ブラジルは先週末にコロナ死者10万人という悲しい記録を作ってしまった。今週末のブラジルメディアは、この節目を報道するものが目立った。
中でもサンパウロ市は先週、コロナ死者1万人。ドイツ、チリ、アルゼンチンなどの国々よりも一市の方が上回るという不名誉で残酷な現実だ。
振りかえってみれば、4月16日にマンデッタ保健大臣が解任され、5月15日にタイシ保健相が辞任して以降、連邦政府にはコロナ対策の責任大臣がおらず、代理が続く。リーダーシップを発揮していたマンデッタ保健相時代には毎晩行われていた記者会見も無くなった。
しかもマンデッタ解任以降、生え抜きの保健行政専門官僚がクビにされて、素人の軍人が20人近くも入れ替わりに着任した。まさにその5月中頃から毎日平均1千人の死者を数えるようになった。
専門家不在、国として州や市と協調することなく、強力なリーダーシップなしという3ナイ状態で現在の10万人をこまねいた。
それに関して不思議な事実がある。州政府や市は3月から6月にかけて外出自粛策を打ち出したが、死者数グラフでは5月中ごろ以降、1千人前後/日がずっと続いていることだ。先進諸国と違ってブラジルの場合、外出自粛の効果がグラフに表れていない。
逆に外出自粛緩和が始まって激増かと思いきや、それもない。みごとに一定して平均1千人だ。これが意味することは何か。「外出自粛をしようがしまいが1千人」に見える。ならば、なんのために100年に一度の経済破壊を起こすほどの外出自粛をしたのかと空しくなる。専門家にキチンと検証してほしい。
10万人の死者という節目の時だからこそ、その現実を前向きにとらえ直して、コロナ犠牲者の死を無駄にしないことが最大の供養ではないか。彼らの死が積み上げられていった結果として、残されたプラスの遺産がある。国全体を少しずつ集団免疫(Imunidade de Rebanho)状態にしてくれていることだ。
集団免疫の持つ倫理的な問題
この「集団免疫」という言葉がポレミックなのは、そこに至るまでに「人口の60~70%」×致死率という膨大な死者が出る点だ。もしも国民2億人が、致死率0・5%のウイルスで集団免疫を自然に獲得する場合、そこに到達するまでに70万人が死ぬ計算になる。
だから「集団免疫を目指す」と政治家が言おうものなら「何十万人を殺すつもりか!」という批判が殺到する。当然、政策として目指すべき方向ではない。
だが現実には、目指さなくても結果としてそうなる場合がある。ブラジルがまさにそうだ。それを生物学者フェルナンド・レイナッキ氏は「無能さゆえの集団免疫」(Imunidade de Rebanho por Incompetência=IRPI)と命名した。
レイナッキ氏はエスタード紙コラム8日付の冒頭で、ハーバード大学の疫病学者マーク・リプシッチ氏の、集団免疫到達に関する次の言葉を引用した。《問題は、そこに至るまでに辛い思いをすることだ。我々はそこに到達できない訳ではないし、到達したい訳でもない。それは科学的に間違いなのではなく、倫理的に間違いなのだ》と掲げ、それに「全面的に同意する」と書いている。
ウイルスの感染爆発が起きれば、いずれは集団免疫に到達する。問題は、感染拡大を制御できずに、医療崩壊した状態を長いこと続けて、むやみに死者数を増やすことだ。
不幸中の幸いというか、ブラジルはコロナに関してほぼ医療崩壊をしていない。むしろ予想より入院者が少なく、どんどん臨時病院を閉鎖している。もしも医療崩壊をしていれば死者は毎日1千人どころか、2千人、3千人になっていた。その最悪の状態が避けられていることに関して、州政府や市は大いに賞讃されるべきだ。
だが、世界中を探しても、毎日1千人死亡という高止まり状態を3カ月間も続けている国は他にない。米国の死者数はもっと多いが、ばらつきも大きい。欧州はどこも1カ月以内に高止まりを終えて、きっちりとコントロールしている。
その結果、ブラジルに何が起きているかといえば、世界で一番、集団免疫に近い国なってしまっている。
ただしブラジルは広い。地域ごとに事情は全く違う。だが、最初に感染爆発が起きたマナウスでは現在、完全に感染鎮静化の兆候を見せ、ブラジルで最も早く学校が再開している。
リオやサンパウロは拡大期こそ過ぎたが、高止まりの状態を続けている。だが、いずれはマナウスやフォルタレーザのように感染者数低下の方向に向かう可能性がある。
続々と増える抗体所持率10%以上の都市
ペロッタス連邦大学の抗体所持率調査(EPICOVID19―BR)の第3回調査の概要(https://bit.ly/Epicovid19BRfases1-3)が7月3日に発表されていた。今回は6月21~24日の間にブラジル全土133市で約3万人に対して聞き取り調査と抗体所持検査が行われた。
これはブラジルが誇るべき世界最大規模の抗体所持率検査だ。5月中頃に実施された第1回の全国平均所持率は1・9%(疑陽性率の上下誤差は1・7~2・1%)、6月上旬の第2回では3・1%(2・8~4・4%)、6月下旬の第3回では3・8%(3・5~4・2%)と確実に上がっている。
6月時点の地域差としてはアマゾン地方などの北部では平均10%の住民が所持しており、逆に南部では1%と低い。だが8月現時点では北部は安定下降期が大半、南部は激増期に入っている。
ただし、全国平均で4%でも集団免疫の60~70%からは程遠い。でも都市別で見ると、北部や北東部では10%以上の地域が出てきている。
★アマゾナス州都マナウスは第1回(12・5%)、第2回(14・6%)、第3回(8・0%)と10%前後を記録している。
★パラー州都ベレンも15・2%→16・9%→5・1%と上下動はあるが高い。
★アマパー州都マカパーは9・9%→15・0%→14・6%。
★セアラ―州都フォルタレーザは8・9%→15・6%→20・2%と急上昇を見せている。
★リオ州都リオも2・4%→7・5%→10・3%とキレイな上昇曲線を見ている。
20%以下でも集団免疫に?
そこで「新型コロナの場合、抗体所持率が20%以下でも集団免疫状態になる」という学説が、世間を騒がせている。7月27日付Agência FAPESP(サンパウロ州調査研究支援機関、リンク〈https://canaltech.com.br/saude/〉)が報じたもの。
英国、ポルトガル、ブラジルの学者による共同研究で、《従来は地域人口の60%ぐらいにならないと流行を遮る状態にはならないと言われていたが、今回の調査によれば、10%から20%になった地域でも十分に感染がおさまってきており、すでに集団免疫状態になっているのではと推測されている》とのことだ。
その研究者の一人、英ストラスクライド大学(University of strathclyde)のガブリエラ・ゴメス氏によれば、《この研究結果は、集団免疫に近づくために国民を自由に行動させて犠牲にすることなく、ワクチンができるまで何カ月間も家で巣ごもりさせる必要がないことを示している》と説明する。
これはベルギー、英国、スペイン、ポルトガルにおける調査の積み重ねから導き出されたもので、地域によって異なるが、抗体所持率が10%から20%の間になると集団免疫といえる状態になる傾向がみられるという。
スタッフの一人、サンパウロ州立総合大学生物医科学研究所(ICB―USP)で博士課程にいる研究者ドリゴ・コルデル氏は《この数字になると、経済活動を緩和しても感染者数や死者数が増えない状態になる。ただし、この数字以前に経済緩和すると、急上昇する可能性があるので為政者は注意が必要》と警鐘を鳴らす。
さらに《抗体をえたとしても、それが1年ももたない可能性がある。これからしっかりと検証しなければならない》とも。同研究者たちは《すでに集団免疫になったと確定できる都市はない。ただし、世界中見回しても抗体所持率が30%を超えたところはないことから考えて、60%以下で感染者や死者が減る状態になるという確信は日々強まっている》としている。
またCBNラジオも8月5日のニュースで、《すでにマナウスは集団免疫に達していると見ている研究者たちがいる。そしてサンパウロのそれもかなり近づいていると考えている》と報じている。
これは「そういう考え方をする学者が出てきた」というだけで、定説ではない。だが「危険、危険」ばかりを強調しがちなマスコミの論調の中で、大事な方向性だ。
若い人ほど自然免疫が強く、もともと備わっていた治癒力でウイルスを退治する。このような人は感染しても抗体を作らない。つまり抗体をもっていない人でも、すでに罹った人は多くおり、それが多ければ「事実上の集団免疫状態」になるということのようだ。
これが本当であれば朗報だ。サンパウロ市では、すでに11%に到達しているからだ。
楽観的にみればサンパウロ市は11月には減少期に
サンパウロ市はこれとは別に独自調査をしている。ブルーノ・コーバス市長は7月28日午前、3回目の抗体検査の結果を発表し、少なくとも市民の11・1%、18歳以上の成人約132万人がすでに新型コロナウイルスの抗体を持っていると公表した。
7月6日までの結果を示した2回目では抗体所持率は9・8%だった。わずか3週間で1・3%も上がっている。
今回の特徴的だったのは64歳以上の13・9%が抗体所持者だったこと。2回目ではこの年齢層は5・1%だけだったから、3倍近くに跳ね上がっている。
外出自粛緩和で若者が出歩くようになり、そんな若者との接触機会の増加や、高齢者自体の外出機会の増加が、コロナ感染を増やしているようだ。60歳以上でも9割以上は、感染しての重篤化せずに治ると言われるが、罹らないように注意するに越したことはない。大サンパウロ市圏在住者は、7月以降に高齢者感染が激増していることに要注意だ。
18~34歳は12・6%、35~49歳は12・3%。彼らは感染しても98%が重篤化しないし、ほぼ無症状で治癒する。そこに高齢者が巻き込まれてはいけない。
前述のように10~20%で集団免疫になるとしたら、CBNラジオの報道のようにサンパウロ市はかなり近くまで来ている可能性がある。だがサンパウロ市は単体でも1200万人であり、大サンパウロ都市圏なら5千万人という、とんでもなくバカでかい町だ。
コラム子のいい加減な〃素人の皮算用〃で予測してみたい。毎日1千人死亡があと3カ月間続くと、死者数は単純に20万人に倍増する。同時に抗体所持率も2倍の20%になっている可能性が高い。ならば10月、11月にはその状態だ。
途中からゆっくりペースになればそれだけ長引く。逆に20%でなく15%、13%で集団免疫になるのであれば、もっと早い。
20%だとしても、今現在少なくとも半分以上は過ぎている。もう少しの我慢だ。
減少期に入ったとしても、感染が終わりになった訳ではない。高止まりが終わっただけで、マナウスと同じように少ない死者数がダラダラと続く低空飛行状態に切り替わるようだ。
ブラジル全体としてみれば完全にまだら状態になる。特定の地域は集団免疫だが、場所によっては感染ゼロという具合だ。1年とか長い期間をかけてまだら状態から均一化していくのだろう。
大聖市圏においてはワクチンはあてにならないと思っていた方が現実的だ。今年中に高止まりが終わりそうな気配だからだ。ワクチン開発は治験第3段階が一番難しい。ここで認可されないことも良くある。すべてが上手くいき今年中に治験段階が終わっても、生産が始まるのはその後。一般接種開始が、1年後でも誰も驚かない。
大サンパウロ市圏がたとえ年末までに集団免疫になったとしても、安心はできない。ブラジル全体がまだらで、人の出入りがあるかぎり、常にマスクをして感染予防に気を配る「新しい日常」を心掛ける必要がある。(深)