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《記者コラム》集団免疫に近づいたサンパウロ、リオ、マナウス

エストラ紙サイト≪新型コロナウイルス研究者「日常復帰のかなり近くまで来ている」≫記事

 8月22日、「世界の幾つかの都市では集団免疫になった可能性がある」というニュースが急に流れた。それまでは学術系サイトでしか散見されなかった内容が、20日を区切りに一般メディアでも表れた。
 例えばグローボ系列のリオ地方紙「エストラ」サイト22日付≪新型コロナウイルス研究者「日常復帰のかなり近くまで来ている」≫記事は、次の一節から始まる。≪勝ち試合にはほど遠い。だが、ブラジルの幾つかの場所はすでに、新型コロナウイルスへの集団免疫に達しているという情報は、期待を抱かせる≫。
 かたくなに「家に居ろ」を繰り返すグローボ局系列ですら、集団免疫を肯定する記事がでてきたことに驚く。
 この記事は、7月27日付Agência FAPESP(サンパウロ州調査研究支援機関、リンク〈https://canaltech.com.br/saude/〉)が報じたものの焼き直しだ。本紙はすでに8月11日付『≪記者コラム≫抗体所持率20%で集団免疫説も=コロナ自粛生活、半分以上過ぎたかも』で、その概要を伝えている。
 同エストラ記事の中で、ストラスクライド大学(スコットランド)のポルトガル人数理生物学者、ガブリエラ・ゴメス氏は≪ワクチンができないと広範な集団免疫は望めない。だが世界の幾つかの地域、例えば欧州、中国や米国、ブラジルの一部では、パンデミックは勢いを失っている。このような地域は、日常復帰にかなり近づいている。人々にそれを知ってもらうことは、とても重要だ≫と指摘する。
 では「ブラジルの一部」とはどこか? 「平均死亡者数が1カ月以上も下がり続けている地方」、もしくは「著しく上昇する傾向を1カ月以上見せていない地域」のことだ。具体的にはリオ、サンパウロ、マナウスだという。ただし、この記事のあと、リオはここ1、2週間ほど多少増えている。
 同じ基準を世界に当てはめれば米国ニューヨーク、英国ロンドン、インドのムンバイもそうだとゴメス氏は見ている。
 このような説が出てくる根底にあるのは「抗体所持者が占める人口比が何%に達したら集団免疫かという数字が、新型コロナの場合は20%前後」という仮説だ。従来なら70%前後と言われていた。新型コロナの場合はそれが低い。
 《ただし、それぞれの国で割合は異なり、ブラジルや米国のように広大な国だと地域によっても違う》と補足する。
 ゴメス氏の見方ではマナウス、フォルタレーザ、リオ、サンパウロは集団免疫に近いところまで来ている。これら地域の特徴は、社会的距離が「限定的」もしくは「不徹底」であり、感染源の追跡が最初から行われていないことだ。にも関わらず感染者数が落ちていることは集団免疫を意味するという。
 ブラジル保健省の新型コロナ特設サイト(8月29日参照、https://susanalitico.saude.gov.br/extensions/covid-19_html/covid-19_html.html)によれば、国全体の日別の死者数グラフ(【表1】参照)は7月をピークにして8月から明らかに下降を始めている。同じく日別の感染者数グラフ(【表2】参照)も同様だ。

サンパウロ州知事が「ピークは過ぎた」と認める

 本紙8月12日付『≪サンパウロ市』成人の18%が新型コロナ抗体所持=新検査の併用で実態明らかに=低所得、低学歴、黒人ほど高率』にある通り、サンパウロ市では成人の約18%が抗体所持者だ。つまり、20%前後が集団免疫到達ラインだとすれば「かなり近い」といえる。
 本紙8月20日付『≪サンパウロ市≫児童生徒の16%抗体所持=25%が高齢者と同居』記事から分かることは、コーバス市長は「16%では集団免疫ラインまでまだ足りない」と考えていることだ。

【表3】緩やかに下降を始めたサンパウロ州のコロナ死者グラフ

 本紙8月29日付『≪サンパウロ州≫「コロナの最悪期は過ぎた」と知事=次の目標は緩和レベル4』では、ドリア州知事は「サンパウロ州は最悪の時期は過ぎて、下り坂にさしかかっている」と評価している。
 同知事は以前から「サンパウロ市の感染拡大は下り坂にさしかかっている」と発言していたが、今回は州全体を指している。【表3】にある通り、サンパウロ州の死者数は大きな山形を描いてゆっくり下降段階に入っているのが分かる。

知られていなかったT細胞の交差免疫

 ヤフーニュース8月5日付『政策がナチュラルに無秩序な日本で、スウェーデンのコロナ対策を素直に見てみる|オオカミ少女に気をつけろ!』(https://news.yahoo.co.jp/articles/5be018fc68e72d8124d25182f40aa5b8adda34db?page=2)によれば、《7月17日、スウェーデン公衆衛生局が行った記者会見によれば、首都ストックホルムにおける住民の新型コロナ抗体獲得率が17・5%~20%に達し、さらに、「T細胞」を介した免疫とあわせると、40%近くが免疫を獲得していると推定されるとし、集団免疫はほぼ達成されたという》との数字が発表されている。
 この「T細胞」というのは免疫担当のリンパ球のことだ。これが新型コロナウイルスをやっつけて、その時の情報を記憶することで抗体が生じる。これがいわゆる「獲得免疫」だ。
 だが、最近の研究の結果、新型コロナには「交差免疫」も効くことが分かってきた。
 それは過去に、従来の風邪を引き起こすコロナウイルス(新型のでない従来型)に感染して、その情報を記憶したT細胞を持っている人は、今回の新型コロナウイルスに対しても免疫機能が有効に働いていることが分かってきたのだ。
 同記事には《世界3大科学誌のひとつ、アメリカの『セル』誌に掲載された論文では、新型コロナの流行前に採取して、保存していた血液を調べたところ、半数の人から新型コロナに反応する「T細胞」が検出されたことが明らかにされてもいる》とある。
 つまり、新型コロナの抗体を持つ人が20%、過去に従来型のコロナウイルスを退治した交差免疫を持つ人が20%いるような状況であれば、あと20~30%程度は自然免疫力で直してしまう人がいる可能性があり、それを足せば結果的に集団免疫(60~70%)状態ということのようだ。
 同記事には、こうも書かれている。《そして、現実にスウェーデンは、休業も休校も行わずに、極力自然に得た「獲得免疫」を持つ人と、「交差免疫」を持つ人とで集団免疫の獲得が完成しつつあるというのだ》。
 もちろん、国によって、できるできないはある。だが、これがコロナ対策の理想形ではないか。ロックダウンなどの短期決戦ではなく、長期戦としてウイルスと共生していくしかない。

まだまだコロナ前には戻れない

マスクをした新しい日常(Jader Paes/Agencia Pará)

 勘違いしていけないのは、「集団免疫に近づいている」からといって、コロナ前の生活に戻っていいということではない。「死者が増えるのが止まった」「ピークを過ぎた」「最悪期は通り過ぎた」というだけだ。
 むしろ、周りに感染拡大に無用心な若者が増えるこれからが、高齢者や既往病を持った人にとっては要注意な時期といえる。
 抗体所持者が多い地域と少ない地域がマダラに分布し、混じりあっている状態だから、時間をかけて国全体の平均抗体所持率を上げていく必要がある。広大な国土を持つ国ほど時間がかかる。
 その間は、段階的に社会活動の緩和を進めて、マスク着用、社会的な距離などの対策は「新しい日常」として常態化させる必要がある。
 ただし「気を付けながら活動を再開する」というレベルに来ているとはいえる。サンパウロでは元々、社会的な隔離が不徹底だったから「外出自粛措置」を発令しても、段階的解除を初めても、ずっとほぼ一定数の死者が出続けている。
 メトロ、バスなどの他人と近づきやすい交通機関などは、以前と同じ注意が必要だ。だが一定レベルの生活をしている市民だけが集まるなら、気を付けていればかなり元の活動に戻しても良い段階に来つつある。
 2メートル以内に人がいない状態が保てれば、どんどん外に出て体を動かすべきだろう。距離をおいて、換気が保たれている状態なら、人と会うことも問題ない。
 5月27日付本記者コラム『京大式「半自粛のススメ」』(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200527-column.html)で紹介した次の3点は厳守したほうが良い。
(1)「常にしっかり換気」(空気感染対策)
(2)「目・鼻・口は何が何でも触らない」(接触リスク対策)
(3)「話すならマスクをして小声で!」(飛沫感染対策)
 我々はすでに十分な犠牲を払った。すでに約12万人の死者が出ている。犠牲になってくれた人たちへの感謝を忘れずに持っておきたい。
 だがこの12万人で終わりではない。いまも毎日平均で1千人近くが亡くなっている。これから下り坂とはいえ、毎日平均数百人が亡くなる状態はまだ数カ月続く可能性がある。
 おそらく年末までに20万人近くになるだろう。「ちょっと油断すれば罹る」状態は、まだ続く。

皮肉なことに外出自粛を徹底した国は長引く

 ドイツ、スペインなど欧州の一部にみられるように、自粛緩和を始めた途端に感染者や死者が増加し始めている地域がある。ウイルスは根絶されていないから当然だ。集団免疫に達していない場所で社会活動を再開するとやり直しになる。
 再開した途端に感染者が増えている国の人には申し訳ないが、ブラジルでは集団免疫に近い地域が出てきた。この地域に関しては、時間の問題で本格的に日常回復への期待ができる。「トンネルの先に光」の状態だ。
 しっかりと「外出自粛」を徹底した国ほど、集団免疫からほど遠い。ブラジルのように「外出自粛」不徹底の国の方が、犠牲は多いが、結果的に早く集団免疫に近づく。
 共同通信4月15日付配信《2022年まで外出自粛が必要 米ハーバード大の論文》記事にある通り、《新型コロナウイルス感染症の特効薬やワクチンが開発できなければ、米国は外出自粛措置などを2022年まで断続的に行うことになると分析した論文を、米ハーバード大のチームが15日までにまとめた》との内容そのままのことが今現実に起きている。
 ブラジルの場合、経済活動再開がこれから本格化していく。だが、それができない国は世界に多い。
 ワクチン開発を待ちながら経済活動の再開を先送りすればするほど、経済への打撃は大きくなり、来年、再来年にまで悪影響が残る。
 問題なのは「ワクチン開発が絶対に今年中に完成する」保証がどこにもないことだ。「いつまでに完成しそうだ」という飛ばし記事かフェイクニュースもどきの内容が、毎週出てくる今の状況は異常だ。製薬会社の意を酌んでいるとしか思えない。
 幸か不幸か、ブラジルはワクチン完成にすがる必要がなくなりつつある。ブラジルは今の道を選んだ訳ではない。生物学者フェルナンド・レイナッキ氏が命名した通り「無能さゆえの集団免疫」(Imunidade de Rebanho por Incompetência=IRPI)だ。
 コロナ対策が徹底できないから感染拡大が止められずに多くの犠牲者を出して、結果的に早めに集団免疫に達しているだけだ。

「自由権」を侵害するコロナ対策の根本問題

【表4】スウェーデンの日別死者数のグラフ。外出自粛をしなくとも、完全に収束段階に入っている

 今までブラジルでも「Fica em casa!」(家にいろ)という標語が、あまりに強く一般市民の行動規制をしてきたことに、すごく居心地の悪い思いをしている人はけっこう多いのではと思う。
 しかも「科学的である」という不思議なお墨付きを得て、一般市民の行動を戦時下以上に規制するという異常事態を引き起こしている。
 科学的と言うならば、本来は「社会的距離」「感染者との距離をとる」というシンプルな行動基準だった。それがマスコミや権力者によって極端化されて「家にいろ」という異常な命令にすり替わった。
 社会的距離を守るだけなら、スウェーデンのようにかなりの経済活動は続けられたはず。だが「家にいろ」と極端化されたことで経済は大打撃を受けてしまった。
 「半年間も家に居続ける」ことを強制することは、自由権(自由に生きるための権利)に明らかに反すると思う。民主主義国家ならどこの国の憲法にも記されている「基本的人権」の一つだ。
 だが「家に居ることが科学的だ」と信仰のように信じる一部の権力者やマスコミが繰り返し唱えることで、一般市民がそれを「善行」であるかのように信じ込んだ結果、今の状況が起きてしまった。典型的な「恐怖マーケティング」が世界規模で行われている。
 数年たって、今の集団ヒステリー的な状態から冷めた後、冷静に振り返って見たとき、「民主主義のはずの世の中で、なぜこれほど市民の行動の自由と人権を奪うような、憲法違反的な行動規制ができたのか」と不思議になるのではないか。
 本来「言論の自由」もあるはずなのに、「家に居ろ」に反論することが許されないような空気もおかしい。それ自体、この国の民主主義の未熟さを示している。
 ネットを見る限り、日本のマスコミでは、もっと自由な言論が飛び交っており、実にうらやましい。ブラジルのように、メディア最大手グローボの論調を批判する人は、みな親ボルソナロ派かと疑うような風潮は、反民主主義的なものだ。
 「言論の多様性」こそが民主主義の基本だと思う。それなのに、いろいろな論調があることをいやがり、2極化をすすめるように言論統制とする大手ブラジルマスコミの風潮は、権威主義者ボルソナロと何も変わらない。

コロナ禍の本当の問題は医学的それではない

 100年に一度クラスの経済的大打撃は、コロナ死者以上の犠牲をこれから生む可能性が高い。すでにサンパウロ市リベルダーデ区周辺でも強盗などが増えていると肌身に感じる。これからもっと悪くなっても、誰も驚かない。
 9月から緊急支援金が300レアルに減額され、中小企業支援プログラムが終わっていく中で、年末にかけて「連鎖倒産」「本当の不況」が訪れる可能性がある。
 「家にいろ」政策の副作用はあまりに大きい。第一に「高齢者と子供の距離を遠ざけたことなどに代表される人間関係の空疎化」「病院に定期的に通っていた人がパンデミック期間に通わなくなった結果、生じた病気の進行」「貧困家庭の子供ほどオンライン学習に触れられない教育機会の不平等の拡大」「みなが家に居つづける家庭内ストレスの高まり」「職探しをあきらめている人まで入れた本当の失業率は3割に達している可能性」などが代表的なところだろう。
 死者数を増やさないの一点張りで、これらの社会的大問題を軽視するのはいかがなものか。
 段階的な活動緩和が開始されたことに浮かれている場合ではない。(深)