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《記者コラム》両院議長選の本当の勝者はセントロン

 2月1日の両院議長選の結果を「ボルソナロ大統領の勝利」と見る向きもあるが、「本当の勝者はセントロン」という政治評論家は多い。別の言い方をすれば「現政権はセントロンに乗っ取られた」のかもしれない。
 このセントロンとよばれる中道派議員グループは、表裏あらゆる手段を使って政権を支配する政治家集団といわれる。2月から両院をセントロンが握った以上、彼らなしでは議会運営はできず、彼らが反対したらどんな法案も通らない。
 セントロンを抑えるには、大統領が国民から強い支持率を得ていることが必要だ。彼らの言うことを聞かない状態で支持率が、終末期のジウマ大統領のように一桁に落ちたら罷免もありえる。
 2022年大統領選に向けての政治的な対立軸が、2月に完全に入れ替わった。大事な点なので時系列に説明したい。

セントロンとは何か?

 「Centrão」という単語は、「中央(centro)」の強調形なので「大中央」のような意味だ。第一に知っておくべきコトは、この単語は正式に登録された政治団体名ではなく、あくまで非公式な名前ということだ。
 政界はもともと右派と左派に大きく分かれている。その中間に存在する中小政党の集まりが、軍政直後の制憲議会で注目を浴び、1988年頃から「セントロン」と呼ばれ始めた。これが「第1次セントロン」だ。当時はPFL、PDS、PL、PDC、PTB、PMDBだった。
 左右の勢力が拮抗した際に、バランスを崩すための切り札として左右から重宝される存在で、だからこそ常に中間に位置する。左や右のような政治思想はなく、常に政権に近寄って最大の利権(公職、権限、割当金)を確保することが「政治哲学」の集団だ。
 ブラジル政界の「必要悪」的な部分ともいえ、全伯の農村部にまで人脈をもち、高い調整能力と集票能力を持つ現実主義者の集まりだ。
 1988年憲法により、現在の「連立大統領制」(Presidencialismo de coalizão)が始まった。大統領は国民から直接に選挙で選ばれる。だから、大統領の政党が議会内で過半数を抑えているかどうかは関係がない。議会で過半数を持たない大統領のために、中小政党が寄り合って支える政治体制になった。そこにセントロンが活躍する余地が生まれた。
 伯国には7日現在で33政党もあり、その大半が弱小だ。その分、政治思想が多様にある訳ではない。分かれていた方が大臣職や選挙基金などの利権を得やすいからだ。

セントロンといえばこの人、クーニャ元下院議長(2015年、Foto: Lula Marques/ AGPT 1º/10/2015))

 セントロンは、エドゥアルド・クーニャ下議が15年2月に下院議長に選出される際、再び注目を浴びた。彼がセントロンを再組織化して推定260人を集め、議会内の事実上の最大派閥(PSC、PP、PROS、PMDB、PTB、PR、Solidariedade)に変えたからだ。これが「第2次セントロン」だ。
 これが中心になって、当時のジウマ大統領の罷免を無理矢理推し進めたことは記憶に新しい。
 クーニャ下院議長がセントロンを再結成した背景には、14年3月から連邦警察が始めたペトロブラス汚職捜査「ラヴァ・ジャット作戦(以下LJ作戦)」への恐怖があったと推測される。

LJ解体がクーニャ時代からのセントロン悲願

 PT政権以前のFHC政権(PSDB)では、連邦検察庁は「連邦お蔵入り庁(engavetador-geral da república)」と揶揄されるほど政治疑惑を取り扱わなかった。
 そのFHCを倒して当選したルーラ大統領(2003年~)だけに、PT政権は連邦検察庁を自由にさせた。その結果、政治家汚職捜査が徐々に始まり、05年にはメンサロン疑惑の捜査が大々的に始まった。これに手応えを感じた若手司法関係者がさらに突っ込んだ捜査を始めたのが2014年からのLJ作戦だ。

もはや議員ですらないのにPTB党首として政界を牛耳る〝妖怪〟ロベルト・ジェフェルソン(Foto: Roosewelt Pinheiro/ABr)

 セントロンはFHC政権与党だったから、PT政権には最初入れなかった。だが議会工作の必要からすぐに政権入りし、その結果メンサロン事件が起こった。PT政権が下議に資金をばらまいて票集め工作をしたと暴露したのは、セントロンのロベルト・ジェフェルソン下議(PTB)だ。
 PTは面白い政党で、LJ作戦の進展によって2016年にジウマ大統領が罷免されるまで、司法関係に政治的介入をほぼしなかった。司法関係者の好きなようにさせた。LJ作戦の秘密兵器、司法取引証言(Delação premiada)制度自体、ジウマ政権の13年に承認され、その翌年にLJ作戦が始まった。
 クーニャ氏がジウマ大統領と対立して罷免させた表面上の理由は「財政責任法違反」だ。だが実際のところが、政治家が司法に口出しをして汚職捜査にフタをする介入をしたかったのではないかと推測される。PTはそれを拒み続けたおかげで、汚職捜査を辞めさせたい与党PMDBなどのセントロン勢力が、野党PSDBと連合して罷免された。
 ここから、現在に至るセントロンの逆襲が始まった。当時、LJ作戦はどんどん汚職議員の不正を暴いていた。これが続く限り、セントロン復活はあり得なかった。
 16年に副大統領から昇格したテメル大統領(PMDB)の時代は、PTが野放しにしてくれたおかげ好き勝手できた司法界から強い反発が起きた。テメル大統領はわずか2年間の補完任期の間に、2度もロドリゴ・ジャノー連邦検察庁長官から罷免審議を叩き付けられた。
 驚くことに、テメル氏は持てる老練な政治力を総動員して、連邦議会での弾劾裁判を2度もやり過ごしつつ、1943年の施行以来触れてはいけない聖域と化していた「統合労働法(CLT)」を改正するという難事業をやりとげた。
 これはPTの支持基盤である労働組合を弱体化させる効果があり、PTに再び政権を握らせないという裏の狙いがあったと推測される。実際、20年8月までに組合員は300万人も減った。
 だが、LJ作戦の進展によってPMDBは「汚職政党」のレッテルを貼られ、PTと共に弱体化した。だが、本来PTのライバルであったPSDBは隙を突いて復興することができず、いつのまにか対立軸が変わった。

一匹狼をあきらめたボルソナロが〝古巣〟に戻る

 このテメル政権の16年に起きたもう一つの大きな変化は、下院議長職をセントロンがとれなかったことだ。同年7月、LJ作戦に追い込まれたクーニャ下院議長が電撃辞任した。その後任としてセントロンが送り込んだ候補は、ロドリゴ・マイア下議(民主党・DEM)に負けた。与党なのに裏切ってジウマを罷免に追い込んだセントロン憎さで、PTら左派政党がマイアの味方についたからだ。
 DEMは創立当時PFLを名乗り、セントロンの一員だったが、現在はPSDBに近い政党だ。PT政権時代には最大野党のPSDBと共に不遇をかこった。PT政権に近づきたい一派がジルベルト・カサビを中心に分離してPSDを作った。
 ボルソナロ政権は20年の初め、予算案通過のためにセントロンと手を組み始めた。当時351人の下議がいた。DEMやMDB(旧PMDB)も入っていた。セントロンがどんどんボルソナロ政権に食い込む姿を見て、昨年7月にDEMとMDBが「セントロン離脱宣言」。そのために251人(諸説あり)に減った。
 マイア下院議長は、ボルソナロ政権が出してくる法案を骨抜きにし、自ら主導して法案を作り直した。大統領には目の上のたんこぶのような存在で、さんざ批判した。
 一昨年までのボルソナロはセントロンを批判して、孤立無援の一匹狼を貫き通した。一定数の国民の支持はあっても、味方と言える政治家はごく少なく、言うこと聞くのは軍人ばかりで、どんどん軍人閣僚が増えた。
 そんな権威主義的で軍政を擁護する姿勢を、最高裁や議会から批判され常に対立した。ボルソナロはネット世界では憎悪部隊を使ってフェイクニュースを流して敵対勢力の悪評を高め、現実世界では親派を使って街頭批判デモを繰り広げさせた。
 だがそのやり方で最高裁や議会を屈服させるのはムリだった。むしろ逆襲された。20年6月頃にフェイクニュース部隊に関して連邦議会から議会調査委員会(CPI)、最高裁からも捜査を始められた。
 これはセントロンが仕組んでボルソナロを追い詰め、自分たちに頼るようにしたのではないかとも勘ぐれる展開だ。その結果、ボルソナロに過去最多の60件も罷免審議要請が出され、ついに宗旨替えした。孤立したままでは罷免されると本気で心配したからだ。
 そこで件のロベルト・ジェフェルソンなどが仲介して、セントロンの出番となった。ボルソナロ氏自体、政治生活の大半をセントロン政党で過ごしてきた。「18年大統領選挙のために、政治裏談合を批判してムリして一匹狼の振りをしてきた」という部分がある。
 彼らが味方につけば罷免は不可能だ。そのかわりに利権を渡し始めた。その交渉の「成果」の一つが、今回の両院議長選だ。そのために、議員やその関係者に閣僚ポストを提供し、議員割当金などを大量解放するのと引き替えに、大統領が推す候補に投票するように寝返らせる工作をセントロンがやった。これ自体は違法ではないが「汚職の温床」として問題視されているやり方だ。
 これが、いわゆる「Toma lá da cá(政治裏談合)」と呼ばれる伝統的な政治手法で、18年大統領選挙でボルソナロ本人が「古い政治手法」として厳しく批判していたものだった。だが良くも悪くも「伝統的な政治手法」であり、両院議長選で見事に功奏した。
 ちなみに今回当選したアルツゥール・リラ下院議長は、クーニャ氏の盟友と呼ばれた人物だ。しかもLJ作戦の被告・・・。LJ作戦の被告が大統領継承順位3位の下院議長に就任した日に、LJ作戦の本丸が解体された。関係がないわけがないだろう。

パシェコ上院議長、ボルソナロ大統領、リラ下院議長(Foto: Marcos Corrêa/PR)

最初からLJ作戦つぶしをしたかったボルソナロ

 18年大統領選挙では「PT対PSDB」という対立軸が期待されていた。だから当時セントロンはPSDBのアウキミン候補を応援した。政局を読み間違えたのだ。
 実際は「PT対極右」に入れ替わった。つまりルーラ対ボルソナロ氏だ。そして、ルーラ元大統領代理のハダジ氏に勝った。
 この時のボルソナロ陣営の旗印は「愛国」「反PT」「反汚職」「ラヴァ・ジャット作戦の進展」「政治裏談合撲滅」だった。FHC、ルーラ、ジウマ政権を裏から支えていたのはセントロンであり、ボルソナロ氏は「反PT、反セントロン」を旗印にして一匹狼として出馬した。
 大政党基盤なし、組織票なし、支持団体なし、政治資金なしで奇跡的に勝った。それだけLJ作戦による「PT=汚職」イメージが国民の心に刻み込まれていた。「PTやセントロンなどの汚職政党に政権を渡したくない」一心から国民はボルソナロに投票した。
 だが今考えれば、ボルソナロは最初から「汚職没滅」など目指していなかった。就任早々やったのは、金融活動管理審議会(COAF)の形骸化だったからだ。
 これは、不正な金融活動を監視するための経済省の一機関で、LJ作戦が政治家の汚職を暴く際の最強の武器だった。最初こそ鳴り物入りでモロ法相直下の法務省に移して独立、組織拡大させようとしたが、セントロンから横やりが入って元々の経済省に戻し、最終的には中央銀行傘下の一部署に格下げされた。
 大統領選の最中こそボルソナロ氏はクリーンなイメージで通した。だが選挙直後の11月、息子らの汚職疑惑が噴出した。その汚職の証拠を提出したのがCOAFだったから、形骸化は最初からの計画だ。
 今思えば、この「LJ作戦解体」計画は実に巧妙に実行された。クーニャ下院議長の時代からそれは「セントロンの悲願」だった。
 そのLJ指揮官として「国民的英雄」になっていたセルジオ・モロ連邦裁判事を、司法界トップの法相に迎え入れてLJ特捜班から連れ出した。これが第一弾のハシゴ外しだった。ここから弱体化が始まった。
 その後、19年にヴァザ・ジャット(VJ)報道が発覚した。モロ氏には反PT・親PSDB的な政治的偏向があり、そのため18年大統領選挙にルーラが出馬できなくなる判決を無理に出し、ボルソナロを有利にした疑惑が報じられている。
 このVJ報道は、ハッカーが違法に入手したLJ特捜班内部の会話情報から生まれたもの。「違法に入手した内容を裁判に使ってはならない」との法律からすれば実にグレーな「証拠」だ。
 だが、LJ作戦の行き過ぎを批判する勢力が最高裁にあり、捜査対象にされている連邦議員も多く、ボルソナロ政権自体もLJ作戦を弱体化させようと意図していたから、誰もモロを擁護しなかった。
 むしろ、モロ神話崩壊の決定打として利用された。その上で大統領は連邦警察長官人事に介入し、モロ氏が怒って辞任するように仕向けたように見える。
 指揮官モロを失ったLJ特捜班は徐々に弱体化し、セントロンの両院議長が就任したのと同じ日に解散させられた。これはけっして偶然ではない。クーニャ下院議長がジウマを罷免した時から、セントロンがジリジリとLJ作戦解体に詰め寄ってきた結果だ。
 この2月が「セントロン復活(第3次)」=だ。現在はPP、PL、Republicanos、Solidariedade、PTS、PSD、PROS、PSC、Avante、Patriotasなど。
 セントロンはすでに政権内の「イデオロギー派閥」や「軍派閥」の追い出しを図っており、今後2年間の政権のあり方は大分変わるだろう。

22年大統領選挙の構図

 セントロンが政権に入ったことで、大衆が喜ぶ経済対策、地方インフラ事業などは盛んになる。ワクチンも加速される。すでに議員割当金の解放は約束されているから「パンデミック対策」の名の下に事実上の選挙運動が今年から行われる可能性がある。
 政府としては緊急支援金で財政出動する代わりに、ゲデス財相は行政改革で公務員支出を抑え、税制改革で税収を増やすことを求める。ダイナミックな1年になる。
 ただし、有権者からしてみれば、18年大統領選で絶対に政権を渡したくない対象だったセントロンに、自分が選んだボルソナロがおめおめ政権を渡しているのが今の構図だ。来年はそのしっぺ返しが国民からくる可能性が高い。
 ルーラ、ジルマ政権の頃、政治的対立軸は「PT対PSDB」だったが、2018年には「左翼VS極右」となり、現在は「ボルソナロ+セントロンVSドリア」になりつつある。
 19年7月にDEMがセントロンからの離脱を宣言したのは、聖州政府ではDEM、PSDB、PSDが連立与党になっているからだ。ドリア氏を次期大統領候補として擁立する一派なので、ボルソナロ派から距離を置き始めた。ワクチン外交を展開する中国政府もその動きを裏で肩入れしている節がある。だが、今回の両院議長選でDEM本体はボルソナロ政権に寄った。その結果、ドリア派のマイア前下院議長が外され、両院ともMDB候補が負ける展開になった。
 ただし、LJ作戦解体は、捜査対象として叩かれた「アエシオ・ネーベス元大統領候補の復活」も呼び起こした。ドリアのPSDB党内最大のライバルとして、ジョーカー的な存在だ。
 加えてLJ作戦解体で「ルーラ復活」の兆しがあり、本人でなくハダジ氏を再擁立する方向を鮮明にし、2月から選挙運動キャンペーンを始めた。このハダジPTが中心となって左派連合をまとめるコトができれば、第三極になる。
 だから次の大統領選挙では、「ボルソナロ+セントロン」VS「ドリア」VS「PT左派連合」という三つどもえが基本構図だろう。誰が決選投票に残るかが問題だ。
 左派連合の後ろ盾に、誰が付くかもポイントだ。もしもバイデン米大統領(民主党)が付けば、かなり勝率は高まる。だが、オバマ以降、米国は〝裏庭〟南米に注視しない現状があり、バイデンもその路線の可能性が高い。
 現状では難しいが、南米に対して積極的な中国が裏で工作して、元々中国と相性が良いPTを、決選投票でドリアにくっつけるという「ウルトラC技」が残っている。これができれば超強力候補になる。
 これはあくまでもコラム子の個人的な解釈であって、そうである保証は何もない。(深)