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特別寄稿=電源を切って質素に暮らす!=今こそ、五感を研ぎ澄まそう=サンパウロ市ヴィラカロン在住 毛利律子

深刻なIT機器依存で、崩れ始めた「社交の型」

千利休像(長谷川等伯画、春屋宗園賛、Public domain, via Wikimedia Commons)

 茶道に「口切の茶事」というのがある。
 口切とは、「目張りしておいた新茶の茶壺の封を切ること」を言うが、一般的には「物事のし始め、かわきり」、「会合での話の口切りを依頼する」という使われ方をする。
 師走、いわゆる歳暮の夜長を楽しむ時の茶事を「夜咄(よばなし)」といって千利休の頃は、日中忙しい武将たちが夕刻から集まり、四方山世間話に花を咲かせたり、名物茶道具を鑑賞したり、自慢し、その伝来を語り合った。
 小さな茶室に肩を寄せ合うようにしての集まりの中で、「茶室での禁制」があった。それは、世間の雑談の中でも特に次のようなことを禁じている。
 「我仏・隣の宝・聟舅・天下の軍・人の善悪(われほとけ、となりのたから、むこ・しゅうと、てんかのいくさ、ひとのぜんあく)」
 すなわち、「個人の宗教、思想、主義主張を言い張ること。他人の持ち物、財産を殊更あげつらうこと。個人的な家族問題を噂すること。天下の軍事および政治への干渉、批判。他人への個人攻撃などはもってのほか」ということである。
 この『茶の湯秘伝書』を編纂したのは、山上宗二・やまのうえの・そうじ、1544~90)で、安土桃山時代の大阪堺出身の茶人。
 薩摩屋と号する商人で、千利休に茶を学んで高弟となり、織田信長や豊臣秀吉に仕えた。のちに放逐され、諸国流浪ののち、小田原の陣で再び秀吉と対面した。その時、秀吉の怒りを買ったとされ、耳と鼻を削がれた上で打ち首。処刑された。享年46歳であった。(ウィキペディア参照)
 山上宗二が、夜咄の席で天下の軍事および政治への干渉についての話題を避けるように細心の注意を払っていたという件(くだり)は、利休の茶道が時の絶対的権力者秀吉に直結していたこと。宗二自身が不本意な咎で処刑されるに至ったことなどの経緯から、天正年間の天下人と庶民の在り様が窺えて非常に興味深いことである。
 思えば「茶室での禁制」の内容は世界のどこでも、社交の上の基本的マナーとして最近まで残存していたと思う。
 けれど、急速なIT機器のスマートフォンやタブレットを使った「繋がりを作るサービス、SNS(Social Networking Serviceソーシャル・ネットワーキング・サービス)に依存するようになって、世界的に「守られるべき型」が崩れてしまっているのではないだろうか。
 山上宗二が挙げた禁句は、人間の心の奥底で、最も興味をそそられることばかりである。しかし、それらを人前で持ち出すと、結果的に大きな災難を呼ぶことになる。「深い恨みを買うことにもなりますよ」という警告である。
 しかし今、ネット上では、止むところを知らない主義主張の応酬、他人の持ち物、財産への飽くなき関心、他人の個人生活を徹底的に暴く。一国の政治、政策問題を世界中が干渉する。垂れ流される専門家の討論番組を聞くにつれ、「受け売りの知識」をまるで自分の意見であるかのように語るようになる。有名人、芸能人は僅かな失敗が許されない。事あるごとにネット上で炎上し、当事者は自殺という最悪の手段にまで追いつめられる。
 このように、人間社会の付き合い上の戒めの型が薄れて、無責任で、非常に危険な事件が連日報道されるようになってきた。
 伝統的に守られなければならない社交上の「型」や、規則、規範を崩しているのは、IT器具のセイなのか。否、その型が崩れることによって、人間の尊厳も壊されていくのを映し出しているのが、ネット社会の現実ではないだろうか。

ネットサーフィンで認知症の危機

 今、急速に高齢者に『スマホ認知機能障害』が増えたという。
 ひとつ例を挙げると、40代の会社員男性の両親はともに70代。コロナ禍で実家に帰れなくなり、男性は遠く離れて暮らす両親にスマホをプレゼントした。当初はテレビ電話で会話したり、孫ともLINEのやりとりができると互いに喜んでいた。
 ところが最近、両親の「ある異変」に気がついた。「急にもの忘れがひどくなった。きれい好きだった母は部屋の掃除をしなくなった。父は囲碁や麻雀、オンラインゲーム、専門家たちの解説する報道番組をずっと止めない。母も昔のドラマを毎晩見て、いつも寝不足。2人とも常にスマホを持ち歩いて片時も離さない…」。
 専門医に相談すると、これは「スマホの使いすぎによる『認知症』の可能性がある」と指摘された。

なぜ『スマホ認知機能障害』は起きるのか─

パソコンの前で頭を抱える高齢女性

 まず要因となるのは、近い距離で小さな画面を長時間見続けることで、眼球運動の範囲が狭くなると脳が劣化する原因になる。目を動かさないと、画面以外のことに注意散漫になる。
 さらにスマホ依存で時間を忘れ、外出せず、日光不足になり、骨も弱くなって身体機能が低下し、心身が弱る。昼夜が逆転して睡眠リズムが狂う。高齢者が睡眠リズムを崩すと元に戻すのは難しい。
 子供だけでなく、高齢者にも「スマホ内斜視」が起きているというのは、驚きである。スマホ内斜視とは、両方の黒目が真ん中に寄る、あるいは同じ方向に向いていない状態で、治療改善は簡単ではない。
 専門医の勧める、スマホ病即効治療法としては、「強制的にスマホを取り上げると一種の禁断症状が起こり、暴れたり、うつ状態になるので一日のスマホ使用時間を決めること。午後6時以降は電源を切って、見えないところにしまうこと。スマホ、タブレットを使わない趣味に没頭する時間を定期的に持つ。五感を使って、あれこれ考えて、積極的に動くことが脳のために良い」とし、高齢者だけでなく、働き盛りの年齢層も対象にした提言をしている。
 外出自粛の今だからこそ、危機感をもって、すぐにでも自分の日常を強制的に規則正しくしなければいけない、という認知症専門家からのアドバイスである。

グーグル、ユーチューブの最新技術開発者が提唱するスマホ病即効治療法
「即刻、メディアを断って原始に戻れ!」

パソコンに見入って一喜一憂する高齢男性

 グーグル、ユーチューブ出身トップクラス・エンジニアだったジェイク・ナップ(グーグルで最高速で仕事をするためのスプリンタを開設)と、ユーチューブでプログラム設定を担当したジョン・ゼラツキー。
 これら最先端企業で製作担当をしていた張本人二人がタッグを組んで、「今すぐスマホの電源をオフにして、原始生活に戻ろう!」と断言する本を出した。日本語訳の題名は『時間術大全』。
 ちょっと難しい響きがする。しかし、英語のタイトルは『Make Time, How to focus on what matters every day(自分のための時間作り。最優先事項だけに集中する法)』といったものだ。
 正直なところ、「世界の人々をスマホ漬けの依存症にしたあなた方が、今頃何を言うの?」と突っ込みたくなる300余頁のこの本を結局、オンラインで購入して読んでみることにした。
 二人が提唱する自分のための時間つくりのワザは、どれも今すぐに実行できるものばかり。著者は、「この中から、自分に合った方法を取り入れればいい。人はそれぞれ生き方が違うので、正解はない。日々、工夫・修正すればよい」と力説するのである。
 要約すると、「最上の時間つくり」は4段階から成る一日の時間設定である。
(1)その日に優先する「ハイライトには、緊急性、満足、喜びを得るもの」を1つ決める。時間は人間が集中できる60~90分を当てる。
 ハイライトにすることは「ちょうどいい目標」を置くこと。その目標は3つの基準をもとにするとよい。1つ目は、今日やらなくてはいけない「緊急性」だ。2つ目は、何を選べば「満足感」が得られるか。3つ目は、一日の終わりに感じる「喜び」。
(2)ハイライトに「レーザー光線を当てるように集中」し続けるために「気を散らすもの」をブロックする。世界は「気を散らすもの」に溢れ、簡単に誘惑の罠にかかる。今はこの習性に、異常なほどに付け込んでくるような通信機能が設定されていることを知らなければならない。

○「ドーパミン・ハイジャック」に要注意

人間は古代から生存するために、次の習性を持つ。
(1)身の回りのあらゆる物事に注意を払う。
(2)予測不能な見返りを得ることへ最大の喜びを感じる。この「ご褒美の喜び」は、脳の奥底に刻まれ、二回目があると思い込む。その希求が「業欲」となる。
(3)ゴシップを好み、社会的地位を求める。自分が上位につくには、相手のゴシップを利用する。ゴシップで相手を不幸にするのも、生存競争の一つであると心得る。
 習性2を注意して読むと、人間は大昔から「獲物が取れない中で、予想外のものが得られた」時の、「思いがけない見返りの喜び」は、人間のDNAに深く刻まれた。それを今日のテクノロジー企業は、「イイネ!」でその習性をうまく利用する。
 自分が投稿したブログや記事、あるいはユーチューブなど、予想外の「イイネ」を獲得すると、脳内の報酬系回路が刺激を受け、ドーパミンが溢れる。するともう、気分が散漫になって見返りの期待だけを追うようになる。
 あるいは、ネット上で親しくなった見ず知らずの友人からくる通知を待ち焦がれるようになる。様々な妄想に囚われ、仕事が手につかなくなる。落胆する回数が多くなると、生きる自信まで消滅する。
 これが「ドーパミン・ハイジャック」で、特にゲームなどにはこの機能が巧みに張り巡らされ、一旦嵌ると、抜け出すことができなくなる仕組みが作られているという。
 また、ユーチューブなどで好みの番組を選んで登録すると、興味をそそる話題だけが紐づけされて、AI(人工知能=Artificial Intelligence)によって次々と更新され、送られてくる。
 やがて溢れかえる情報によって、自分の考えがまとまらなくなる。また、常に似たような考えを聞いているうちに、他の意見や反論に攻撃的になる。

解決の近道は「電源を切り、シンプルに暮らす」

コロナ禍で巣ごもり生活を強いられ、パソコンで日本のニュースを見るのが毎日の娯楽に

 これらの習性を、徹底的に利用しているのがネット上のサービスであり、私たちは、いとも簡単に操つられ、依存していくという回路に編集されているということだ。
 その回路を断つには、電源を一時的に切り、「ネットサービスに付け入られようにする」と自分で自分に強く言い聞かせることを実行しなさい、と断言している。
 それではこの事態を自らの意志で遮断して健康人生を過ごすにはどうしたらいいかというと、二人の著者は拍子抜けするほど、実に当たり前のことを提案している。
◎「エネルギー」を蓄えるためには、運動や食事、睡眠、静寂な時間などで「脳を充電」すること。
◎運動は「歩き回るべし」。すぐに頓挫するプログラムを立てるのではなく、家の中でもどこでも、歩き回る時間を作ること。
◎食事法のおススメは、ちょっとお腹がすいたなあ、と思う程度の日常的「プチ断食」の実行で、巣籠り状態でも体質は明らかに変えられる。
(4)最後の段階は、1日を振り返って寝る前に簡単な「メモ」をとる。どの戦術を続けたいか、改善したいか、何を止めて、何を捨てるかを考える。この段階を着実に実行して成功させるコツは、日々「選ぶ、試す、繰り返す」ことを確認する。「画面を見る時間の多さは、脳の劣化のスピードに比例することを自覚せよ」とまで述べている。
 朝、頭が一番冴えているときに、絶対に携帯やパソコンの巡回をしてはいけない。メールの返事も後回し。
 その時間こそ、一日のハイライトを実行すべし――。ニュースは一週間纏めて見ればよい等々・・・なるほど、超有能な元「ITプログラム製作者」の言葉に従って、素直に「電源を切る時間を作る」。
 確かに便利この上ない機器をどう操るかは「あなた次第、自分次第」なのである。

五感を研ぎ澄ますちょっとした工夫

 五感とは、「視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚」という感覚。六番目が「第六感、直感」。人間はこの五感の感覚を常に意識しないと、脳機能が急速に衰える。
 その研ぎ方は、人それぞれ、経験豊富な人生から培われた最上の方法があるはずである。人間は老化と共に各機能が衰えるのは当然であるが、それでも、脳は五感で覚えたことを忘れないそうだ。
 中学生までの子供時代に、時間を忘れて外気の中で遊びまわって蓄えた五感の鋭さ。それは、その子の生き方の「人間力」になる。
 子供時代の五感の磨き方が足りないと、有名大学の入学試験で1千点満点中、980点を取った秀才でも、何か思い通りにならないとすぐに挫折する。五感で掴んだ底力になる情報が身についていないから、すぐに厳しい人生から落伍してしまうということである。
 アーノルド・ベネットは彼の名著『自分の時間』の中で、「自分の習慣を変えるには、全部変えようなどという大きなことをしなくても、一週間に7時間から8時間変えればよい。一日に割れば一時間くらい変えることによって大きな変化が起こるのである。自分時間の再構築の方法は意外なほどシンプルで、伝統的な精神と肉体を養うための秘訣の再確認であり、それを日々の生活に生かしていくことに他ならない」と述べている。
 今こそ、ちょっと工夫して、五感を駆使した自分らしい暮らしをすることは、ネットからの情報よりも格別な喜びを実感することができるようだ。
【参考文献】
『Make Time: How to Focus on What Matters Every Day』Jake Knapp John Zeratsky 櫻井 祐子 (翻訳)、ダイアモンド社、 Kindle版 2018年
『表千家茶道十二か月』千宗左 日本放送出版協会、昭和41年
『自分の時間』アーノルド・ベネット、渡部昇一訳・解説、三笠書房、1994年