台頭する福音派政治家
ブラジルは「聖戦」の真っ最中だ。イスラム対キリスト教ではない。キリスト教内のカトリック対プロテスタントの熾烈な戦いだ。「福音派」(エバンジェリコ)や「ペンテコステ派」「バチスタ教会」「カトリック保守派」は今のブラジルを理解するのに重要なキーワードといえる。
中でもプロテスタントの(1)「バチスタ教会」(Igreja Batista、日本では「バプテスト教会」)、ペンテコステ派を代表する2会派である(2)アッセンブレイア・デ・デウス教会(Assembleia de Deus、以下AD教団)と(3)ウニベルサル教会(Igreja Universal do Reino de Deus)の3派は記憶に留めておいてもらいたい。
ボウソナロ大統領の3大支持基盤「銃所持規制緩和派議員グループ」「福音派議員グループ」「農牧派議員グループ」の一つがこの福音派だ。
連邦議会の中のその力は議員数で一目瞭然だ。18年8月12日付エスタード紙によれば福音派議員グループには182人。日系の高山ヒデカズ下院議員(パラナ州選出)もここに属していた。全議員513人の35%を占める。
福音派のうちの最大派閥がアッセンブレイア・デ・デウス教団(以後「AD教団」。カリスマ牧師を連邦議員に当選させたグループ(bancada evangélica)でなんと82人もいる。下手な党より結束が固い。最多の労働者党(PT)が53人だから、それより多い。
資本主義と相性が良く米国で発達した新教
キリスト教を大きく分けると、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)に二分される。前者はバチカンのローマ法王を頂点とする世界最大の宗教集団、後者は1517年以降にドイツでカトリック改革を求めて分裂した流れだ。
前者は伝統的な巨大組織がある。後者は「諸教派の総体」であって、プロテスタント全体を統括する連合組織は存在しない。世界にキリスト教徒は約23億人いると言われるが、うち約5億人がプロテスタント諸派だ。旧教は欧州および、スペイン・ポルトガルに植民された南米で根強い信者人口を誇る。
だがプロテスタントが多い英国が植民した米国は圧倒的にプロテスタントで、新教には資本主義と相性が良いという特徴がある。
バチスタ教会の影響強いボウソナロ家
ボウソナロ氏本人はカトリックと言われるが、妻はプロテスタントのバチスタ教会の熱心な信者、息子フラビオもバチスタ教会、同エドアルドもプロテスタントだ。
バチスタ教会は16世紀頃に英国で始まり、主に米国に広まった。米国の宗教人口で最も多いのはプロテスタントだが、その中で多数派をしめるのがバプテスト(バチスタ)。思想的保守派といわれるバプテストの中でも、とりわけ「南部バプテスト連盟」が代表的だ。
米国の南北戦争(1861―65年)で南部軍が敗北した後、約5万人がブラジルに転住した。彼らの大多数が南部パブテスト連盟の信者で、そこからブラジルにおいて実質的なプロテスタント布教が始まった。
その流れにボウソナロ家はいる。常に親米的な姿勢の裏には、その関係もあるかもしれない。
ラヴァ・ジャット作戦を9月始めまで主導していた連邦検察官デルタン・ダラグノル氏も敬虔なプロテスタント・バチスタ派信者(Igreja Batista do Bacacheri)として知られる。彼が所属するのは60年前にパラナ州都クリチーバ市に創立した教団で、3千人の信者を誇る。
ラヴァ・ジャット作戦の内幕を暴露するヴァザ・ジャット報道では、ダラグノル氏が同教会関係者を通して、連邦検察庁や最高裁に圧力をかけようとしていた問題も明らかになった。
往時の同作戦で、はやり主導的立場にあった連邦裁判事セルジオ・モーロ氏は、どの教会かを明らかにしていないが福音派法律家全国協会(Associação Nacional dos Juristas Evangélicos)のメンバーであると公表しており、福音派なのは間違いない。
ラヴァ・ジャット作戦の厳しさ、厳密さは、どこかカトリック的でないものがある。あれはプロテスタントの厳しさが捜査に持ち込まれた可能性がある。だからこそ典型的なカトリック信者であるルーラ、労働者党(PT)がやり玉に挙げられたとも考えられる。
同時に、バチスタ家系のボウソナロ氏は通底する部分を感じて、法相に受け入れたのかも。ただし、政治の世界は「清濁併せ呑む」部分があり、合い入れなくなってモーロ氏は結局は辞めた。
グローボ対ウニベルサル
昨年9月7日、ブラジル独立記念日パレードの大統領観覧席にはウニベルサル教会の創立者エジル・マセドが座っていた。その甥がリオ市長のマルセロ・クリベラ氏で、「市長親衛隊」を使って批判的報道をするメディアの取材妨害をしていた疑いで罷免審議にかけられそうになった。同市長もウニベルサル教会の牧師だ。国内信者数は180万人といわれる。大統領の息子たちもマセド氏と深い関係にある政党レプブリカーノス党に世話になっている。
同教会はレコルジTV局の所有者であり、以前からライバル・グローボ局とは敵対関係にあり、三度も裁判沙汰を起こしている。その関係から、今回の取材妨害も主にグローボが被害者となっているようだ。クリベラ市長は基本的にボウソナロからの支援を受けている。
全国的な福音派増加はテレビメディアにも反映する。早朝にカトリック・ミサを放送するはブラジル最大のグローボTV局に対し、ウニベルサル教会のレコルジTV局はゴールデンタイムに自教団の礼拝を堂々と中継する。そして同局のニュース番組ではグローボ批判を繰り広げて噛みつく。グローボ寡占状態を崩し、視聴率を上げてきた。
AD教団も注目事件の背景に
8月28日、ウィルソン・ヴィツェル・リオ州知事がコロナ対策医療品調達で不正購入した疑いで連邦警察に逮捕された際、その犯罪グループの一員としてキリスト教社会党(PSC)党首のエヴェラルド・ジアス・ペレイラ牧師も捕まった。
同州知事はカトリックだが、同牧師が党首をするPSCに所属している。まったく政治経験がない、ただの判事だった同氏にとっては、同牧師が政治的後見人だ。同牧師はジャイール・ボウソナロ氏がヨルダン川で受洗した時の洗礼親にもなった。このエヴェラルド氏は、前述のAD教団の有力牧師だ。
突出するペンテコステ派
ドイツの社会学者社会学者マックス・ヴェーバーは著作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904年~1905年)の中でオランダ、英国、米国などのようにプロテステントの影響が強い国で資本主義が発達したのは、資本主義の「精神」とカルヴァン主義(プロテスタントの改革派神学)には因果関係があるからだと論じた。
勤勉さを尊び、合理的な経営・経済活動を目指す方向性がプロテスタントにはある。それが米国で19世紀後期に発達した。プロテスタントのうちでも伝統的なメソジスト、ホーリネス教会がまずあり、そこから1900年前後にアメリカで聖霊運動(ペンテコステ運動)が生まれた。その流れの教派をペンテコステ教会という。前述のウニベルサル教会もAD教団もここに含まれる。
ペンテコステ運動は1901年に米国カンザス州トピカのベテル聖書学院で行われた祈祷会で、指導者チャールズ・バーハムや神学生の大半が、いわゆる「聖霊のバプテスマ」を体験し、異言で神をほめたたえたことが契機となった。
この「異言」をしゃべることが、ペンテコステの特徴だ。異言とは「本人が学んだことがない異国の言語を話す超自然的な現象」を指す。一心不乱に神への祈りを捧げる中で一種の憑依現象、エクスタシー状態が起き、知らないはずの言葉で神をほめたたえ、預言や癒し、悪霊追い出し、奇跡を起こすという。
1906年、牧師のウィリアム・シーモアが米ロサンゼルスのアズサ通りで集会を行った際、信徒のなかにこの現象を起こしてエクスタシー状態に陥り、異言を語る現象が起こった。
これが新聞で報道されて全米に広がって世界から信徒が集まり、1914年に「アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」(AD教団)が生まれた。このあと続々とペンテコステ派教団が立ち上がった。
AD教団は米ミズーリ州に本部を持つ、ペンテコステ派世界最大の一派で、世界190カ国に6920万人(2018年時点)の信者を持つ。1910年代にはブラジルで布教を開始して伯国内の信者数は2250万人(2011年現在)と言われる。
移民や貧困層と相性のいいペンテコステ派
このアズサ街はロスのリトル・トーキョー周辺にあり、日本移民にも影響を与えた。ウィキペディアには《当時、アズサ街のあたりには3万人近くの日本人移民が居り、アズサ街で聖霊体験をした日本人達がいるといわれている。現在、アズサ街周辺は日本人町リトル・トーキョーとして残されており、日米文化会館がこの教会の跡地に存在する。さらに、日本ですでに他教派に所属していた宣教師達がアズサ街での影響を受けてペンテコステ派に改心した場合もある》(「ペンテコステ派」項、20年9月5日参照)とある。
この運動は下層階級・貧困階級だけでなく、言葉の不自由な移民と相性が良かった。《ペンテコステ運動は、その初期、アメリカ都市部の移民・移住者・低所得層の間に広まった。彼等は言語障壁により社会的に抑圧された階層であり、「超自然的に獲得した言語能力により自らを聖別する」「情緒表現を抑制せずむしろ鼓舞する」この運動の特徴が特に彼等にアピールした結果と考えられている。ペンテコステ運動の伝播を追跡すると、訛も含む言語障壁や経済格差の存在する地域で特に旺盛である(主に参考文献『宗教セクト』による)》(前同ウィキペディア)
カリスマ好き、超自然現象好きのラテンアメリカ人にはうってつけの宗教といえる。
移民や低所得者から始まって今では当然、高所得者、エリート階級にも広まっている。その結果、ブラジルでは福音派がカトリックを凌駕しそうな勢いを見せている。
カトリック保守派の動き
そしてもう一つのキーワード「カトリック保守派」に関連するのは、女性極右活動家サラ・フェルナンダ・ニロミニ氏(活動家名「サラ・ウインター」)だ。英ザ・ガーディアン紙日本語版「叔父にレイプされた10歳少女の中絶めぐり支持者と反対派が対立 ブラジル」8/24(月) 16:14配信には、こうあった。
《少女が今月16日午後、手術を受けるため病院に到着すると、玄関前は極右の中絶反対派や政治家らで埋め尽くされていた。状況を撮影した映像によると、中絶反対派は病院スタッフや少女に対し暴言を吐き、院内に入るのを制止しようとしていた。
女性の権利擁護のためにレシフェで活動するエリサ・アニバル氏は、「レイプされた揚げ句、命を危険にさらされて中絶する10歳の少女が犯罪者扱いされているのを見ると、ブラジルで宗教の過激化が進んでいることを実感する」と話した》と報じられた。
レイプ被害者の少女が堕胎するのは法律的に許されているのに、それ妨害しようと集まって来たのは福音派の原理主義グループだった。この記事にある「暴言」とは、別の報道で探すと「人殺し」という言葉だった。
レイプ被害者の10歳の少女が堕胎をするのに、大人が病院の前に陣取って「人殺し」と叫んで中に押し入ろうとした。この傾向が一般国民からすると「過剰」「極端」「原理主義」だと感じられはじめている。
何がカトリック的で、何がプロテスタント的か
では何が「カトリック的」か。社会的弱者の擁護に熱心、移民受入れ賛成、環境保護重視、他民族・多文化支持、寛容的な思想などだ。
「福音派的」は、妊娠中絶に絶対反対、環境保護軽視、イスラエル擁護、移民受入れ反対、保守的で原理主義的な思想傾向で科学軽視、強い勤労思想などだと言われる。
カトリック教会は大戦中、軍政時代には学生運動や組合運動を影で擁護した。その流れから労働者党(PT)創立を支持し、ルーラに代表される左派勢力と相性が良かった。米国でいえば民主党的な方向性だ。
また、地域ごとのカトリック比率も興味深い。PTの選挙地盤と言われれる北東伯は、軒並みカトリック率が高い。2014年調査でピアウイ州89%、セアラ州81%、パライバ州80%など。そしてボウソナロ人気が高いリオ州は50%、サンパウロ州は66%と低く、その分、福音派が増えている。
2032年にはカトリックより福音派が多数に
ブラジルでは百年前、国民の99%がカトリック信者だった。1940年時点でも95%%、ところが1991年には83%に下がり、2000年には74%になっていた。その分、福音派が増えている訳だ。
2000年12月13日付イストエ誌サイト「O BOOM PENTECOSTAL」(https://istoe.com.br/42818_O+BOOM+PENTECOSTAL/#:~:text=O%20Brasil%20abriga%20cerca%20de,vezes%20mais%20que%20os%20protestantes. 20年9月5日参照)によれば、その時点で1600万人もペンテコステ派信者がおり、それ以外の伝統的プロテスタント信者は500万人に過ぎない。合わせて2100万人の新教信者は人口12・5%だった。
同記事には《1980~1991年の間に、伝統的なプロテスタント諸派信者よりも、ペンテコステ派信者は12倍も多く増えた。毎年100万人増の勢いだ。信者の多くは貧困層、低学歴層で黒人層だ》とブーム状態であると指摘する。
それは、メディアや政治世界にも影響を与える。それが、18年大統領選でのボウソナロ当選の原動力となっている。
フォーリャ紙1月14日付によれば、地理統計院(IBGE)の2019年調査では、「2022年にカトリック信者は人口の半分を割る」と予測されている。その10年後の32年にはカトリックは39・6%まで減り、逆に福音派はその時には39・8%と逆転すると推測されている。
世界最大のカトリック大国ブラジルで起きている、プロテスタント福音派激増という現実。キリスト教内における信者の流動現象だ。その分、カトリック的な発想が国民の常識でなくなり、福音派的な判断が基準になっている。
今はその大きな過渡期にある。ここ数年、ブラジル政局は右翼と左翼に二極化していると言われるが、その底辺には国民の信仰心の変化がある。「ボウソナロ大統領VSグローボ局」などの図式はその上に乗っかっている。底辺にある社会的亀裂が表面化したものが二極対立だ。
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ただし、11月の地方統一選挙では、新しい傾向が出てきた。「福音派の過激さを嫌う」という傾向だ。もっと中道的なあり方を求める国民の指向性の変化がうかがわれた。また検察も福音派であろうとも犯罪をその許さない姿勢を見せている。
とはいえ、福音派増加は留まるところを知らず、影となり日向となって影響を与え続けるだろう。(深)