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中島宏著『クリスト・レイ』第93話

「じゃあアヤ、あなた自身の問題としてはどうなんですか。僕との場合、単なる友情ではなくて、恋愛感情に発展していったとして、そこであなたは、どんな選択をするのでしょうか。要するに、その日本の伝統を取るのか、あるいは、、、」
「あるいは、そのタブーに挑戦して、それを打ち破るという行動に出るのか、ということね。そうね、私の本心を言えば、それはタブーを破るということになるでしょうね。私の性格から言っても、そのほうが自然だし、そのことについて迷ったり悩んだりすることはないと思う。その点ははっきりしてるわ」
「ということは、僕とはそういう目的で交際してもいいということになりますか」
「そうね、実を言うとその点で私は、あまり自信がないと言ったらいいでしょうね。つまりね、私とあなたの関係は、あくまで先生と生徒のそれから出ない方がいいと私はずっと考えてきたの。先生という立場をあくまで考えれば、そういう結論を出すのは当然でしょう。だから、私はできるだけ、そういう、つまり個人的な感情に流されないように努めて来たつもりよ。だって、先生と生徒の間で恋愛感情が芽生えていくことは、いってみればこれも一種のタブーということに繋がるわけでしょう。
 そういうことはあってはならないことだし、安易にそちらに流されてはいけないと、私なりに考えたわけね。それと、マルコス。あなたの私に対する気持ちがどのようなものなのかということも、はっきり言って私には分からなかったわ。
 そういう感情を、あなたが私に持つわけはないとずっと思っていましたからね。それに、あなたを見ていても、それらしい気配をほとんど見せなかったし、これはやはり、先生と生徒の関係のままが自然なのだと思うことにしたの。そして、それが間違いないことだと決めたわけね」
「僕の立場からいうと、やはり今、アヤが言ったことと結び付くのだけど、いかに若い先生とはいえ、教師に対してそういう感情を持つことは、これは一種の罪悪ではないかと思ったり、そういう不真面目な発想を持ち続けることは、真剣になって教えてくれるアヤに対して失礼ではないかとも考えたりしました。
 それと、アヤが僕に対して考えていたと同じように、僕もアヤの気持ちは、そんなところにはなくて、あくまでこれは、教える生徒に対する感情しかないのだから、これは勉強という目的だけに集中するべきだと考え直したりしました。
 しかし、はっきり言ってアヤに対する恋愛感情的なものは結局、断ち切れないままでずっと今日まで来てしまったというところですね。この感情の動きは、どうしても抑えることができなかったものです。
 最初は僕も、これは一過性のものだから、いずれそのうちに薄らいで消えていくというふうに考えていたのですが、こうやってアヤと一緒にいろいろなことを語り合っていると、同じような思考を持っている人間がいることを発見したような気分になって、何というか、話の分かる仲間ができたという感覚から、その感情的なものは、さらに高まっていくという結果になりました。
 まあ、本当はこんなことまでアヤに直接話すことはないと思っていましたが、どうも話の成り行きで、こんなふうに打ち明けてしまうという形になりましたね。それがよかったかどうかは、よく分かりませんが」
「何だか、私の方からそういう方向へ話を持っていってしまった感じになったけど、本当のところ、私もあなたと同じように考えていたの。つまりね、そういう気持ちがたとえ頭をもたげてきても、それをあなたに直接話すことだけはやめようと決めていたの。そういう話さえしなければ、あなただってそういう感情を抑えて、それ以上は深入りしないことになるはずだから、それが最良の方法だと私は思ったわけね。