「戦後移民の時代」は訪れることなく、過ぎ去った。結果的に、それで良かったのかもしれない。アアダコウダ言わず、素直にそう考えた方が前向きか。30代、40代の若者らが中心になって実施され、実に手際よく広範な内容を含みつつ、コンパクトに凝縮された「文協統合フォーラム2020」(FIB)オンライン・ライブを試聴しながら、そんな印象を受けた。
19日午後6時から3時間、文協ユーチューブサイト(https://www.youtube.com/watch?v=OFSE4ZICcwY)などで生中継された。いつでもその映像は視聴できる。日系社会の将来に関心がある人は、ぜひ見てみてほしい。
本来は、ブラジル全国の日系団体代表が一堂に会し、ネットワーク構築と進化、日本文化継承の方法などについて話し合うフォーラムだ。今年はパンデミックのために初めてオンライン開催。だがオンラインであるがゆえに、むしろブラジル全土の広がりを手際よくカバーした内容となり、広範な地域に散らばる団体の活動に触れていた。特に大志万学院の川村真由美校長の話からは深みが感じられ、ブラジル日系社会の広さと奥行きを実感させるものになっていた。
テーマは「パンデミック期間の試行錯誤を中心にしたブラジル日系団体の活動報告」を軸に構成され、「文協TV特集番組」的な内容だと感心した。
パンデミックによって、いろいろなモノが変った。文協もインターネットでの活動を活発化させたことで、若者参加の比重が高まり、どこか脱皮した感がある。
ネット上の活動が本格化したことで、射程範囲はサンパウロ市を中心とした地理的な制約が取り払われ、一般ブラジル人が見ても違和感のないポルトガル語の世界となり、日系・非日系という境界線も軽やかに超えた。
これが「今の文協」のあり方なのだ。以前「コロニア」と呼ばれていた日本語共同体を中心とした世界ではなく、「KAIKAN」と呼ばれる日系団体の連合会的なポ語共同体の世界だ。
悪い意味ではなく、もう日本語の世界ではなくなったと感じる。前からポ語で日本文化、日系意識を論じることが必要とされてきた。なるべくしてそうなった。
戦後移民はいつか自分たちが「コロニアの家督を継ぐ」=「戦後移民が文協会長に就任する」と信じてきた部分がある。その最後の動きが、2005年の谷広海氏による文協会長選挙への出馬だった。
あれから15年――。その間に移民百周年、日伯外交樹立120周年などの大きな節目を超え、今回、誰もが予想しなかったパンデミックに直面した。
戦前移民の子孫である高齢二世を中心とした文協理事会だったが、高齢な彼らが家を出られなくなったことで、実態としての活動の軸がこの半年間で一気に三世、四世の若者に移った。戦前移民の子供たる二世には、勝ち負け抗争の悪影響が残っているのか、どこか日本文化を斜に見る部分があった。でも三世、四世はその点、素直に今の日本を見ている感じがする。
「若者が日系活動の中心を担う」という半年間の変化の集大成が、今回のFIBに現れていた。15年前には60代だった戦後移民も、今では大半が80歳以上になった。デジタル化を特色とした日系活動に、もう戦後移民の出る幕はない。
中立的な教育者の視点から説く日本文化論
3時間の濃い内容の中でも、最も興味深い部分は、大志万学院の川村真由美校長による日本文化論だった。創立者で母の川村真倫子さんが乗り移ったかのような、心のこもった日本文化論に心を打たれた。教育に向き合う姿勢の篤さは同じだが、方向性が少し違う。真倫子さんは日本に根を張った日本文化論だったが、真由美さんはブラジル社会に立脚した中立的な、より広範に受け入れられる日本文化論を説いていた。世代交代がここにも起きていると痛感した。
日系社会ではついつい「日本文化優秀論」「日本人だから素晴らしい」的な議論に向かいがちな部分がある。だが、川村校長は「日本文化は優秀だ、日系人は頭が良いと、ユダヤ人や他の民族子孫に説いても意味はない」と中立的な教育者の視線からクギを刺す。
川村校長は、「日本文化の中から、民族を超えて役立つ考え方を抽出し、それを広めることが重要。例えば『感謝』(グラチドン)の思想を、皆に教えている。どんな人にも、みな『自分の人生』がある。それがあるのは、ご先祖様がいてくれたおかげ。ご先祖さまの誰一人欠けても私は存在しない。その繋がり、流れの結果として、私は存在する。そしてウニコ(唯一)の存在だ。ウニコで他の人とは違うから、自分の人生には価値がある。そのことに感謝するのは、人種・民族を超えて大事なこと。そこから説き広げることで普遍的な価値になる」と切々と語った。
「日本文化優秀論」がそのままポルトガル語で表現されてしまうと、ブラジル人に中には人種差別的に受け取る人がいる可能性もあった。ところが、真由美校長のそれは、どんな人が聞いても問題のない普遍的な日本文化論になっており、感心させられた。
そして「いま大志万に通う子孫はすでに四世、五世の世代。教師陣の90%は非日系人です。だけど清掃作業を生徒自身にさせることをはじめ、学校生活のあらゆる場面において、人生への感謝などの普遍的な価値を説いている」という。
ブラジル一般社会では今でも、掃除は貧困層がやる仕事のように思われている部分がある。かつて、奴隷に身の回りのことをやらせていた貴族的な大農場主の価値観が、根強く残っている。そのブラジル的な常識を、教育を通して突き崩そうとしている。
「日本文化に役に立つブラジル文化は?」との質問に対し、校長は「アレグリア(陽気さ)とベルサチリダーデ(汎用性)ね。日本文化は得てして真面目すぎて面白みが薄かったり、厳しすぎる面がある。ブラジル的なアレグリアとベルサチリダーデを取り入れることにより、バランスの取れた形になる」と回答した。
今回のパンデミックでは、日本では以前から一般的だったマスクが、ブラジルでも一気に普及した。いつか、掃除もそうなるかもしれない。こうした積み重ねで、ブラジル社会への日本文化普及が進むのだと感じた。
全伯津々浦々の日系団体の工夫を紹介
FIB冒頭で石川レナト文協会長は、「まだ制限は多いが、工夫次第ではそれなりに活動ができるようになってきた。全伯には440以上の日系団体があり、パンデミックの中で青年部などが活性化したところは新しい活動を始めている。青年のパワーと、経験者(高齢者)の知恵が合わされば、この困難を超えられる」と挨拶した。
その後、アウタ・パウリスタ連合会の水野ケンイチ会長の活動報告に続いて、ロンドリーナ文化体育協会の松本ルシアーノ副会長は「インテグラ・ニッケイ」という独自の活動を紹介した。日系人若手のアイデアを、中堅・大手企業家に紹介して繋ぐ起業ネットワークで、すでに150件もの投資契約が結ばれているという。
1920年創立で、今年創立100周年を祝うカンポ・グランデ日系文化体育協会(AECNB)のニウソン・タモツ・アゲナ会長は、沖縄そばが地元「郷土食」として市から正式に認定されていることを紹介した。
西部アマゾン日伯協会(マナウス)からも、昨年90周年を祝って始まった「ジャングル祭り」の紹介が行われた。バイア連合会の水島・フジオ・ロベルト会長、わざわざ日本より2014年から毎年出席している海外日系人協会の森本昌義理事さんなども挨拶した。
第2部では桑名良輔在サンパウロ総領事から「今回のようなオンラインを活用し、テクノロジジーを取り入れることで、この危機をチャンスに変えましょう」と提案した。
日本カントリークラブでは「アカデミア・ド・フツーロ」プロジェクトが2016年から進められており、12歳から18歳までの若者が著名人の講演を聞くような行われている。
またカンピーナス日伯文化協会の青年部は、日本文化理解を促進する若者向け連続イベント「Boost」を実施しており、その紹介も行われた。
さらに南大河州の日本祭り実行委員会のカラウ・アヤコさんが、今年もオンライン開催されたことを紹介し、ガウーショ方言と日本語「がんばる」を融合させた「ガンバチェ(Chê)」という言葉を紹介した。
全伯で最も新世代の会長と言われる、四世で33歳のマルコ・ツゥーリオ・トグチ会長がオンラインで登場。ちょうど前日から始まったゴイアス文化体育協会のオンラインとドライブインを融合した「盆踊り」の会場から生中継し、イベント開催の工夫ポイントを解説した。縦9メートル、横12メートルの巨大スクリーンをステージに設置して、その前に駐車場を作り、車間距離をおいて車内から実際にイベントに参加できるように工夫。ステージ上では実際に歌手が歌ってその様子がライブ中継された。
トグチ会長は子供の頃から同協会の活動に参加し、青年会を経て20歳で理事会に。昨2019年に会長に就任していた。「18回目の盆踊りだが、初めてのオンライン。大使館がフェイスブックでシェアーするなどの協力をしてくれたおかげで、影響力は拡大している。昨晩の視聴者数は2500人を越え、日本やヨーロッパから見ている人もいた」とうれしそうに報告した。
さらに希望の家の下本ジルセ理事長さんが、オンライン慈善イベントでフェイジョアーダ1200食を売り上げるなどの実績を報告。やり方を工夫すればオンラインでも成功することを示した。
さらに栗田クラウジオ文協日本館運営委員長は、8月末で終了した「アミーゴ」キャンペーン(クラウドファンディング募金)の成果を報告。「目標としていた20万レアルの募金を達成した」と喜びの声を上げた。「いきなり20万レアルなんて無謀だったかもしれないが、600の個人と企業が協力してくれたおかげで達成した。中でも日本か送金会社『兄弟』が寄付してくれたのは有り難い」と強調した。
パンデミック後は若者の時代に
第3部ではトメアスー文化体育協会のシルビオ・カズヒロ・柴田氏が活動紹介をした。最近オンラインで、同地の特産品アセロラにはレモンの3千倍のビタミンが含まれており、パンデミック下において免疫維持に効果があるかなどと訴えるセミナーを開催したことも報告した。
聖市近郊のABC地区では、「カラオケ大会がなくなって寂しい」との自粛中の高齢者の声を受け、オンラインカラオケ大会を9回も開催してきた経緯を報告した。24人の歌手による紅白歌合戦、歌手56人出演の懐かしのメローディなどに加え、260人参加のカラオケ大会もオンライン開催し、自宅にこもる高齢者が「セルラー一つで皆と一緒になれる」という感動を味わったという。
さらにソロカバナ地域のアルヴァレス・マッシャードでは、今年100周年を迎える伝統の「招魂祭」が6月に、若者の手によって実行されていたという現地テレビ番組が放送された。せっかくの100周年なのにパンデミックとなり、従来の形では無理だが、夕方から日本人墓地には若者が衛生管理をしっかりして各墓標にろうそくを立てて火を灯すと、今年もその時間には雨が降らず、風がやんだという。
そのほか、5月末にオンライン開催された文協文化祭りの責任者、ウーゴ・テルヤさんが「開催予定日の1カ月前にオンライン開催を決めたが、当時は誰もオンライン開催のノウハウを知らなかった。初めてだったから、本当にすべて試行錯誤だった」と振り返った。
その後6月には「国際日系デー」を開催したアレシャンドレ・カワセさんも「大事な日なのでキャンセルはできないと思った。オンラインの祭りまったく未経験だったが、予想以上の反応があった。自宅待機していた人たちが、『パンデミックが起きてから初めてのイベントだ』『心が慰められる』と喜んでくれた」と振り返った。
その後、海外日系人協会の田中克之会長、元在聖総領事館領事の高元二郎さんらも日本から出演、最後に山田彰大使は「5年前にはオンラインイベント開催は難しかったが、それが変わった。これを新しい機会ととらえ、積極的にテクノロジーを活用してイベントを開催していることを賞賛する」とのべ、日本から日系アルゼンチン人二世で獨協大学講師をする松本アルベルトさんが講演して「パンデミック対策で金融関係のフィンテックの活用を進める。若い世代の活躍の場が開かれた好機」と語り、若者に任せるべきと説いた。
山田大使は「来年には通常の形でイベント開催できるだろう。今年培ったデジタルのノウハウと組み合わせることができるようになる。来年は東京オリンピックも開催される。福嶌(教輝)元サンパウロ総領事は、五輪実行委員会に出向して、開催準備のために活発に活動していると言っていた。皆で工夫して乗り越えましょう」と明るく呼びかけた。
パンデミックで日系団体の世代交代、若返りが進み、テクノロジー活用が活発化すれば、これは「危機を好機に」という言葉そのものだ。その片鱗がうかがえるFIBだった。(深)