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《記者コラム》35万国民の死の責任は誰にあるのか?

世界人口の3%のブラジルに死者37%が集中

ブラジルのコロナ死者数/日(4月10日時点)

 世界的に見ると、ブラジルのコロナ禍は明らかに異常事態にある。
 BBCブラジル4月7日付(8日参照、https://www.terra.com.br/noticias/coronavirus/brasil-tem-em-1-dia-mais-mortes-por-covid-19-do-que-133-paises-em-1-ano-de-pandemia,6a08c6f9)は、6日(火)にブラジルがコロナ死者4195人を記録したことの意味を《ブラジルの人口は世界の2・7%なのに、その日のコロナ死者の37%が集中した》と報じた。
 8日(木)には2度目の4千人超を記録した。この意味は重い。なぜなら6日の数字は、「週末に未集計だった分がまとめて加算されて多めに出たもの」だが、8日の数字は「ほぼ平日1日の分」だからだ。

コロナ死者数の上位国(4月10日時点)

 1日の死者の世界最悪記録は、米国が1月12日に記録した4476人だ。あと240人増えればそれを越える。この週末の分が加算された13日にそれが起きるかもしれない。実際この11日(日)の死者数は、常に少な目の日曜日としては過去最悪の1824人を記録した。
 4月の最初の9日間だけで2万7千人が死んだ。一日3千人ペースだ。このまま行けば一カ月間で9万人が死ぬ。もしも更に増加すれば10万人もありえる。
 ちなみに10日時点の日本のコロナ死者累計はたった9325人。日本のまる1年間の死者数は、今のブラジルの3日間分に過ぎない。
 覚えているだろうか。昨年末時点では19万人だった。昨年3月から12月までの10カ月間の累計が19万だ。それが3月には1週間で1万人を越え、4月最初には10日間で3万人、4月全体では9万人になろうとしている。これは尋常ではない。
 現時点でそれぐらいに、ブラジルが世界の感染爆発の中心地だ。
 1月にはマナウスが変異株で医療崩壊し、3月には国全体に広がった。南米近隣諸国は、ブラジルが厳格な対処をとらないことに恐れおののき、国境を封鎖している。だが大陸の国境には抜け道がたくさんある。時間の問題で2~3カ月以内に南米大陸に拡散する可能性がありそうだ。
 今ブラジルが厳しい対処をとらなければ、世界に悪影響が広がる。WHOを始め、世界がそれに警告を発している。
 本紙3月11日《ブラジル》「世界が恐れる『原爆級』感染爆発=死者3千人超/日の予想まで=20州でUTI占有率80%超え」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210311-12brasil.html)の時点で、すでにその恐れが報道されている。世界はブラジル発の「原爆級の感染爆発」を恐れている。

ブラジル史初の人口減少

 今回の異常事態は、歴史的に見ても特異な現象になっている。
 スプートニク・ブラジル4月8日付(10日参照、https://br.sputniknews.com/brasil/2021040817294499-aumento-da-mortalidade-indica-que-brasil-vive-tempestade-perfeita-avalia-sociologo/?utm_)は、《この120年間、20世紀以降のブラジル史の中で、常に人口は増え続けてきた。しかし、この4月は歴史上初めて死者数が出生数を上回る可能性が出てきた》と報じた。
 1900年頃のブラジル総人口は約2千万人とみられており、常に増え続けて、2000年頃には2億人の大台を超え、10倍になった。
 IBGEの予測によれば、ブラジルの死者数と出生数が逆転するのは2040年前後とされ、それまで増え続けるのが従来の予測だった。
 国民の人口の増減は、経済においても軍事においても国力に密接に関係しており、「国家繁栄と存続の根幹」に関わる大問題だ。
 ところが同記事によれば3月の死者数は、コロナ死者の激増をうけて昨年同期比で63%も増えた。その結果、出生数が僅かに多い、事実上の拮抗状態になった。
 さらに、エウタキオ・ニニス・アウベス博士によれば《4月1日から6日まで、ブラジル史で初めて、死亡数が出生数を上回ったことが分った》とジョルナル・ダ・グローボが報じている。
 つまり、現在の地球規模で見ても、ブラジル史的に見ても、コロナ禍の被害は異常水準にある。
 ところが「国のトップにいる人間が異常事態にあることを理解していない」という、さらに異常な事態が起きている。「国家的な緊急事態が起きている」との認識がトップにないことが、ある意味、国民にとっては最大の悲劇だ。

「コロナ禍は数分で解決できる」という大統領

「グローボTVはゴミ」との看板を掲げ、自分への批判の急先鋒であるメディアをさげすむ大統領(Fotos: Alan Santos/PR)

 コロナ死者が4月6日に4千人を初めて超えたことに関して、コメントを求められた大統領は「そんな問題は数分で解決できる」と自信を見せ、「州政府がグローボ、フォーリャ、エスタードに払っている広告費を止めて別のことに使えば良い。連邦政府は2年前から払うのを止めている」とメディア攻撃をした。
 コロナ禍はメディアが作り上げている幻想だから、州政府が広告費を払わないでメディアがつぶれれば問題もなくなるとでも言いたいようだ。その認識のままで、まともなコロナ対策がとれるとは思えない。
 国の現状が理解できないトップだが、保身には細心の注意を払う。歴代大統領最多の70件もの罷免申請が下院議長に寄せられる中、議会最多勢力のセントロンを味方につけて、罷免されないための鉄壁の防御を連邦議会内に築いていた。

上院での議員調査委員会の様子(Beto Barata/Agência Senado/Arquivo)

 だが、鉄壁に見えた布陣にも「アリの一穴」があった。それは上院だ。最高裁判事の単独判断によって、上院にコロナ禍責任追及を問う議会調査委員会(Comissão Parlamentar de Inquérito、以下コロナCPI)という「穴」が開けられた。
 90日間限定の特別な議員調査委員会を作り、大統領や大臣レベルを呼び出して、連邦政府の仕事の実態を突き上げ、糾すのがCPIだ。
 元々、連邦議会内でもっともセントロンの勢力が弱いのが上院だった。だからロドリゴ・パシェコ氏が上院議長選に出たとき、セントロンだけでなく、野党最大勢力PTからも支持を得るという体制で臨んだ。セントロンだけでは上院の全81人をまとめきれず、野党も巻き込める人材でなければ議長になれなかった。
 その野党が1月に申請したのが、マナウス医療崩壊の責任を問うこのコロナCPIだ。

なぜCPIが設置されることになったか

コロナ禍CPI設置を命ずるバローゾ判事の件を報じるエスタード紙4月8日付電子版

 CPIは通常、3分の1(27人)以上の賛同者がいる場合は、即座に開設しなければならないと憲法が規定している。だが、コロナCPIには32人もの署名が集まったのに、パシェッコ上院議長は大統領の顔色をうかがって2カ月以上も放置していた。
 それにしびれを切らせた署名者が最高裁に「CPIを開設しないのはおかしい」と訴訟を起こし、今回、ルイス・ロベルト・バローゾ判事が「開設すべき」との単独判断を8日に下した。現判事の中でも最も学究肌のバローゾ判事ゆえに、厳密な憲法解釈に則った判断だ。
 パシェッコ上院議長は「今そのCPIを作っても、来年の大統領選の前哨戦的な政治的な言い合いが繰り広げられるだけ」「コロナ対策に集中すべき」と反論をしつつも、「司法命令には従う」としぶしぶ受け入れるコメントを出した。
 それに対して大統領は9日、《司法は政治に口出しするな》といつもの過剰反応を繰り広げている。いわく《最高裁判事に対する罷免審議をやるべきだ》《州コロナ対策の方の実態調査する委員会開設もするべき》と言いたい放題だ。
 言葉を換えれば、それだけ「痛いところを突かれた」「打撃が利いている」ということでもある。事実、上院議長の後ろで卑猥なゼスチャーをしたことで辞職させられることになったフィリッペ・マルチンス大統領特別補佐官の解雇手続きを、大統領はズルズルと引き延ばしてきたが、CPIが出てきた途端、実行した。上院の機嫌を損なわないためだ。
 大統領府が異議を唱えたため、14日(水)に最高裁大法廷で開設すべきかどうかの再審議が行われる。だが報道によれば、バローゾ判事は「全判事に相談した上での判断」と述べており、開設判断が維持される可能性が高い。ただし「大法廷ではひっくり返る可能性がある」との報道もある。

コロナ対策本部が未だにないブラジル

 そもそも国レベルのコロナ対策本部を今まで設置していないこと自体、コロナ禍を軽視している証拠だ。
 例えば日本には「新型コロナウイルス感染症対策本部」が昨年3月26日に設置され、総理大臣が本部長、関係大臣が副本部長、それ以外の大臣が本部員となって会議を開催し、専門家の意見を聞いて緊急対策を協議している。
 同時に「新型インフルエンザ等対策有識者会議」(尾身茂会長)もあり、専門家や自治体首長らが参加する諮問機関となっている。
 米国には、世界の感染症対策機関の手本と見なされる米厚生省傘下の疾病対策センター(CDC)が常設され、トランプ米大統領時代から政権対策チームが設置され、ファウチ国立アレルギー感染症研究所長らもメンバーに入っている。
 それに当たる国レベルの機関がブラジルにはない。マナウスの酸素ボンベ不足で窒息死多発の件以外でも、連邦政府のコロナ対策不備に関しては、叩けばいくらでも埃が出てくるに違いない。

政治劇としてのCPI

責任重大なケイロガ保健相(Foto: Tânia Rêgo/Agência Brasil)

 CPIが設置されたら3カ月かけて、野党による政治劇、吊し上げが繰り広げられると予想されている。政治評論家の中には、このCPIを通して政権のコロナ対策全体が批判され、国民の大統領支持率がさらに落ちることを予想する者が多い。
 ジャーナリストのベラ・マガリャンエス氏も9日夕方のCBNニュースで「30%前後ある鉄板支持率が、ジルマ大統領の時と同じく7~8%まで落ちればインピーチメントが始まる可能性がある」と見ている。
 ただし、ジャーナリストの中には「CPIは〝政治的な見世物〟で結果が出た試しがない」と悲観する者も多い。例えば18年10月から数カ月間に渡って北東伯一帯に史上最悪の原油塊が漂着した事件を調査するCPIが開設されていたが、3月にこっそりと終了した。ブラジル史上に残る重大環境汚染事件だったが、原因がなんら究明されず、まったく成果が上がらなかった。
 実際、CPIで暴露された犯罪があっても、その場で逮捕されることはない。その案件が検察に引き継がれて捜査されれば、初めて犯罪として立件される。大統領や大臣でも犯罪が明らかになれば、改めて検察庁が捜査に入り、罷免へとつながる可能性がある。
 そこまで明確に犯罪性のある案件が出てくるかどうかが鍵を握る。ありがちなのは「倫理的に問題」で波紋を広げても、刑事罰にはならない程度の暴露だ。
 このCPIが大統領罷免に直結する可能性は高くない。むしろセントロンにとっては、ここぞとばかりに水面下で大統領に「アレを暴露するぞ」と脅しあげ、様々な譲歩を引き出して来年の自分の選挙を有利にするような裏交渉をする場として使われておしまいという可能性が高い。

7年かかるワクチン接種

勢いづく反ボルソナロのルーラ派(Fotos: Elineudo Meira)

 唯一の解決法と見られているワクチンも、暗澹たる状況だ。4月7日付エスタード紙によれば、《接種開始から79日目で1回目が10%、2回目は2・86%完了》だとあったのを見て愕然とした。
 つまり単純計算すれば2カ月と20日間かかって、わずか3%しか2回目の接種が完了していない。このままのペースなら1年で13・5%。全員が打ち終わるには7年かかる。
 これが連邦政府の「国家ワクチン計画」と言われるものの実態だ。保健省の出す「予定数」はまったく当てにならない。パズエロ前保健相はいい加減な数字を並べて、今年中に打ち終わるような幻想を振りまいていたが、実態を伴っていない単なるプロパガンダだった。
 だからCPIの話が出てきたとたん、保健省サイトはワクチン取得予測数を出すのを一時的に止めた。あまりに実態とかけ離れているから、責任を追及される可能性があると恐れたようだ。
 最近、大統領はあちこちに口出しして責任者を取り替えている。だが肝心のことをしていない。取り替えるべきは保健大臣、外務大臣、防衛大臣でも、ペトロブラス、ブラジル銀行でもない。ANVISAだ。
 ANVISAの会長をすげ替えて、もっと素早くワクチン(スプートニクVなど)を承認させ、その供給量を圧倒的に増やして接種スピードを100~200万回分/日に上げれば、その分早く収束する。いま緊急態応を急ぐべきはワクチン入手だ。接種するシステムはすでに整っている。
 大統領は、14日の最高裁大法廷でCPI開設を否決させる圧力をかけるために、最高裁判事の罷免審査を上院で始めるよう与党側上議に依頼する他、コロナCPI設置に署名した上議に議員割当金割り増しなどをちらつかせて署名撤回を働きかけ始めたと報じられている。
 この週末、大統領と親派の上議との電話内容が公開され、そこには州知事や市長の責任追及もCPIに含めるように大統領が強く要請した上で、「リモン(酸っぱい=辛いもの)じゃなくて、リモネード(美味しいレモンジュース)にするんだ」との言葉があった。現政権だけを標的にしたCPIではなく、連邦自治体も含めることで焦点をボカし、政敵を攻撃する場にもする戦術のようだ。
 とにかく35万人超が亡くなるという現実の前に「誰にその責任があるのか」と問いたくなるのは当然だ。意味のあるCPIにしてほしい。(深)