米国の大統領選でドナルド・トランプ氏がジョー・バイデン氏に敗れ、ブラジルでも全国市長選の最中にボルソナロ大統領の支持率の急落減少が見られる形で終えた2020年。これまで、トランプ、ボルソナロ氏が牽引し世界を象徴してきた極右シンドロームだったが、2021年、トランプ氏が表舞台から去ることによって変化を余儀なくされそうだ。極右はこれからどこへ向かうのか。
米国大統領選の前からあった崩壊の兆し
そもそも、昨年11月の米国大統領選の前から極右政権が崩れる兆候はあった。それは、これまで極右論者が支持層を獲得してきた“戦術”が次々とブロックされはじめていたからだ。
極右論者たちは、自分たちが喜びそうなことをなかなか言わないマスコミに不信感をつのらせ、既存の大手メディアを敵視し、「自分たちが望む世界観」を作り上げ、ネットの閉じられた世界の中でそれを共有しあうことで輪を広げ、「マスコミの言っていることなど嘘だ」と主張することで人々を信じこませる形で大きくなっていった。
それはとりわけ、人種や性などを理由に社会的不公正をなくしていくことを訴えるマスコミの主流の流れに疎外感を感じる層、地方の白人や福音派キリスト教信者を中心に大きくなっていった。
ただ、その「自分たちが望む世界観」なるものは、あくまで「彼らの理想」に過ぎず、真実である保証などどこにもない。それどころか、それが現実から完全にそれてしまったフェイクニュース(虚報)ばかりを扱う、新手のメディアまで登場する始末にまで至ってしまった。
だが、トランプ氏が大統領になった2017年以降、「嘘つき」呼ばわりされた既存の大手マスコミは、そのフェイクニュースに対して反撃に出始めた。
そこからマスコミの「ファクト・チェック」(事実検証)が厳しくなっていく。既存の大手マスコミが報じないうちに出回った噂に対し、それらが真実か否か、それを大手マスコミ自身が厳しくチェックしはじめたのだ。それにより、フェイクニュースの拡散がかなり収まるようになった。
また、一般の非政府団体もフェイクニュースを厳しく取り締まりはじめた。そこで特に有名になったのが「スリーピング・ジャイアント」で、彼らは極右サイトなどにスポンサー料をわたす企業の存在を暴露し、これらの企業に対してボイコット運動を起こすことでフェイクニュース・サイトを弱体化させていった。
そして、この「フェイクニュース対策」がもっともてきめんに現れたのが、米国大統領選の最中と直後だった。形勢が不利となり敗色が強まったトランプ氏と支持者たちは、バイデン氏の陣営、民主党が不正を行った疑惑を次々と作って行ったが、いずれもが即座に次々と否定された。
彼らは「自分たちはこんなにも多くの不正の証拠を握った」と閉じられたネットの世界だけ自己満足に浸り、現実は選挙結果をなにひとつ変えることはなかった。
2020年にブラジルで進んだ極右崩壊
米国と似た状況は、ブラジルでも進んでいた。18年大統領選から勢いがあると思われていた、大統領支持の極右勢力が少しずつ支持を失っていったのだ。その兆候は2019年からすでにはじまっていた。
ボルソナロ大統領に「裏切られた」と感じたアレッシャンドレ・フロッタ、ジョイセ・ハッセルマンといった下議たちが、フェイクニュース拡散部隊を作っていたことを暴露したのだ。
通称「憎悪部隊(gabinete do ódio)」とも呼ばれるその部隊は、大統領次男のカルロス氏が指揮していたと言われ、同氏と三男のエドゥアルド下議がネット上の極右のインフルエンサーに虚偽情報を伝達して拡散させていたというのだ。
そして、その部隊の実態の一部が20年5月から6月にかけて白日にさらされた。最高裁が、この「憎悪部隊」に関係する政治家や、フェイクニュース・サイトのジャーナリストたちに対して一斉捜査をすることを認めたためだ。
これには伏線があった。それは3月に、この憎悪部隊が中心となって、「反連邦議会・反最高裁」の反民主主義運動が展開されたためだ。この運動の支持者は、ちょうどブラジルでコロナウイルスが感染爆発しはじめた時期に毎週のようにデモに繰り出し、国民の怒りを買っていた。
そして、その怒りは連邦議員や最高裁判事も同様だった。この時期に下院には罷免請求書は次々と殺到。最高裁も、この反民主主義運動と、フェイクニュース問題を同時に捜査することによって、極右勢力を強くけん制した。
この結果、この運動展開者でもっとも過激だった極右運動家サラ・ウインター容疑者が最高裁への花火発射で逮捕された。
これにより、大統領の罷免、カルロス氏の逮捕の可能性が浮上。ここを機にボルソナロ大統領は極右的言動をトーンダウンさせ、フェイクニュース拡散や、時に独裁政権復古を望むかのような前所属党の社会自由党(PSL)の議員たちから距離を取るようにさえなってきている。
2021年以降、どうなる極右?
「トランプ氏が大統領から降りてもトランプ主義が消えるわけではない」という人は多い。それはそうだと思う。
だが、トランプ氏が主張するような「陰謀論」のような、本来「陰」の存在なものは、権力者が表で主張することによって強い後ろ盾ができてより注目されやすくなった。権力のない人たちのあいだで流布したところで、それはただの「いかがわしい作り話」として一蹴されやすくなるだけだ。
そういうこともあり、一部がよく指摘する「分断」という状況まで行くかは筆者にはやや疑問だ。それは今回の米国大統領選の結果をめぐり、トランプの主張する「民主党の不正」を叫ぶ勢力が思ったほど多くないことにも現れていると思う。
むしろ、数は少ないながらも、より頑なに「自分の信じたい世界」に現実が全く見えなくなるくらいに浸りたい人が一定数出てきそうな気はする。そういう人はもはや理屈も通じなくなるので、民主主義の範疇を超えたアナーキーなものを求めていかないかは心配ではあるが、この動きをする人の数にはかなり限界があるだろう。
一方、ブラジルに目を向ければ、トランプ氏という後ろ盾を失ったボルソナロ氏が今後どんな言動を行うかが注目されるところだ。間違いなく、環境問題にせよ、コロナウイルスにせよ、以前ほど、世界の流れから完全に逆向することは言い難くなるはずだ。
本来、どんなに世間から批判されようが懲りないタイプの人ではあるから、急におとなしくなるようなことはないとは思う。だが、そんなボルソナロ氏がこのところ、極右政治家ではなく、中道勢力のセントロンに肩入れして接近しているのは気になるところだ。
「自身が罷免にならないよう、議会の大勢力であるセントロンに助けてもらいたいからだ」という人もいるが、筆者はそれだけが理由だとは思えない。ボルソナロ氏はもともとは進歩党(PP)、ブラジル労働党(PTB)といったセントロン系の政党に20年以上在籍していたような人物だ。
極右的言動で注目したのは、ほんのここ5年ほどに過ぎない。もしかしたら、かなり無理して作ったキャラクターを演じることに疲れてきているのではないか。そんな風にも思えてしまうのだ。
翌22年に控えた大統領選に向け、ボルソナロ氏がどうするのか。これまでどおり過激言動で保守派にアピールし続けるのか。それとも、嫌われる言動を避け、中道と蜜月を続けるのか。
ブラジル政界のみならず、極右の世界的行方を占う意味でも、この選択は興味深い。(陽)