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特別寄稿=ミツバチの神秘=驚くべき能力と有益な食品=国立アスンシオン大学農学部元教授 在アスンシオン 花野 富夫(はなのとみお)

セイヨウミツバチ(Phonon.b, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons)

 地球上には約95万種の昆虫が存在するといわれています。その中でもミツバチほど神秘な生態をもつ昆虫は少ないと思います。
 私たちは、子供のころから有益動物といえば、先ず牛や馬、ニワトリなどと教えられてきました。しかし、牛やニワトリがミルクや卵を私たちに与えてくれるためには、草地の牧草や飼料となる穀物を食べます。
 一方、ミツバチの餌は山林や野に咲く花や、栽培されているいろんな植物の花の蜜と花粉です。他の動物には餌を与えなくてはなりませんが、ミツバチは山野から蜂蜜や花粉などの食べ物を自分で調達し、その余剰分を私たちに与えてくれますので、ミツバチは人間にとって本当に有益な動物であると思います。
 さらに、またミツバチは生態系に一切害を与えずに、むしろ農作物の生産性を上げることに寄与しながら、蜂蜜やローヤルゼリー、プロポリスなどの素晴らしい栄養源を私たちに与えてくれます。
 ミツバチの生態には数知れないほど不思議な側面がありますが、その一部をここに紹介します。

たった1尾の女王蜂から

 ミツバチは1尾の女王バチを中心に、多い時には数万尾の働きバチと数千尾の雄バチによって構成される「群」を単位として生きる社会的動物であります。
 この群を統率するのは女王蜂であり、蜂蜜を集めたり、育児に携わったりするのは働きバチであり、両方とも雌であるので女性上位の社会のように見えます。
 ここで興味を引く点は、ミツバチの性別は染色体の数によって決定するということです。女王バチが雄バチと交尾して受精すると、オス・メスがそれぞれ持ち寄る染色体によって2倍体の受精卵となり、これからはメスの蜂、すなわち女王バチと働きバチが生まれます。
 一方、ミツバチは単為生殖といって、交尾をしなくても雌は卵を産める性質を持っています。雄バチと交尾せずに生むのは、当然、すべてが無精卵であるため、染色体の数は半分であり、たとえ女王バチがいくら卵を産んでも、それからは雄バチしか生まれず、新しい働きバチが生まれてきません。
 食料を調達する働きバチがいなくなると、その群はやがて滅亡することになります。従って、ミツバチが群を維持し、繁殖していくためには雄バチの生殖の働きが不可欠なのであります。

驚くべきミツバチの能力

蜂の巣(Merdal at Turkish Wikipedia, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons)

 ミツバチはハトやサケと同じように、優れた帰巣本能を備えています。蜜を集めるために巣箱から出たミツバチは、間違うことなく自分の巣に戻ります。余程のことがない限り、必ず自分の巣に戻ってきます。
 驚くほど精密な自然のGPSを備えているのです。人為的に巣箱の位置を少し移動させると、巣からでたミツバチは必ず元の場所に行きます。また、ミツバチは自分の巣箱と花、太陽の位置を三角測量で結び、訪れた蜜源植物の位置を記憶します。
 さらに、その位置を他の働きバチに伝える能力も備えています。蜜源となる花を見つけた働きバチは、巣に戻ると円や8の字を描くダンスをして他の働きバチに花のある場所を正確に伝えます。
 ここで、太陽が見えない曇りの日は?という疑問が生じますが、大丈夫です。私たちには見えない曇りの日の太陽も、紫外線が可視域にあるミツバチには、雲を通して太陽がはっきりと見えています。
 このようなミツバチの生態を科学的に詳しく調べた人は、ドイツの研究者K・V・フリッシュ博士です。博士はその研究成果を纏めて「ミツバチの言葉」という本を出版し、1973年にノーベル文学賞を受賞しました。
 人間とミツバチの関りは太古の昔から続いています。スペインのバレンシア地方にあるアラーニャ洞窟には1万年以上も前の壁画があり、そこには蜂蜜を採収している人の姿が描かれています。
 その後、ミバチは人間に飼育されるようになり、古代文明が栄えたメソポタミアやエジプト、ギリシアなどの時代にも、ミツバチの飼養が盛んにおこなわれてきました。
 20世紀の初めにエジプトで発掘されたツタンカーメン王の墓からは、多くの副葬品の中から、陶器の壺に入った蜂蜜が出土しており、紀元前14世紀頃には養蜂が盛んにおこなわれ、高貴なファラオなどは蜂蜜を食していたことがわかりました。
 ナイル川の上流には果樹が少なく、ワインなどをつくることはできませんでしたが、ムギなどの穀類が栽培されていたことから、穀物に蜂蜜を加えて発酵させて酒類をつくっていたと考えられています。
 エジプトでは、強い統率力を持つ女王バチが、ファラオの力を象徴する生き物として崇められてきました。それは、女王バチが雄の王蜂だと考えられていたからです。
 この考えは長く続きましたが、17世紀にオランダのスワンメルダムが女王バチを解剖し、卵巣の存在を認めたことから、昔から雄の王バチだと考えられてきたものは、本当は、雌の女王バチであることが確認されました。

女王蜂専用のローヤルゼリー

 「蜂蜜」は、ミツバチが花から持ち帰った花蜜を濃縮させたものであり、単糖類である果糖とブドウ糖が主成分であり、その他にも各種ミネラルや酵素、ビタミン、花粉粒などが多く含まれる優れたエネルギー源の栄養食品であります。
 また「ローヤルゼリー」という素晴らしい養蜂生産物もあります。ローヤルゼリーはミツバチが分泌するミルクのようなものです。ミツバチの卵が孵化すると幼虫になり、3日間はローヤルゼリーが与えられます。
 しかし4日目以降は食べるものが違ってきます。働き蜂となる幼虫には花粉と蜂蜜が与えられますが、同じ雌の幼虫でも女王蜂となる幼虫にはローヤルゼリーが与え続けられます。
 この餌の違いによって、花粉と蜂蜜だけを食べた幼虫は、卵が生みつけられてから21日目に働蜂として生まれます。
 一方、ローヤルゼリーを食べ続けた幼虫は16日後には女王バチとして生まれます。また、ハチミツと花粉を食べる働きバチの寿命は2カ月から、長くても半年程度ですが、ローヤルゼリーを食べ続ける女王バチは5年近くも生き続けることができます。
 ローヤルゼリーを一日中食べ続ける女王バチは、一日に3000個近い卵を産みます。まさに卵を産む機械であり、一日で産む卵の重量は女王バチの体重の二倍になります。 このことからも、いかにローヤルゼリーが優れた栄養源であることが明らかです。

ナゾの「R物質」

ローヤルゼリーに囲まれた成長中の女王蜂の幼虫(Waugsberg, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons)

 一方、ローヤルゼリーには化学的には解明されていない不思議な「R物質」と呼ばれる未知の部分があります。化学的には、自然のものと同じ成分の人工のローヤルゼリーをつくったとしても、未知の要素である「R物質」をつくることができません。人工ローヤルゼリーを作り出して雌の幼虫に与えても、女王バチにはならないことが、それを裏付けています。
 このローヤルゼリーの存在が世界的に知れ渡るようになったのは、ピオ12世ローマ法王が肺炎を患って危篤状態に陥ったときです。イタリアの養蜂家がローヤルゼリーを献上し、これを飲んだ法王が奇跡的に助かり、そのお礼としてローマで開催された世界養蜂会議に法王が出席し、ローヤルゼリーに命を助けられたと、公の場でお礼を述べたことから、ローヤルゼリーの名が世界的に知れ渡るところとなりました。
 次に、比較的に新しく普及したプロポリスがあります。プロポリスは草木の新芽から出る樹液をミツバチが集めた物質であります。非常に強い殺菌力を持つことから、各種疾病の治療に使われています。
 プロポリスは、もともとミツバチが巣箱の隙間を塞いだり、巣内に侵入して死んだ外敵などを密閉して腐敗を防いだりするために使用していました。しかし、今ではその優れた殺菌効果から、外用、内服用など各種の製剤が作られるようになり、世界中で消費されるようになっています。
 この他にも、蜜蝋やミネラルとビタミンが豊富な花粉粒、蜂毒などがあります。特に、刺されると痛いのはこの蜂毒ですが、最近ではアピセラピーとして、リューマチや関節炎などの治療に使われています。
 このように、人々の健康に貢献する生産物が多いミツバチですが、その中でも、もっとも重要な役割は、農作物の受粉を助け、収穫物の品質の向上や増収に役立っていることです。
 野菜などのハウス栽培では、受粉を助ける野生種の昆虫がハウス内に入れませんが、ミツバチが導入されると、その受粉効果によって形の良いキュウリやイチゴなどの収穫を可能にます。
 さらに、数多くの作物の収量が大きく増えるのもミツバチなどの受粉作用によるものであり、ミツバチの受粉効果による農作物の増収は、ハチミツなど養蜂生産物の販売による直接の経済効果よりも、20倍近くも大きい間接的な経済効果があるとする研究者もいます。
 このように、素晴らしい働きをするミツバチを飼養する仕事、すなわち養蜂業も経済活動として興味深い面があります。養蜂のためには広い土地を必要としません。ミツバチは何千ヘクタールもの面積の土地を自由に飛び回り、花蜜を集めてきますのいで、養蜂家は土地がなくても、それだけの面積を利用できるのです。

養蜂に有望な南米

 南米大陸は養蜂に適した自然条件を備えていることから、19世紀頃からアルゼンチンを筆頭に、重要な経済産業として育ってきました。
 しかし60年ほど前にアフリカから導入された凶暴なアフリカバチのために蜂群の管理が困難になり、一時的に衰微してしまいました。
 その後、各国で養蜂技術が開発、改良され、これに伴って復興の道をたどり、現在ではブラジルやチリなどでもアルゼンチンのように養蜂が盛んになってきています。
 大きなポテンシャルを持つ南米の養蜂ですが、特に自然が多く残っている、ブラジルとパラグアイに跨るパンタナル地域やパラグアイのローアチャコ地域の広大な湿原などは、有機養蜂を展開するための大きなポテンシャルを抱えている地域であると思います。