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中島宏著『クリスト・レイ』第98話

 アヤや、ここにいる他の日本人たちの行動や態度を観察しながら、できるだけそれに近づこうとしたことは事実です。まして、こういう個人的な感情の問題となればなおさらのこと、アヤの立場を考える必要があるというものでしょう。僕は、そういうものを僕なりに解釈して対応してきたつもりです。だから、いってみれば今回のようなことは、すべてアヤの態度を忠実に真似ていたということになりますね」
「私は、あなたに日本語を教えたことはあっても、そういう微妙な雰囲気での態度まで教えた覚えはありません。本当のところ、そんなところまで学習する必要はまったくありませんね」
「でも、そういうところも、生徒は自然に覚えていくものではないですかね。日頃の先生の態度や言動からも、生徒は学んでいくものです」
「ということは何ですか、あなたが自分の感情を私に隠しおおせたのは、つまりはこの私からそのことを学習したと言いたいわけね」
「まさに、その通りです。僕はあなたの態度を忠実に真似ることによって、この複雑な心の動きを何とかコントロールしようと考えたのです。それは決して簡単なことではなかったけど、しかし、僕にとってこの方法はうまくいったと思ってます。それはそれでよかったけど、ただ、、、」
「ただ、何なの、うまくいかなかったこともあったということ?」
「ただね、こういったやり方は、かなり精神的にも相当重いものを感じますね。これを、つまり、この僕の持っているアヤに対する気持ちを、そのまま思う存分ぶちまけてしまったら、どんなにか楽だろうと、何度も考えました。そういう点で、この方法はちょっと想像がつかないほどの辛抱強さが必要だということが分かりましたよ」
「何もそこまで、私を真似ることはないと思うわ。だって、そこから生まれてくるものは決してあなた自身のものではないし、そこにあるのはただ、この私の態度を写し取ったにすぎないものでしょう。そこには、それほどの意味はないと思いますけど」
「いや、その辺は、僕にとっては確かに意味があったと思います。というのは、今回のことで、僕はアヤの態度を盗みつつ、その複雑な考え方をなぞるようにしながら、納得できるところまでいけたのですから、結果としてはよかったと思っています」
「でも、それって何かおかしいわね。私の感情のことをあなたはまるで気が付いていなかったのだから、そういう複雑な考え方というのは、そこでは見つけられなかったはずでしょう。それを納得できたというのは、ちょっと合点がいかない感じね」
「いや、あなたの感情とは関係なく、僕の感情のことだけを考えていましたから、それをいかに納得できる形でまとめるかというところを、あなたの態度に学んだということです。つまりですね、そういった個人的な感情をいかに抑えつつ、勉強に集中していくかという、まあ僕にとっては、精神的な訓練みたいなものですね。それを、あなたの態度から学んだということです。実は、僕もそのとき、あなたの反応を何とか見つけられないものかと思っていましたから、ある意味ではちょっと苦しい時でもあったわけです。こうしてみると二人とも、似たような状況にあったということですね。
しかし、どちらもそのことに気付くことはなかったというのは、これはよほど二人とも演技力があったのか、それとも、、」