リオ州議会が9日、マラカナン・スタジアムの正式名称を「エスタジオ・エジソン・アランテス・ド・ナシメント」(ペレ)に変更する事を決めたことに対し、マリオ・フィーリョ家が抗議の声を上げたと同日付現地サイトが報じた。
通称「マラカナン・スタジアム」とよばれる巨大サッカー場の正式名称は、同スタジアム建設の発起人であるジャーナリスト「エスタジオ・ジョルナリスタ・マリオ・フィーリョ」だった。マラカナンは総合競技施設で、セリオ・デ・バロス陸上競技場とマラカナンジーニョと呼ばれる体育館が併設されている。
今回の正式名称変更は、知事代行中のクラウジオ・カストロ氏の裁可後に発効となる。
改名プロジェクトの発起人の一人のアンドレ・セシリアノ州議は、「現在も生きている人の名前を公的資産の名称に使う事は、全ての人に属するものを個人に帰し、公的資産の民営化を妨げると危惧する声があるが、今回の改名は、ブラジルのサッカー界に残したレガシーとブラジルのために捧げたサービスによって世界的に知られる人物への顕彰に他ならない」と説明している。
だが、マリオ・フィーリョ氏の孫でジャーナリストのマリオ・ネット氏は、「ペン1本で改名するなど、嘆かわしい蛮行だ。マリオ・フィーリョの事も知らず、スポーツについても知らない人とは争う気はないが、不愉快だ」と述べた。
マリオ・レイテ・ロドリゲス・フィーリョ氏は1908年にレシフェ市で生まれ、1966年にリオ市で死亡。1950年のW杯用のスタジアム建設の際、ジャカレパグアへの建設案に反対。新聞社の同僚らと共に、15万人が入る世界一のスタジアムをと訴え、マラカナンに誘致した。