「遺言を残したいが、どうやるのか分からない」――そんな質問が編集部に寄せられた。漠然とそんな不安を抱えている人は多い。そもそもブラジルの場合、どんな場合に遺言が必要なのか。遺言を残さないで亡くなると、どんな遺産配分になるのか。独り身の場合は遺産はどうなるのか。その辺を、知らない人も多いのでは。良く聞く「インベンタリオ(inventário)」とは何か。疑問は尽きない。
そこで、サンパウロ日伯援護協会福祉部で無料法律相談をする古藤ウイルソン忠志、岡本グロリア・アキコ両弁護士に11月半ばに話を聞き、UOLサイト記事《あなたの死の後に争いを防ぐ遺言=どうやって作り、いくらするか》(https://economia.uol.com.br/guia-de-economia/testamento-publico-privado-cerrado-fechado-heranca-advogado-cartorio.htm)を参考に概略をまとめた。これは11月半ば時点での内容だ。詳細や最新情報は、両弁護士に直接尋ねてほしい。
▼古藤さん=ポルトガル語・日本語対応可能(電話番号・ワッツアップ=11・96457・7815)
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お勧めは「公正証書遺言」
遺言は大きく分けて3種類ある。
(1)公正証書遺言(testamento público)
(2)自筆証書遺言(私書署名遺言、Testamento Particular)
(3)秘密証書遺言(Testamento fechado, ou cerrado)
2人のお勧めは(1)公正証書遺言で、もっとも一般的なものだという。登記所(Cartório)の一種である「公証役場」(tabelionato de notas)で作るもの。
自分が登記する内容をあらかじめ考え、公証役場でそれを伝え、所員に正式文書に書き直してもらう。その際、証人(立会人)が2人必要だという。岡本弁護士は、「通常は一般人でかまいません。ですが将来的に問題が生まれる可能性とか、例えば遺言の内容に、遺族の誰かが異議申し立てをする可能性があれば、あらかじめ弁護士を証人にすることをお勧めします」という。
(1)の場合、内容を知っているのは本人と立会人、登記所の職員だけだ。登記所に登録しても公開はされない。子供が遺言の内容を見ようとしても、親が生きているうちは見られない。あくまで本人が死んでからしか公開されない。
古藤弁護士は、「公証遺言がお勧め。ご本人が高齢で亡くなった場合、立会人が先に死ぬこともある。だが死んでから遺族がインベンタリオ(Inventário、遺産分割協議書)を作るとき、遺族や弁護士が必ず、登記所で遺言があるかどうかを調べる(Certidão Negativa de testamento)。登記所のデータベースは全てつながっているので、どこで登記しても必ず見つかります。だから、安心です」と解説した。
遺言は、ポルトガル語でないと通用しないという。例えば、Aさんが亡くなった時、ポルトガル語で書いた遺言が机の引き出しから見つかった場合、それは(2)自筆証書遺言になる。でも、裁判などになったとき(1)に比べると法的効力が弱くなる。
この(2)の場合でも3人の立会人が必要。ただし証人3人が先に亡くなると、遺言の存在自体が誰も知らない状態になるので、最悪「見つからない」ことすらありえる。
(3)秘密証書遺言も「お勧めできない」という。これは自分で遺書を書いて、登記所に持っていって「封印」(lacre)してもらう。その際も、2人の立会人が必要。それを自宅に持ち帰って保管する。
その際、書いてある内容は、登記所の職員も立会人も見ない。あくまで本人しか内容は知らないので「秘密」証書となる。これは、本人が亡くなった後、初めて遺族に公開される。
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ちなみに聖市第一公証役場(Cartório do Primeiro Tabelião de Notas da Capital – SP)で登記する場合、遺言の手数料は1769レアルだという。
ただし、弁護士が遺言作成を手伝う場合の手数料は、資産総額によって金額が変わり、州によっても基準が異なるという。
実はブラジルでは一般的でない遺言の習慣
古藤さんは「ブラジルでは遺言を作るのは、あまり一般的ではないんですよ。第1に遺族間の問題を防ぐため。第2に『放っておいたらそうなる』という通常の形以外の遺産相続をしたい場合、または第3者に残したい場合に遺言を残すのが一般的です」という。
ではブラジルの場合、「一般的な遺産相続」とはどんな分配になるのか。
例えば、遺言がないまま夫が死んだ場合、子供がいないと100%の遺産は妻のものになる。
子供がいる場合は、50%は妻のもの。残りの50%は子供で分けられる。子供3人なら3人で50%を分ける。
妻や子供がいる場合、たとえ親や兄弟がいても分けられない。
夫が亡くなった場合、最低50%は妻がもらう権利があるので、これは法的に変えられない。
だが、妻しかいない場合、妻50%を引いた残りの50%に関しては、本人(夫)が遺言という形で指定することが可能だ。例えば、50%は妻、50%は援護協会などの日系団体を指定することが可能だ。
もしも、妻子も親戚も兄弟も親もいない、独り者が遺言を残さずに亡くなった場合、その資産は全ての国や州などの政府に没収される。
その場合、遺言を残しておけば「100%日系団体に」などが可能になる。つまり、独身者や身寄りがすでに亡くなって独り者になっている場合、100%の資産を好きな人・団体を指定できる。たとえば「50%を日系代表5団体に、30%を憩の園などの福祉団体、20%を移民史料館に」とするなら、それぞれの役員や職員に立会人として来てもらって公正証書遺言を作ることも可能だ。
そのほか、通常なら遺産相続の対象にならない孫とか第3者に10%を残したいと思えば遺言をつくる必要がある。
妻や子供が内容を知らなくても、法的な最低限の権利が守られている限り遺言は有効だ。50%は妻に必ず残し、子供がいたら最低25%を割り当てる必要がある。だが残りの25%は本人の好きにできるからだ。
子供がいない、妻も生きていない場合、その次に相続権を持つのは両親。両親もいなければ、その次に兄弟という順番になる。
日本には兄弟がいるけど、ブラジルにはいない場合、日本の兄弟や従兄弟にも権利が発生する。だがブラジルの場合、本人が亡くなって、外国の権利者に意思確認をしないのが一般的だという。
ただし、日本の親戚が、弁護士や行政書士などを通して遺産相続手続きを自主的にすれば、それは通常通りに受け入れられる。
親が亡くなって、二世である子供が日本にデカセギにいっている場合、自動的に子供には権利が与えられる。だが、奥さん、子供がいなくて兄弟(一世)が日本で働いている場合は、日本から相続手続きをキチンとする必要がある。
遺族が日本国総領事館に死亡届を出せば、戸籍に反映されるので、日本の親族が何かの都合で戸籍を取れば、それを知ることになる。
なお、公正証書遺言はあとから内容を変えることができる。
家族が亡くなった場合の手順
病院で家族が亡くなった場合、担当医師から死亡診断書(Laudo Medico)を発行してもらい、それを登記所に持っていって死亡証明書(Certidão de óbito)を発行してもらう。
自宅で死んだ場合は、殺人事件かどうかを調べるために、警察署で調書(Boletim de Ocorrência)を作り、IML(法医学研究所)へ運んで解剖して、そこで死亡診断書を作ってもらわないと行けない。
たとえば「自宅で朝ふとんの中で死んでいた」という場合は、まず警察に通報するのだという。そしてIMLで解剖して死因を特定してもらい、死亡診断書を発行してもらう。
本人が火葬宣言書をあらかじめ作っていれば、それを持ってヴィラ・アルピーナ火葬場に行く。
ブラジルの場合、生命保険(Seguro de VidaもしくはSeguro de funeraria)に入っていれば、この葬儀手続き費用がカバーされ、手続きも代行してくれる。これは普通、銀行がやっている保険で、本人が死んだときに遺族がお金をもらえる保険だ。
生命保険にはいっていたら、遺族が手続きすればもらえる。「金額はたいしたことない。生命保険の掛け金は月50レアルと安く、掛け捨てになる。葬儀費用と若干のお金ぐらいしかでない」とのこと。
これは、プラザッキなどは「コベニオ」(医療保険)とはまったく別なので要注意。
死亡保険に入っていない場合、葬儀から墓の手配までを市役所がやってくれる。「IMLから市につなげてくれるはず。その場合、市営墓地に埋葬される」とのこと。
すでにINSSの年金(aposentadoria)を貰っていた人が死んだ場合、INSSに死亡届を出す必要がある。例えば夫が亡くなって、妻がすでに年金を貰っていると、それに加えて、夫の遺族年金(pensão por morte)が貰えるようになる。ちなみに日本ではどちらか選ぶ必要があるという。
日本から年金を貰っている人が亡くなった場合、日本の社会保険庁にも死亡したことを届ける必要がある。遺族が日本語を書けない場合、日本語を書ける人に手伝ってもらうか、日本の司法書士などを通す必要がある。
ちなみに、銀行口座は口座名義人の夫が死んだとき、登記所の死亡証明書を銀行に持っていく。妻と共同口座名義(コンジュント)にしておくと、残された妻も動かせるので問題がおきない。
ただし亡くなった夫1人の名義だと、死亡届をすると口座がブロックされるので要注意。現実的には、先に残高を引き出してから届けるのが現実的というアドバイスをする人もいる。。
株、国債などの金融資産も相続資産に入るので、遺産分割協議書ができるまで動かせなくなる。
ガス、電気、電話も名義変更する必要がある。
遺産分割協議書の作り方
遺言がなく、18歳以上の子供がいれば登記所でインベンタリオ(遺産分割協議書)ができる。未成年者がいると登記所ではできない。
遺族に遺産争いがなく、合意があれば登記所でできる。遺族の間で、あらかじめ合意事項を決めてから登記所に行く。
未成年者がいる場合や、遺言があるがそれに遺族が合意していない場合、遺族に合意がない場合、後見人がいる場合は資産相続の裁判になる。
相続人が病気などで正常な判断ができない場合、未成年の場合などは後見人がたてられる。その場合は登記所でできず、裁判になる。
遺言に書かれている内容に遺族が不満を持つ場合に裁判になる。たとえば、隠し子がいきなり名乗り出て相続権を言い張る場合もある。
ブラジルで内縁の妻は相続の権利を持つが、割合は決まっておらず、裁判によって裁判官が判断することになるという。
夫が亡くなった時、財産が今住んでいる家しかない場合、未亡人にはその家に住み続ける権利がある。その家を売って資産を子供に分ける必要はない。ただし、家以外にも資産がたくさんあれば別の話。
家以外にも資産があれば、家の資産は分配しない方がいい。遺産分割協議書を作るとき、売らないと資産として分割できないようなものは、権利を分割しない方がいい。
なお、結婚前に行う、夫婦共有財産の範囲を定める婚前契約(Pacto antenupcial)と、遺産分割協議書はまったくの別物。婚前契約は、生きている間に離婚した際にどうするという取り決め。
援協にお願いしたい「安否確認システム」
例えば、日本人の独り者が、自宅アパートで人知れず亡くなっていた場合、前述の通り、遺産は全て国や州などの政府に没収される。
その場合、アパートの管理人(síndico)から日本国総領事館に連絡がいき、そこから援護協会に連絡がきて、援護協会が動く場合が一般的だという。それを聞いて、援護協会に提案がある。
戦後移民などの未婚者の高齢者、子供がいない夫婦で片割れがすでに亡くなっている単身者などが増えている。とりあえず今は一人で生活ができているとしても、将来には心配がある。現在は特に、コロナ禍で外出できず、人とも会えないので、一人暮らしの人の安否確認は重要だ。
そんな不安を抱えている人に対し、援協福祉部でワッツアップグループを作り、安否確認のサービスを始めてもらえないだろうか。安否確認のメッセージを毎朝送ってもらい、クリック一つで「OK」の返信をしてもらうのだ。
「OK」の返信がない人だけ、個別に実際に援協から電話して様子を聞く。それでも連絡が取れない場合は、アパートを実際に訪ねてもらう。
万が一の際にどうしてほしいかを、あらかじめ援協に書面でお願いしておけるとありがたい。例えば残されたアパートや銀行口座などの財産の処分を含めて、援護協会にお願いできないだろうか。政府に没収されるより、日系社会で活用して欲しいと思う人もいるのでは。
もちろん、そのシステム維持に費用もかかるだろうから、万が一の際の遺産から援協に割り当てるように、あらかじめ遺言に残しておくのもよい。そんなシステムがあると、独り身としては安心ではないだろうか。
ぜひ援護協会にはそのような「高齢単身者向けのワッツアップ安否確認サービス」設置を検討してほしい。(深)