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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(13)=基礎体力を落とす「十二指腸虫病」

寄生虫の一種カイチュウ(See page for author / Public domain)

寄生虫の一種カイチュウ(See page for author / Public domain)

 移住地で流行った感染症の中で、「十二指腸虫病」も深刻だった。これは、鉤虫を原因とする寄生虫病の一種で、かゆみを伴う皮膚炎の原因となる。寄生虫幼虫の刺激により咳・咽頭炎を起こし、重症になると、寄生虫の吸血により軽症~重症の鉄欠乏性貧血まで起こす。
 同仁会の細江静男著『ブラジルの農村病』(ブラジル日本移民援護協会刊、1968年)は、こう分かりやすくその貧血が及ぼす健康被害を説明する。
 《温帯から熱帯に移住して二~三年すると我々がまず感じることは、ほとんどの人が栄養不良におち入ることである。血中ヘモクロビンが五十パーセントになり、こういう身体の弱ったときに悪性マラリアにでもかかると再起不能になることもある》(『農村病』PDF版12ページ)
 Qlifeサイト(https://www.qlife.jp/dictionary/item/i_251247000/)によれば、《鉤虫は長さ1cmほどで、小腸に寄生します。国内で感染する例はほとんどありませんが、世界的にみれば熱帯から亜熱帯の湿潤な地方には広く分布しているので、これらの地域の農村部に仕事や旅行で滞在する時には注意が必要です》とあり、まさにブラジルの農村部はその生息地だ。
 《おもな症状は貧血です。これは成虫が小腸粘膜にかみついていて、そこから毎日出血するからです。鉤虫の「鉤(かぎ)」は、粘膜にかみつくための歯を指しています。少数の寄生では目立った症状はありませんが、たくさんの虫が寄生していると、鉄欠乏性貧血の症状(動悸、息切れ、めまいなど)が現れます》とある。

モジの野菜農家(『在伯同胞活動実況写真帳』(1938年、竹下写真館 高知県古市町)

モジの野菜農家(『在伯同胞活動実況写真帳』(1938年、竹下写真館 高知県古市町)

 「十二指腸虫病」は他の重篤な病気に罹りやすくなるようおぜん立てをする病気だった。
 《十二指腸虫に例をとってみると、普通、「虫がわいている」と医者がいうときは、およそ一千匹から三千匹の虫がおなかについている。一千匹の虫が一日に吸う血球の数は重量にて五グラム。三千匹いれば一日に十五グラムの血球を食べてしまう。人体内でこれだけの血を造ろうとすれば、毎日約三~四百グラムの牛肉を食べなければならない。それだけ牛肉を食べてやっとプラス・マイナス零ということになる》(『農村病』PDF版13~14ページ)
 つまり、移住者はまず食文化の変化もあって栄養不良、さらに回虫寄生などによって貧血に落ち入り、何万匹もの小虫にたかられる中で、畑仕事に体力をつかい果たし、免疫が弱った体をマラリアが直撃した。
 同仁会は1933年にパウルー付近およびパウリスタ延長線方面の邦人集団地の検便調査を実施し、検査員2889人中、保卵者1488人、保有率の平均は64%という結果をえた(『四十年史』398ページ)。
 1935年の調査で一番保有率が高かったのは、ジュキア線イタリリー付近で72%だった。当時の87校の日本人学校の邦人児童の検査では、児童数3842人中、保有者2329人で保有率は63%。全校生徒が保有している学校も5校に上ったとある。
 とにかく日本移民の衛生状態は日本国内の比ではなく、きわめて酷い状態だった。これらの感染病に加えてインフルエンザなども複合的に襲ってくる中で、子供を育てて教育を与え、現在の日系社会を形成してきた。
(つづく、深沢正雪記者)