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中島宏著『クリスト・レイ』第34話

 そういうマルコスに対してアヤが好意を持ったのは、彼女自身にも性格的にそのような傾向を持っているという点に繋がっているようでもあった。要するに、二人の間には共通する波長を感じ取ることができたということのようである。そのことが、お互いを引き寄せ合ったということでもあった。無論、それは最初から感じられたものではなく、時間をかけることによって、徐々に作り上げられていったというようなものであった。
 熱情的なものから派生していかなかった分、この感情の動きは安定して、落ち着いた感じのものではあったが、反面そこには、簡単には消し去ることのできない、難しい一面を引きずってしまうという、いってみれば危険な落とし穴が存在していた。
 もちろん、この時点では二人ともそのことにはまったく気づいていない。
 そのことよりも、今、彼らの目の前にある課題は、あの日本人たちが造ったクリスト・レイ教会であり、キリスト教であり、それらの背景と歴史ということであった。それは、直接には二人の感情的なものに結びつくものではなかったが、しかし、これらの話が介在することによって初めて彼らの関係が成立し、緊密というような意味を持つものに昇華していくようであった。

 彼らのデートでの話は、大半が教会にまつわるものであった。つまりそれが、デートの口実でもあったわけだが、しかし、実際にこの問題について話し合っていくうちにそれは、かなりの広がりと奥深さを持つものとなり、二人ともがそれにのめり込むようにして熱中していった。それは、単なるデートの会話としては、ひどく重みのあるものでもあった。
 日によっては、歩いたり、木陰で腰を下ろして話し込んだり、時には誰もいない日本語学校で、二人だけでじっくり話し合ったりした。そして、いつものことながら時間が経つのを忘れるほどに充実した気分を二人ともが味わっていた。
 マルコスが一番不思議に思うことから、アヤへの質問が始まっていき、長時間に亘る対話が続いていくことになった。無論それは、一日だけの会話で収まるようなものではなく、それはエンドレスのような感じで何日も、どこまでも続いていくような気配を持つものであった。
 その会話の流れの中で、マルコスの日本語もそれなりに、徐々に硬さが取れていくようであった。ただ、そうではあっても、彼の丁寧な喋り方は基本的には変わることはなかった。その辺りはやはり、彼の性格がそれとなく出てしまうということであったのかもしれない。
「僕が一番知りたいのは、ここに移民として入植した人たちはなぜ、みんなカトリック信者なのかということです。アヤも言ったように、ここに来た人たちは同じ所の出身者で、しかも、その地方の人たちの大半はキリスト教信者だということですが、どうして、その人たちは同じ所に固まるようにして生活しているのでしょう。その点が不思議ですね」
「それはね、マルコス、そこにはとても複雑な歴史が隠されているの。
 私たちが住んでいたのは、日本の国でも南の地方で、九州と呼ばれる一つの島、といっても、このサンパウロ州の十分の一ほどの大きさのものだけど、その中に福岡という所があって、その中の今村というのが、私たちが住んでいた場所なの。そこに住んでる人たちのほとんどが、キリスト教のカトリック信者でね、それもずっと昔から続いてきているわけね」