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《記者コラム》頼みの綱の軍部からも一線を引かれた大統領

セントロンに追い詰められる大統領

 3月24日、ブラジルはコロナ死者30万人を超えるという惨状を呈した。この社会的不安感と緊張感の高まりを背景に、経済界も対策を求める意見書を公開し、それに背中を押されて政界の動きも激しくなった。3月末には1日の死者が4千人超の日が出るなど事態は悪化の一路を辿り、7日間の平均死者数が初めて3千人/日を超えた。
 今までで最悪にコロナ死者が多かった昨年7月の2倍以上をこの3月に記録するという血塗られた月になった。だが4月はさらに悪化して「1ヵ月間で10万人を超える」という専門家の予測まで出ている。
 ブラジル史に残るそんな緊張感の高さの中で、ボルソナロ大統領はひたすら政治的な迷走を繰り広げている。3月22日付BBCブラジル電子版(https://www.em.com.br/app/noticia/internacional/bbc/2021/03/22/interna_internacional,1249277/na-integra-o-que-diz-a-dura-carta-de-banqueiros-e-economistas-com-criticas.shtml)によれば、経済界の大物企業家、中央銀行元総裁や元経済相ら約200人がコロナ対策に対する意見書を3月22日に公開し、現政権に変更を求めると同時に、セントロンにも圧力をかけた。
 3月26日、パシェコ上院議長はアラウージョ外相を取り替えるように強く迫った。ボルソナロのイデオロギー派閥をだんだん減らして、よりセントロンに近いプラグマチズム(実際主義)な政権にしようとしている。いわば、ボルソナロの外堀を埋めているように、コラム子には見える。
 3月13日、セントロンはパズエロ保健大臣を変えるようにボルソナロ大統領に強く迫っていた。交代させることは呑んだ大統領だが、セントロンが推薦した候補でなく、息子が推薦したケイロガ候補を保健大臣に据えた。
 この大統領の「ささやかな抵抗」に対するセントロンからの次の反応が、アラウージョ外相のクビを差し出せというものだ。セントロンはボルソナロの抵抗に明らかにいらだち、右腕的人材を落とし、次は左腕という具合に、どんどんと大統領の強く息のかかったイデオロギー派閥を政権の中で弱体化させている。

ボルソナロ大統領が自分からセントロンに寄っていったことを認めたことを報じるジョーヴェン・パンサイト記事5月29日付(3月28日参照https://jovempan.com.br/programas/jornal-da-manha/bolsonaro-admite-pela-primeira-vez-que-procurou-centrao-para-atingir-governabilidade.html)

 昨年は教育大臣、今年は保健大臣、大統領特別補佐官、そして外務大臣。だんだんとイデオロギー系が外れている。大統領からすれば味方が減って、セントロンの言うことを聞かざるを得ない状況に追い込まれている。
 元を正せば、昨年前半、自分へのインピーチメント(弾劾)申請がどんどん増える様に恐れおののいたボルソナロ氏の方から、セントロンに近寄ったとジョーベン・パンは昨年5月29日に報じた。セントロンは「大統領から頼まれて味方をするようになった」のであって、立場が元々強い。
 実際、セントロンが反対すれば罷免申請は通らない。今年2月1日にセントロンが両院議長に就任したことから、流れが変わった。それまではマイア下院議長が罷免申請を受けいれるのではないかと恐れていた大統領だった。
 セントロンは両院議長が自分たちの手に入るのを、じっと待っていた。罷免申請を始める権限を手に入れた瞬間、豹変を始めた。「政局を左右するのは我々だ」と。
 大統領は、両院議長を自分の支持派閥セントロンから出したことで、「自分の権力基盤が盤石になった」と勘違いした。実際にはセントロンに握られただけだ。
 大統領のコロナ政策の無策さにより、33万人の死者が積み上がる中、国民からの不満は明らかに高まっている。その不満を敏感にかぎつけて、大統領に指図を始めたのが3月からだ。

上院議長に卑猥なジェスチャーをする補佐官

マルチンス補佐官の卑猥なジェスチャーに関して報じるジニェイロ誌サイト3月25日付記事(3月28日参照https://www.istoedinheiro.com.br/assessor-da-presidencia-faz-gesto-controverso-no-senado/)

 3月24日午前、両院議長、最高裁長官らが大統領に対して、コロナ政策の変更を迫る会合を持ったが、大統領は意に介さなかった。それで頭にきたリラ下院議長は午後「黄色信号が灯った。行政府(政権)が許されない過ちを犯した際、議会は致命的な劇薬を使うことがある」と罷免をほのめかした。
 これはボルソナロ大統領とセントロンの蜜月が終わったことを示すコメントとして重要だ。
 翌25日、大統領はリラ下院議長と会合をもち、その後「問題はゼロだ」と緊張した状態ではないことを誇示するようなコメントしたが、周りはそう見ていない。
 セントロンからの要求第1弾が保健相交代、第2弾がフィリッペ・マルチンス大統領特別補佐官だ。
 三権の長会議があったその3月24日午後、大統領に高飛車にコロナ対策の変更を強いてくるパシェコ上院議長がオンライン演説する後ろで、マルチンス補佐官は、胸の前で右手の親指と人差し指で輪を作り、残りの指を広げる仕草をした。午前中の会議での大統領攻撃に対する反応がそのゼスチャーに出たのだろう。
 このマルチンス補佐官は国際関係を担当し、2019年11月に就任した際、若干31歳だった。大統領の思想的師匠であるオラーヴォ・デ・カルヴァーリョに心酔し、3年間もそのオンライン教育をうけた弟子だ。大統領府の大統領執務室と同じ3階の数メートルしか離れていない「特別補佐官室(Assessoria Especial)に机がある。
 そこがコードネーム(暗号名)で「Gabinete do Ódio(憎悪キャビネット)」と呼ばれており、大統領親派のユーチューバー、サイトなどを使って敵対勢力へのSNS上のヘイト攻撃を繰り広げる司令部を担っていると噂される場所だ(https://veja.abril.com.br/mundo/como-filipe-martins-virou-um-dos-conselheiros-mais-proximos-do-presidente/)。
 マルチンス補佐官がしたジェスチャーが「白人優越主義」を示すものだと問題になり、セントロンは大統領に彼をやめさせることを迫った。「白人優越主義」はユダヤ人を迫害したネオナチと親和性が高いものであることから、マルチンス同補佐官本人は「ユダヤ人である私がそんなことをするはずがない。だだ、背広の襟を直していただけだ」と弁明している。
 だが、UOLサイトのコメンテーター、政治評論家タレス・ファリア氏(https://www.youtube.com/watch?v=GCVE1aBQUDk)は「あれは、上院議長に対して肛門を意味するゼスチャーをしたのでは」と分析している。
 いずれにしても、やめさせられて当然のジェスチャーだったが、結局は踏みとどまった。
 
軍部からも一線をひかれた大統領

軍部の政治利用を否定して解任された防衛相の件と6人の閣僚交代を報じるエスタード紙3月30日付

 その第3弾がアラウージョ外務相交代だ。カーチャ・アブリウ上議ら7人から強い解任圧力が大統領にかかり、外相本人が「G5を中国企業にしようとする奴らの陰謀だ」と反発したことで更に激化した。
 その流れで29日、大統領は外相を含む6人の閣僚交代人事を一気に発表して世間を驚かせた。ジャーナリストのカルロス・アルベルト・サルネンベルギ氏は30日朝のCBNラジオのインタビューで、「圧力に負けて、外相は解任せざるを得なくなった。でもただ解任するのではなく、それに乗じて、味方を固める人事交代を一気に行った」と見ている。
 つまり、政権内の仲間をどんどん減らされる一方の大統領は、ここでセントロンに対して自陣を固める逆転攻勢に出た。
 例えば、そこにはフェルンド・アゼヴェード・エ・シルバ防衛大臣の名前もあった。3月30日付エスタード紙によれば、大統領からの「軍部もSNSなどで政権支援表明をしてほしい」という強い希望を断ったことが原因で解任された人物だ。
 アゼヴェード氏は解任の挨拶文を公開し、その中には《軍部を国家の機関として温存した》と高らかに宣言していた。つまり、セントロンから強い圧力を受けているボルソナロ氏には味方と言える政党がなく、唯一の頼りは軍部だ。軍が「ボルソナロ政権を強く支持する」と表明すれば、セントロンもあまり強く出られなくなる。
 だから大統領は軍に対して支持表明を求めたが、アゼヴェード防衛相はそれを断った。軍は「国家を守るための組織」であり、国家の中のほんの一部である「特定の政権を守る」存在ではないからだ。その立場を明確にしたから解雇された。
 翌31日、アゼヴェード防衛相への連帯を示す意味で、陸海空3軍の総司令官が辞任を表明し、大統領が受け入れた。防衛大臣の翌日に3軍の総司令官が解任されるというのは、異例中の異例な出来事だ。
 ボルソナロ氏は「いざとなれば私の軍がクーデターを起こして自分を守る」とのニュアンスの言説を常々見せているが、軍部としては「軍は憲法を遵守し、その政治利用には一線を引く」という意思表示をした。
 31日朝、CBNラジオでインタビューされたサントス・クルス陸軍中将(元大統領府秘書室長官)は、「軍にクーデターを支持する勢力はない」「今の政治状況の解決策は、兵舎にはない。議会や司法でしっかりと対処するべきだ」とコメントしていた。
 防衛相の後任は、やはり予備役将官のワルテル・ブラガ・ネット官房長官で、横滑りで就任する。大統領の〝女房役〟ともいえる重職を担ってきた人物であり、大統領の信任は厚い。ただし、ブラガ・ネット氏も前任者の仕事ぶりを「与えられた任務は遂行された」と評価。やはり、軍部としては、政権と一線を引くことを宣言した。
 ただし、大統領は引き続き「軍からの政権支持表明」を防衛相に求めるだろうから、防衛相と軍内部の間に葛藤が起きる可能性がある。大統領と軍の亀裂は修復されておらず、いずれ問題が起きると専門家は見ている。

交代要求を受け入れつつ自陣固めの人事戦略

 国家総弁護庁(AGU)のジョゼ・レヴィ長官も同様だ。大統領がロックダウン宣言した3連邦自治体を「その権限は大統領だけのはず」と最高裁に違憲申請をしたが、マルコ・アウレリオ判事に「AGUも署名をすべきだ」と取り上げられなかった。レヴィAGU長官がこれに署名をしなかったことが、今回の解任の一因だと報じられている。
 その後釜は、AGU前任者だったアンドレ・メンドンサ法相。出戻り就任になる。法相には、大統領長男フラヴィオ氏の友人である連邦警察の捜査官アンドレ・トレス氏を指名し、味方を増やしている。
 そして肝心のアラウージョ外相解任の後釜には、同氏同様に、外国での大使経験ゼロの外務省官僚カルロス・アルベルト・フランコ・フランサ氏だ。政治評論家は口をそろえて「外相になる経験と力量はない。アラウージョ氏と同様、ボルソナロ氏のいいなりで何も変わらない」「アラウージョ外相以下では」との評価が多い。アマゾンの森林伐採に根本的な対策を求めるバイデン米政権との厳しいやり取りが、外国交渉ゼロの外相にどの程度できるのか。
 つまり、セントロンが期待する外交政策の変更に、ここでも大統領は抵抗を見せている。
 唯一のセントロンへの譲歩は、官房長官の後釜に入るルイス・エドゥアルド・ラモス氏が担っていた大統領府秘書室長官の職務を、リラ下院議長に近い存在のフラヴィア・アフーダ下議に与えたことだ。議会との交渉を行う部署だけに、セントロンとの関係を重視したと取れる人事だ。
 ボルソナロ氏としては6人を交代させたが、基本的にはより強力な味方に入れ替えている。セントロンからの圧力に対して、交渉チャンネルを開きながら、政権内の陣容を固めたのが今回の交代劇だ。

親友を嘆いて棺桶を担ぐが、墓穴には入らない

2021年度予算をそのまま承認すると大統領が財政責任法違反で罷免の危険があると報じるオ・グローボ・サイト(https://oglobo.globo.com/economia/orcamento-2021-tcu-deve-alertar-bolsonaro-de-risco-de-crime-fiscal-se-nao-houver-vetos-ao-projeto-1-24945662)

 ひとつ気になるのは、セントロン側にも〝増長〟的な動きが目立ってきたことだ。2021年度予算が遅れに遅れて3月中頃に議会承認されたが、年金や失業保険などの義務的に支出すべき項目の金額を削るという、あり得ない予算を計上している。その分、議員割り当て金を約30億レアルから十倍以上に激増させ、以前から噂されている「地方インフラ工事予算」を大幅に増額している。
 この地方工事予算はおそらく、昨年8月18日付記者コラムで説明した「Plano Pró-Brasil」(PPB)だと思われる。これは、PT政権の目玉事業だったPAC(経済活性化計画)に似たもの。ジウマ大統領が罷免されたことで、中断されたままの多数のPAC工事を再開することも計画に入っている。地方のインフラ工事が続々と開始されれば雇用も生まれ、GDPを一気に押し上げることは間違いない。
 地方都市に選挙地盤を持つ政治家が多いセントロンとしては議員割り当て金とPPBは少しでも多く分捕りたい予算だ。ともにゲデス経済相が反対している内容で、これが押し通れば経済相の立場もゆらぐと言われる。
 ボルソナロ氏にとって恐ろしいのは、両院議会で練られたこの予算案を、そのまま大統領承認してしまうと、ジルマ大統領と同じく「ペダラーダ(粉飾会計)」で自分が罷免される可能性が出てくることだ。
 セントロンとしては大統領にこの予算案をムリヤリ呑ませ、使いたい放題に予算を使いたいところだろう。そして、何か問題が起きれば大統領に被せる…。そうなれば、まさにジウマ大統領の罷免の再現か。
 セントロンの本音としては、今のところ、本気で「伝家の宝刀」(罷免)を抜くつもりはない。自分たちの扱いやすいように「手なずけ始めた」という感じか。荒馬ボルソナロを、セントロンが裏から操る「人形」になるように徐々に仕向けている。
 政治評論家のフィリッペ・モウラ・ブラジル氏は現在の状況を、《セントロンは、棺を担いで墓場まで運ぶことはできるが、一緒に墓穴には入らない》(https://www.youtube.com/watch?v=Lzp8QUy19EU)と説明する。
 言いかえると、ボウソナロという友人の棺を悲しみながら墓場まで運んでも(罷免審議を進める)、彼と一緒に墓穴に入ることはしないと見ている。言い方を変えれば、セントロンはあくまで「傀儡師」(人形遣い)であって、「自分たちは人形(大統領)にはならない」という宣言だ。
 緊張感の高い流動的な政治情勢はまだまだ続きそうだ。(深)

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