが経済・社会に残す負の遺産は、当分ブラジルを揺るがしそうだ。(深)