不可解な一致がある。しかも、この1月17日からサンパウロ州を皮切りに接種が始まったコロナ・ワクチンに関するものだ。我々ブラジル在住者にとって大いに関心のある点ではないか。
3つの点で、何かが2019年8月に動き始めていた可能性を感じさせる。もちろん、単なる偶然かもしれない。情報として提供するが、判断は読者にお任せする。
シノバック社がワクチン開発を開始した時期は?
一つ目は、ヤフーニュース1月24日付【デイリー新潮】「中国が新型コロナのワクチン開発を始めたのは19年8月 感染拡大もこの時期か」(https://news.yahoo.co.jp/articles/2cacce7abc0e3e56c3909d860a98666fe37014c0)に出ていた疑惑で、シノバック社は実は2019年8月にはワクチン製造を始めていたというもの。
武漢市が「原因不明の肺炎の発生」を正式に発表したのは、2019年の大晦日だった。だがその4カ月以上前からワクチン製造を開始していたはずとの説には、次のような根拠がある。
《中国当局の発表よりもはるか前から、新型コロナウイルスが発生していたことは専門家の間では周知の事実である。中国の企業が遅くとも2019年8月にはワクチン開発を始めているからである。中国のワクチン開発企業のうち、シノバック・バイオテックとシノファームの2社は、不活化ワクチンという従来のワクチン製造法を採用している。不活化ワクチンをつくるためには、最初に鶏の有精卵に不活化した(殺した)ウイルスを接種して、卵の中でウイルスを増殖させ、そのウイルスのタンパク質(抗原)を抽出して、人間の体内に打つことで抗体を作るという手法である。このやり方でワクチンを作るためには、ウイルスを弱毒化するために1~2カ月かかり、卵の中で増殖させるのに約4カ月の期間を要することになる。しかも新型コロナは未知のウイルスであることから、不活化する方法を探さなければならず、不活化したワクチンを打っても感染が起こらないことを確認する作業に3カ月以上はかかることになる。このような工程を積み上げ、かかる日数を足し合わせていくと、2019年8月頃にワクチン開発を始めていたことになるのである》というものだ。
これが本当なら、公式には19年12月に感染爆発が始まったことになっているのに、その4カ月以上前からワクチン製造が開始できたのはなぜか?
これを書いたのは内閣情報調査室内閣情報分析官の藤和彦氏。いい加減な情報ではないだろう。
不活性化ワクチンと最新式ワクチンの違い
ここで指摘されている伝統的な製法の不活化ワクチンとは異なり、ファイザー社や米モデルナ社のものはmRNAワクチンと呼ばれる最先端技術で作られており、素早く製造できる。
ブラジル在住者としては、シノバック同様に接種が始まった「オックスフォード・ワクチン(アストラゼネカ社製造)も不活性化ワクチンではないのか」という疑問がわくだろう。だがこれも違う。「ウイルスベクターワクチン」という別の最新式のものだから早く製造されたようだ。
ただし客観的に考えて、最新式だから安全とは限らない。信頼性という部分では、シノバックなどの伝統的な不活化ワクチンの方が相当数の投与実績がすでにある。
一方、ウイルスベクターワクチンやmRNAワクチンなどは最新式だけに、これまで承認されたワクチンがほとんどなく、投与実績が非常に少ないという不安な一面がある。
日本感染症学会ワクチン委員会は昨年12月28日付けで「COVID-19ワクチンに関する提言」(第1版)を発表。そこで《これまでのCOVID-19ワクチン臨床試験での被接種者数は、数千人から数万人台です。対象者数が限られるため、数万人に1人というごくまれな健康被害については見逃される可能性があります。新しく導入されるワクチンについては、数百万人規模に接種されたのちに新たな副反応が判明することも考えられます。数年にわたる長期的な有害事象の観察が重要です》との注意喚起をしている。
武漢市で本当に病院来院者が増加した時期は?
さらにそれ以前の2020年6月10日【ニューズウイーク日本語版】「新型コロナウイルス 中国での流行開始は昨年8月の可能性=ハーバード大」(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/8-38.php)という記事も出ていた。
ハーバード・メディカル・スクール(ハーバード大学医学大学院)の調査では、武漢市の病院駐車場の衛星画像に加え、インターネットで「咳」や「下痢」といった症状に関する用語の検索データを照合させた。
《「流行の始まりが確認された19年12月よりも前に、武漢市の病院来院者や症状に関する検索が増えている。これが新型コロナに直接関連しているか確認できないが、最近の他の調査も指摘しているように、発生は(武漢市の)海鮮市場で確認される前だったという見解を裏付ける」とし「ウイルスが中国南部で自然に発生し、武漢市でクラスター(感染者集団)が発生するころには、すでに広がっていた可能性があるという仮説も補強する」とした。
調査によると、19年8月に武漢市の病院駐車場の駐車率が大幅に上昇。8月にはそれまでのインフルエンザ流行時には見られなかった下痢に関する検索が増加したという》というものだ。
これもまた不可解な事実ではないだろうか。現在、武漢に入っている世界保健機構(WHO)の調査団にしっかり解明して欲しい点だ。
聖州政府が上海事務所を開設した時期は?
さらにブラジル在住者の我々として気になるのは、三つ目の点、サンパウロ州政府の動きだ。
シノバック社が製造するコロナバックの治験第3段が聖州で開始されたのは2020年7月21日、クリニカス病院の医療関係者からだった。ワクチン使用を許可する権限を持つANVISAは、接種国での治験を義務づけているから、大事な段階だ。
接種結果を待たずに同年9月30日、聖州政府はシノバック社と4600万回分の供給契約を結んだ。連邦政府が進めるオックスフォード・ワクチンと競うように、どんどんと進めていたのは記憶に新しい。
この聖州政府と中国との関係の大きな分岐点になったのが、州政府としては初めての「外国事務所」を中国・上海に開設したことだ。
外務省ベースでやり取りをしなければならない駐ブラジル中国大使館や在サンパウロ中国総領事館を差し置いて、聖州政府は中国と直接のやり取りをするために、わざわざ設置した。
聖州政府広報(https://www.saopaulo.sp.gov.br/spnoticias/governo-de-sao-paulo-inaugura-escritorio-comercial-na-china/)には《聖州政府にとって初めての外国事務所で、しかも州政府の負担はゼロ(中国が全額負担)》と書かれている。つまり、中国側が呼び込んだ。
それが、今思えば不思議なことに、それが2019年8月9日だった。
この時、ファーウェイ社は「聖州に5G関連の工場投資を8億ドルする」と約束している。ドリア政権にとっては、ワクチンも5Gもセットになった状態だ。
2019年1月にジョアン・ドリア氏は聖州知事に就任した。最初の大きな成果がこの中国との交渉だった。
時を同じくして反中のボルソナロ大統領が誕生したブラジルにおいて、サンパウロ州は中国の足がかりとなった格好だ。ワクチン競争を通して、ドリア氏は中国のおかげでライバルに先んじることができた。
2019年8月に結んだ〝絆〟において、コロナバック・ワクチンは現在までに現れた最大の成果だ。
中国のブラジル接近の一因は明らかに食糧確保だろう。ブラジルにとっても「大事なお得意様」であり、邪険にはできない関係だ。
その背景にあるのは、2018年からトランプ政権が仕掛けた米中貿易戦争だ。その反撃として米国からの大豆購入などを他に振り替えた際、最も「漁夫の利」を得た国がブラジルだった。
パンデミックの最中の2020年5月時点で、ブラジルの年間大豆生産量は米国を上回り、収穫量は約1億1700万トンにのぼっている。昨年のブラジルの中国向け大豆輸出は大活況だった。
中国は食糧供給源としてブラジルへの依存度を高めている。まだまだ食糧生産能力を上げる余地があるブラジルのような国は、世界中探しても他にない。約14億人の民を抱える中国にとって、食糧安全保障という国策的観点から、ブラジルは代替の利かない大事なパートナーに違いない。
2022年、次の大統領選挙で誰がメインの候補になるにせよ、その背後には米中対立という大きな構図があるに違いない。そしてきっと、すでにその仕込みは終わっている。(深)