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中島宏著『クリスト・レイ』第115話

「それがつまり、伝統と文化から生まれてきたものと考えるわけね。この場合は、文化や習慣というものが、必ずしも文明の邪魔をするものではないということなのね。なるほど、そういう見方もあるわけね。やはり、こういうことはマルコスのように、外部の人間から見ることによって焦点がはっきりしてくるということなのかしら。視点が変わると、本質的なものも見えてくるということになるわね」
「何しろ僕は、ガイジンですからね。ガイジンにしか分からないこともあります」
「ハハハ、、、ガイジンとはいっても、マルコスは変なガイジンだから、あまり当てにはならないけど、、」
「変なガイジンとは、どういう意味ですか。よく分かりません」
「だって、こんなに日本語が分かる人は、変なガイジンとしかいえないわね。マルコスと話してると、頭の中で考えるのも日本語じゃないかと思うぐらいだわ。だとすると、あなたの場合は、半分はブラジル人で、あとの半分は日本人ということになるわね。だから、マルコスの日本人評も的を射ているとは思うけど、やはり、日本人的なものもそこには含まれているという感じね。
 でも、はっきり言ってマルコスがそこまで日本人のことを考えていたとは、ちょっとした驚きでもあるし、正直、感心しました。あなたは間違いなく、変なガイジンです」
「何だか、ほめられているような、からかわれているような、変な気分だな。
 しかしね、そういうアヤだって、僕から見ればあなたは普通の日本人じゃないね」
「あら、私はれっきとした日本人ですよ。遥々極東の島国から移民としてこのブラジルにやって来た、立派な日本人です」
「それはそうですが、しかし、アヤは他の日本人が持っていないものを持っている。それが何だか分かりますか。それはあなたが持っている、強い個性です」
「そんなふうに見えますか。私はこう見えても結構、日本人の女性の典型的な面を持っていると自分では思ってますけど」
「多分そういうものは、あなたが乗ってきた移民船に置き忘れてきたのでしょう。
 ブラジルに着いた途端、そういうものは消え去ってしまったんでしょうね。いや、間違いなくそれは、きれいになくなってしまったんです」
「マルコス、何もそこまで強調することはないわ。でも、そんなに私は個性的かしら」
「少なくとも僕が見る限りでは、アヤは日本人女性ということからすると、かなり変わった面を持っています。どこが変わっているかというと、まず、あなたは日本人女性には珍しく、はっきりとした物言いをします。
 それは自我を通すというような、偏った考え方からではなく、ある意味で、生きていく上での信念を持っているという強さがあって、そこから明確な考えが出て来るというような感じですね。
 だから、あなたの言うことには一貫性があって、簡単にはブレないという重さがあります。まあ、それだけアヤの背景にあるものが複雑で、重いものだということに関連しているのかもしれませんが、とにかく、そこにはかなり強い個性があります。
 それと、あなたの視野が、びっくりするほど広いという点にも、あなたの個性が現れていますね。ブラジルのような、まったく知らない国に来たことによって、そういう視野が広がったのかなとも考えたのですが、しかし、それを言うなら、あなたの親戚や友人たちも同じように広い視野と思考を持っているはずだけど、実際にはかなり違いますね。彼らには、そういうところが見当たらない。