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中島宏著『クリスト・レイ』

はじめに

 あるきっかけから、私は、ブラジル、サンパウロ州、プロミッソン市近郊の田園風景の中に、世間からは隔離されたように建っている一つのキリスト教会と遭遇する機会を得ました。それは、本当に遭遇するという形容がぴったりするような、不思議な雰囲気を持つもので、教会の存在そのものが、何となく浮世離れした感じのものであり、ある種それは、歴史的な遺跡にも通じる独特な空気を感じさせるものがそこにはありました。
 一般にはほとんど知られていない、このような形の教会が、ブラジルの広大な農村風景の中にポツンと忘れ去られたようにして建っているのは、確かに尋常なものとは言えません。
 神秘的雰囲気を伴うものが、そこにはあったのですが、このキリスト教会が、ブラジル日本移民の歴史に直接繋がるものであることを知るにおよんで、興味は大きく膨らんでいきました。
 一見、初期の日本移民とキリスト教とは、直接的には結び付いていかない印象もあり、その辺りがまた、謎めいた感じにもなっていくのですが、いろいろ調べていくうちに、ぼんやりとしたものながら、ある形が見えてきました。
 隠れキリシタン。
 日本の戦国時代の末期から鎖国時代に繋がる三百年もの間、キリスト教への厳しい弾圧に耐え抜いてきた隠れキリシタンの人々の話は有名ですが、実は、その末裔の一部の人たちが、戦前戦後を通じてブラジルにも移民としてやって来ました。
 そして、あの謎めいた教会は、その隠れキリシタンの人たちが建てたものだったのです。
 不思議な雰囲気を持つ原因は、そこにあったわけですが、それにしてもなぜ、何の為に、隠れキリシタンの末裔の人たちは、人里離れた場所にまるで隠れるようにしてあの教会を建てたのか。
 今では、歴史の中に埋もれるようにして、その辺りのことは次第に消えていき、明快なものはあまり残っていませんが、それでもそこにはまだ、これを造った人たちの面影が見られるような空気が残っているようにも思えます。
 そんな、いささか頼りない幻影を紡ぎつつ、何とかあの頃の人々の情景を再現できないものかと考え、フィクションとしての物語をここに綴ってみることにしました。
 テーマとしては、少しばかり重いものですが、ブラジルにおける移民の歴史の中の一コマとして捉えてみる価値はあるように思われます。(中島 宏)


第一章 約束の地

出会い

 一九三〇年代の半ば辺りのことだから、もうかれこれ八十年以上も昔の話である。
 古い話だ。そんな古い話を、今頃引っ張り出して来て語ることに、ある種の躊躇はあるのだが、その内容が珍しく、かつ貴重なものとも思えるので、あえて取り上げて、それを順次、物語っていくことにする。
 それは、ミステリー的なものとも違うが、尋常なものからは、かなりはみ出たような、そういう奇妙な雰囲気を持った話である。
 この物語は、ブラジル、サンパウロ州の、ある地方から始まる。