下地議員の日系人への熱い想いが制度を実現
四世ビザ制度の生みの親、下地幹郎衆議院議員(無所属、59歳)のコーディネートで25日、同制度を利用して訪日中の日系四世のビアンカ・ゲレイロ・ヨシムラさん(26歳、南麻州アパレドーダ・ド・タボアード市出身)の話を聞く機会があり、本紙の輿石信男東京支社長が取材に赴いた。
その録音内容と写真を元に、このコラムを書いた。ビアンカさんは今年1月に四世ビザで訪日し、現在、東京都渋谷区の美容室で働いている。
四世ビザ制度は年間3、4千人が訪日することを想定して、2018年7月に開始された。それから2年以上経った10月末現在で、全世界から86人だけだという。7割ほどがブラジル人で、次がフィリピン人、ペルー人など。なかに米国人もいるという。
本来6~8千人が訪日していておかしくないのに現実は90人弱。ほぼ100分の1。あきらかに制度に問題がある。
下地議員は沖縄県出身で、その関係からペルーやブラジルの沖縄系コミュニティを訪れる機会があり、その場で「四世が日本に行けるようにしてほしい」との声を聞き、四世ビザ制度創立に奔走し始めた。
2017年と18年に来伯して現地の意見を聞き、制度の趣旨説明をしていった。現地では三世までと同じように四世も訪日できる改正が期待されていたが、四世ビザ制度には厳重な資格要件が設けられた。
日本国法務省には「おじいさん、おばあさんが家族にいて、その姿に親しんでいるのが三世。一世に身近に接していない四世世代になると日本文化から遠ざかる」という先入観があり、「日系人」という特別枠で扱われる三世までと異なり、四世は普通の外国人枠にはいる。
本気で懸け橋人材を育成する気のない制度
一方、日系人側からすれば「同じ家庭の中で育った三世と四世のどこが違うの?」との声が強い。法務省には日系家庭の現実が伝わっていない。だいたい、四世を普通の外国人枠にいれるなら、家系図までの詳細な血筋の証明を求める必要はない。三世と同じように家系図を求めるなら、せめて「準日系人」待遇をするべきだ。
その上「本国と日本社会との懸け橋」人材を育成するのが制度の趣旨なので、5年間の期限が設けられ、働きながら日本語や日本文化を学び、終わったら本国にかえって本領を発揮するよう制度設計されている。
具体的な要件は「18歳以上から30歳以下まで」の年齢制限や、「家族を帯同しないこと」「日本語能力試験N4程度の能力」などの厳しいもの。2年を超えて在留する場合は、N3レベルの語学力必要になる。
一番難しい要件は「受け入れサポーター」確保だ。「四世受け入れサポーター」は個人、非営利団体が無償で四世の生活や入管手続きの支援を行う制度だ。サポーター側は最低でも月に1度の生活状況確認と、入国管理局へ年に1~2回報告義務がある。
「本国と日本社会との懸け橋」人材の育成という文化交流的コンセプトとは裏腹に、本人は自分で日本の仕事を探し、自費で書類を集め、自費で訪日し、自費で日本文化を学ばなければならない。懸け橋になってくれる人材への支援や補助は一切ない。政府はビザのルールを作っただけで育成をせず、むしろ「サポーター」という名前の実質的な「監視者」を付けている雰囲気が漂う。
「30歳以下」「最長5年」「単身」「N4」という厳しい条件に加え、膨大な提出書類を義務付けている現状を冷静に見れば、日本政府は実質的に「極力多人数に来てほしくない」「懸け橋をかけたくない」というふうにしか見えない。
USPの才媛でも「難しい」書類手続き
「ブラジルに帰りたくない。できるだけ日本に住みたい」――ビアンカさんは、そう強く願っている。東京都の美容院で現在、客の接客全般、掃除、電話応対をしている。この仕事を覚えて美容師免許を取りたいと考えている。あわせて日本語、着物、書道も勉強しているという。
サンパウロ州アラサツーバで生まれ育ち、アニメや漫画をキッカケに日本文化が好きになり、日本語の勉強を始めた。サンパウロ州立総合大学(USP)哲学文学人間科学部東洋語学科の日本語講座で学び、大阪大学にも1年間留学していた才媛だ。二世の父親は11年間、千葉の工場にデカセギをし、ブラジルの妻と彼女に送金していた。
彼女は留学経験があるので日本語は堪能。さらに世田谷の日本語ボランティア教室でN2を目指して勉強をしている。英語も堪能で、世界的な国際企業に就職してもおかしくない経歴だ。
そんな彼女は四世ビザを取得するために1年半がかりで書類を集め始めた。全てのブラジル書類を日本語に翻訳せねばならず、翻訳代にもかなり費用がかかった。昨年7月頃から日本の行政書士であるサポーターに手伝ってもらい、1月末にようやく訪日。
ビアンカさんのサポーターになっている日本人女性、笠間由美子さんは本職が行政書士で、外国人ビザのスペシャリスト(http://www.kasamayumiko-office.jp/)。普段から、外国人の査証申請の書類作成をして慣れている。そんな彼女が四世ビザ用書類を「普通の人が揃えるのは難しいのでは」という。彼女は完全なボランティアとしてサポーター役を引き受け、毎月レポートを出しているとのこと。
「私は職業柄、慣れているからできた。一般の方がサポーターになるのは難しいかも。たとえば、日系人の家系図をつくって、それぞれの出生証明書を出さないといけない。四世であることを証明するために、おじいさん、おばあさんが実際に存在するかを証明し、死亡証明書、出生証明書などをブラジルで出してもらわないといけない。またポルトガル語の書類を見るのも難しい」との問題点を列記する。
ビアンカさんは書類作成を個人でこなして、日本の仕事は国外就労者情報援護センター(CIATE)を通して日本のハローワークで探した。その時点でかなり能力が高い。
四世ビザで来ている86人のうち、彼女のように関東地区に来ている人は少ないという。大半は日本で生まれ育って親の都合でブラジルに戻ったが、再訪日をしたケースだという。その場合は名古屋で工場に勤務する例が多い。そうなると、その工場からの求人依頼を受けている人材派遣会社がサポーターをしているという。
この制度では、派遣会社もサポーターも仕事仲介料をとることが禁止されている。行政書士のような専門職に高額の費用を払って書類を作るか、自分でやるしかない。この個人では書類作成が難しい点は改善が必要だ。
高すぎるハードルの早急な改善を
「先に日本の就職先を探さないといけない」こともハードルが高い。ビアンカさんはハローワークで探したが、すべて日本語。それに、在留資格がとれるかどうか分からない外国人に、日本側企業としては内定をだしたくないのが現実だ。
たとえ企業から内定をもらっても、総領事館でのビザ発給にどれだけ時間がかかるか分からない。
ビアンカさんの場合、内定の出た会社があったが、珍しい在留資格の発給ということで、ブラジル側で1カ月以上も審査に時間がかかり、いろんな追加資料を要求されて、その間に入社日が後ろにずれこみ、企業が内定を取り消してしまったという。
落胆したがあきらめず、もう一度ハローワークで職を探し、現在の勤務先が見つかった。
彼女は日本語能力が高く、意志が強い特殊な事例だ。日本の受け入れ企業(美容室)ともLINE(SNS)で漢字も混じった日本語で普通にコミュニケーションが出来た。そのため、受け入れ企業も安心して受け入れたが、そうでなければ個人で受け入れ先を探すのすら難しいだろう。
日本語能力が高くない普通の四世の場合は、派遣会社がサポーターになって仕事とセットで紹介してもらうしかない。
四世ビザが増えない理由を質問され、ビアンカさんは「30歳という年齢制限が厳しい。5年したら帰らなければいけないのが厳しい。将来が設計できない。そうなるとなかなかこれない」「両親の時代にくらべると、日本に行きたい人が少なくなっている。昔は日本にいれば良い生活ができて、ブラジルにお金を送れた。いまはブラジルに送れるお金が多くない。それに四世は30歳をこえて、だいたい家族もいる」などと語った。
下地議員は日伯議員連盟の一員とのこと。ぜひ同議連の麻生太郎会長、河村建夫幹事長にも働きかけてもらい、ブラジル側の西森ルイス伯日議連会長とも力を合わせて、ぜひ要件緩和を実現してもらいたい。
「訪日したら人生が変わる」夢のある制度に
この取材録音を聞いてコラム子がまず思い浮かべたのは、四世世代の多くはすでに家族を持って責任ある仕事をしているし、日本に対する関心が低くなっているという冷徹な現実だ。
二世・三世世代よりも四世は日本語レベルが低い。それなのに、前者には課されていない「N4」という日本語要件が四世ビザには課されている。本来なら日本語ゼロで日本に行けて、1、2年は勉強する期間を設けてほしい。できれば、その期間の費用も日本側で負担してほしい。
もしくは現行の県費留学生・研修生、JICA研修制度、国費留学生制度ではすでに年間200人程度が訪日している。この優秀な人材が、引き続き日本に滞在できるような日系人向けの在留資格を作ってもらい、最終的に日本永住ができる制度設計にしてほしい。
四世ビザの「5年間のみ、延長なし」では夢がない。人生設計ができない。大学を卒業したばかりの20代という、キャリア形成に一番重要な5年間を投資するのだから、日本でキャリアを続けられる筋道が描けないなら魅力は薄い。
現状、四世ビザが年間50人しか使われていないなら、留学生・研修生から「本国と日本社会との懸け橋」になってもらった方が効率的だ。
ぜひワーホリ側からのアプローチも
一つお願いしたいのはブラジル・日本でワーキングホリデー協定(以下、ワーホリと略)を結んでほしい点だ。漫画・アニメに影響されて日本文化に興味を持つ非日系の若者がたくさんいる。ワーホリならそんな若者が日本で1、2年を過ごせる。
2年の間に日本語N4を取得したら滞在期間を延ばせ、最終的には永住までできるように制度設計をしてほしい。青年時代に日本文化を身体にすり込まれた若者は、たとえ本国に帰っても親日であり続ける。「日本文化が好き」な世界の若者を日本に集めることは、まさに日本の国策だと思う。
日本の若者は、そんな世界の日本好きな若者と競うべきだと思う。日本の良い点や客観的に見た視点を彼らから教えられるだろう。国際人材が集まった結果、総体としての「日本の国際競争力」は一気に強くなる。これは、日本の日本人だけを考えてはいけない。「総体としての日本を強くする」という発想が今後必要だ。
ワーホリを使って、外国に出たがらない日本人の若者を、どんどんブラジル日系社会に送り込むことを考えてほしい。いまなら日本語が使える地域がけっこうある。「外から見た日本」という視点を、より多くの日本の若者が持つことは、それだけでも宝だ。
日本人の若者が国内に「巣ごもり」を続けていたら、国際的な活力をなくすだけだ。日本の若者のためにも、ブラジルとワーホリをした方が良いと思う。
在日四世の教育こそがこの問題の本丸
もう一つぜひお願いしたいのは、在日ブラジル人子弟の教育レベルを上げることだ。「四世ビザ」は四世世代をブラジルから連れてくる発想だが、実は「灯台もと暗し」だ。四世対処としてはこちらが本丸だ。
日本国内にはすでに、数万人規模の在日四世世代がいる。日系三世までしか在留資格がないから、彼らが日本で生んだ子供は四世だ。日本に居続ける限り在留資格はある。だが、その在日ブラジル人子弟には、地域によっては高校卒業者が半分程度しかないという話を聞く。ひどい話だ。
この子弟の教育問題が解決しないと、いくら「日本大好き外国人」が新しく日本に住み始めても同じ問題が起きる。在日ブラジル人子弟は「本国と日本社会との懸け橋」そのものであり、「日伯関係100年の計」としても重要だ。
ブラジルでは戦後、一世は肉体労働をして二世を大学に進学させた。その結果、二世は社会上昇を果たし、現在のように存在感のある日系社会を作った。「教育」こそが在住国を愛し、役立つ人材にする根幹政策だ。基礎教育は最低条件であり、できれば彼らに大学進学してもらい、国際人材に磨き上げることで日本の競争力は上がる。
長期的な視点で見れば日本の人口がどんどん減って、ブラジルは当面増え続ける。10月27日付《記者コラム》「ブラジル大手紙『中国はすでに世界一の経済』は本当か?」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/201027-41colonia.html)で紹介した通り、経団連が発表した2050年GDP世界ランキングによれば、「楽観的なシナリオ」においてすら日本とブラジルは世界4位を競り合う互角状態になる。
つまり30年後、「一人あたりGDP」は異なっていても、両国のGDP自体はほぼ同じ。そのとき、在日ブラジル人は日本とブラジルのどちらを選ぶか?
いま20代の在日四世が2050年前後に50代になって、その子供である在日五世の将来を考えてブラジルに戻る決断をすることもあるだろう。「やはり日本が良い」と居続けるか。今どんな対処をするかで2050年の未来が決まる。
30年後をにらんで、「アジア経済の中軸」日本と、「南米経済の中軸」ブラジルの懸け橋人材を、いま育て始めないと手遅れになる。(深)