地球温暖化抑制に向けた国際的な枠組みの「パリ協定」採択から5年を迎えた12月12日、グテーレス国連事務総長がイギリス、フランスなどとの首脳級会合で「気候の非常事態」を宣言した。
2015年採択のパリ協定は、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて1・5度に抑える努力をする事などを目標に掲げている。だが、温暖化抑制の成果はなかなか出ず、12月2日には2020年は2016年に次ぐ最も暑い年との研究結果が発表された。
これらを受けて事務総長は、「パリ協定採択から5年後経っても私達は正しい方向に進んでおらず、このままでは今世紀中に3度以上という壊滅的な気温上昇に繋がる」との懸念を示し、「気候の非常事態」を宣言。温室効果ガスの削減に向けて、各国の対策を一層進めるよう求めた。
国連は既に、各国政府に今年11月に英国で開かれる環境会議(COP26)までに、野心的な削減目標を提出するように呼び掛けており、それを強化した形だ。
欧州連合(EU)のフォンデアライエン委員長は、EU27カ国は2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年に比べ、少なくとも55%削減する事で合意したと表明。EUは2019年に、2050年までに排出量をゼロにする意向を表明している。
中国の習近平国家主席はビデオメッセージで、国内総生産(GDP)あたりの二酸化炭素排出量を2030年までに2005年比で65%以上削減する方針を表明。従来のGDPあたり60~65%という目標を引き上げた。同主席は、2030年までに太陽光発電と風力発電の設備容量を12億キロワット以上とする方針も示した。
中国に次ぐ世界第2の温室効果排出国の米国は11月にパリ協定脱退を正式表明したが、バイデン次期大統領はパリ協定採択から5年に合わせ、12月12日に、「就任初日にパリ協定に復帰した上、100日以内に主要国首脳を集めた気候変動に関するサミットを開催し、活動を始める」との声明を出した。
バイデン氏は既に、遅くとも2050年までに温室効果ガス排出量をゼロにする事を目指し、太陽光や風力といった再生可能エネルギーや電気自動車普及などのために大型投資する事、石油や天然ガス産業への補助金を削減する事などを公約しており、国民の理解を得る努力をする意向だ。
目標出しても排出量増加と言われるブラジル
伯国政府はこれに先立つ12月8日、大統領官邸で省庁間会議を開いた後、リカルド・サレス環境相を通し、2060年までに温室効果ガスの排出量をゼロとするとの目標を発表した。
サレス氏は「ブラジルの目標は世界で最も野心的な目標だ」としたが、環境団体の集まりである気象観測は、新目標は2005年の排出量を28億トンとしており、2015年に出された方針より排出量が4億トン増えると指摘した。
ブラジルがパリ協定採択時に提示した目標は、2025年までに温室効果ガス排出量を2005年より37%削減し、2030年には43%減らすというものだった。2005年のブラジルの温室効果ガス排出量は21億トンとされている。ブラジルは目標実現のため、2030年までに不法伐採をゼロとする事や1200万ヘクタールの再植林、エネルギーの45%を再生可能エネルギーとする事などを約束している。
やることやらずに国際的資金援助だけ要請
ブラジルは開発途上国に数えられ、目標提示や目標達成は義務ではない。だが、サレス氏は新たな目標を発表し、「先進諸国が年100億ドルの資金援助を行ってくれれば、この目標はより早く達成できる」と言い添えた。同氏は2019年のマドリッドでのCOP25でも同額の援助を求めた。この額はパリ協定で約束された額の10%に相当するが、資金援助で短縮できる期間には何も言及されていない。
また、ブラジルはアマゾン基金の形で受け取っていた資金援助を1年以上凍結し、正当な形で使用していない。同基金は法定アマゾンの保護と森林復活を促進するためのものだが、ボルソナロ大統領は当選直後、食糧確保のためのアマゾン開発を擁護し、先住民居住地での鉱物採掘も認める方針を打ち出した。
現政権の方針や法定アマゾンを含む植生での森林伐採や森林火災の増加は先住民の人権問題と共に国際的な批判を浴びており、EUとメルコスル(南米南部共同市場)との間の自由貿易協定の正式調印もブラジルの環境政策がネックになっている。
ノルウェーやドイツはアマゾン基金創設時の約束に従い、資金援助額削減などを通達したが、ボウソナロ政権は「欧米諸国は伯国の資源を搾取する気だ」「主権侵害」と糾弾し、基金の用途に関する審議も停止。環境団体や環境監視機関の働きはすっかり鈍った。
現政権下で法定アマゾンの森林伐採が前政権より増えている事と開発擁護の姿勢を直結して考える国や地域は増え、農務相は「伐採夫人」「毒の女神」と呼ばれ始めた。農務相は生産量を増やすのにアマゾンは不要と主張し、イメージ改善に努めているし、農業団体や環境団体なども伐採抑制策を求めているが、状況は余り変わっていない。
止まらない森林伐採増加
19年8月~20年7月の法定アマゾンの森林伐採面積は1万1088平方キロで、国際的に批判を浴びた前年を上回った上、2009年の環境会議で提示した3千平方キロという目標の3倍近い。ブラジルは新型コロナのパンデミックの中でも温室効果ガス排出量が増えた数少ない国の一つだ。車の走行量などは少なくとも一時的に減ったが、森林伐採や森林火災が増えた事が主な原因だ。
また、環境保護区や先住民居住区での開発容認は、従来は森林伐採が起きていなかったまたは僅かだった地域での伐採増加も招いた。環境保護区での森林伐採がここ2年間増え続けている事は、2020年第1四半期の環境保護区での森林伐採が2019年同期より80・62%増えたとの12月6日付G1サイトの記事でも明らかだ。
12月7日付G1サイトは、ヤノマミ族の居住地では新型コロナの感染者が3カ月間で250%増えた事と、金採掘人が何千人も入り込んでいる事を報じた。新型コロナの感染拡大は不法な金採掘人の侵入が原因だ。
ボルソナロ大統領は先住民が経済的に潤うとして鉱物採掘を容認したが、金採掘人が先住民リーダーを殺したりして先住民の暮らしや平和を乱し、感染症で命まで奪っている事は、19年開催のローマ法王主催の会議で出た時以上に強い、先住民の人権侵害などへの批判や抗議を生んでいる。
バイデン氏当選で伯国の環境政策も変わるか
米国大統領選前、バイデン氏当選ならサレス環境相やアラウージョ外相の首が危うくなるとの見方が広まっていた。アメリカの環境政策や外交政策が大きく変われば、ボルソナロ政権の環境政策なども変わらざるを得ないと思われたからだ。
現時点ではまだ、両大臣の首のすげ替えは起きていないが、2018年の大統領選の最中や当選後にはパリ協定離脱の可能性も示唆したボルソナロ大統領が、パリ協定に基づく新たな目標発表を行わせたのは、バイデン氏が就任後に開く予定のサミットでの制裁回避のためのデモンストレーションでもある。
同協定離脱の可能性は、マクロンフランス大統領が「ブラジルが離脱すればEUとメルコスル間の自由貿易協定締結はない」と言い始めた事で消えたが、バイデン氏当選で制裁回避のための取り組みも必要となった。
バイデン氏当選の影響はまださほど明確ではないが、地球温暖化の回避は安全保障上の重大事と明言するバイデン氏との関係作りには、大なり小なりの方向転換が不可欠となる事だろう。