コロナ禍CPIの先にあるものは
ボルソナロ大統領は先週、三回大きな落胆を感じたに違いない。
一つ目の落胆は《コロナ禍議員調査委員会(CPI)の開設》だ。
大統領は、開設させないように最大限の交渉をしたが押し切られた。どうせ野党中心のコロナ禍CPIが開設されるなら、政敵である州知事や市長のコロナ禍責任も問う、与党中心の別のCPIを設置して、野党の連邦自治体首長を攻撃する場を作って〝相打ち〟にしようとした。
だが、それもできなかった。パシェッコ上院議長は、野党中心のCPIの中に「連邦政府からの補助金の使い道を検証する」という形で収めたからだ。野党主体のCPIの中でその検証をしたところで、同じ野党側である政敵に大きな打撃は与えられない。
このCPI開設に関して、与党寄りの立場を取るコーロル上議(PROS)の発言が興味深い。ジアリオ・ド・ポデール紙4月13日付《コーロルはコロナ禍CPI設置と最高裁の抜き打ち判決を批判》の見出しが躍る記事で、今設置することは「国民が願い、求めているものに反する。まったく相容れない」と批判した。
ただし、大統領に対しては、「率先してコロナ対策を採るように」と警鐘も鳴らす。三権、連邦自治体と一体になって対策を巡らすべき時であり、お互いに批判して足を引っ張り合っている場合ではないとする。まったくその通りだ。だが、それを大統領がやろうとしないから、CPI設置となった。
コーロル上議は「今CPIを始めることは、デジタルなバベルを作ることになる」と今後起きる大混乱を予想する。「国民は混乱でなく、健康を求めている」と締めくくった。
ここで思い出されるのは、コーロルとボルソナロ両氏の共通点だ。本紙20年4月25日《コーロル=「その映画ならもう見た」=元祖・罷免の元大統領、ボルソナロの罷免を予告?》で、昨年すでに予告されていた。この時、マイア下院議長は罷免審議を取り上げなかった。だが、今回は分らない。
コーロル大統領の時もCPIから罷免に進んだ
弱小政党PFLから出馬した若きコーロル氏(1990―1992年に大統領)は1989年、大統領選第2次投票で51・01%を獲得し、ライバルのルーラ候補をわずか5・71%の僅差で蹴散らした。
軍政が終わったばかりで、外国資本の導入が許され、欧米からの輸入品が溢れ始め、新自由主義的な経済が好まれ、軍政が作った数々の公社を民営化することが良しとされる風潮があった時代だ。現財相のゲデス氏が18年の選挙戦で言っていたことと似ている。
汚職イメージが強い旧来の政治家とは一線を画し、若きコーロル候補は清新なイメージを売りにして弱小PFLから立候補し、国民にブームを巻き起こした。その大人気に相乗りした候補が、9州で知事に選ばれるという爆発的勝利を収めた。
だが、連邦議会では依然として過半数を制すにはほど遠く、不安的な議会との関係が続いた。まるで弱小PSLから出馬して、まさかの当選を果たしたボルソナロ氏そっくりだ。
そんな不安定な足元を突いて、就任3年目の92年に選挙時の金庫番PCファリアス氏の汚職容疑が暴露され、それを追求するCPIが5月27日設置された。そこで大統領周辺の怪しい人物の口座情報の開示が命じられ、そこからナゾの小切手が出てきたことから大問題に発展した。
その年の9月29日、与党があまりに弱小だったため、下院議会では441対38という圧倒的多数が罷免審議開始に賛成した。その審議の最後の最後、上院で罷免判決が言い渡される数時間前の12月29日、コーロル氏は大統領職を自ら辞職した。
就任当初90年の世論調査では71%の国民が「最高」「良い」と大きな期待をしていた。だがその年のうちに化けの皮がはがれて36%に下がり、最終的には9%まで落ちていた。
ボルソナロ氏の場合も、下院議会のほぼ過半数を占めるセントロンと左派議員が結託すれば、同じように圧倒的賛成票をもって罷免審議が始められるかもしれない。
コーロル氏の二の舞になるのが、大統領にとっての悪夢だ。そこまで行かなくても、支持率がガタ落ちすれば、間違いなくルーラ、もしくは彼が押す反ボルソナロ候補に票を持って行かれる。
鍵を握る委員長と報告官の役割
CPIで重要なのは委員長(議長、Presidente)と報告官(Rerator)だ。委員長はオマル・アジス氏(PSD)。アマゾナス州選出で、知事(2010―14年)もやった経験があることから、今回の焦点の一つであるマナウスの酸素不足で窒息死する患者が続出した件を議事進行するには適当だと判断された。
彼は「独立派(中立派)」と見られているため、野党の中から選ばれるのではと恐れていた連邦政府からも好感をもって受け入れられている。政府側にとって最悪だったのは、CPI起案者である左派急進論客ランドルフ・ロドリゲス上議(レデ)などが就任することだったが、それは免れた。ただし、彼は副委員長になっている。
委員長の仕事は、CPIの議事日程を決め、滞りなく議事進行するように調整することだ。最初の会合は22日か29日からとパシェコ上院議長が指定したが、その後の会議自体の日程ややり方の調整は委員長が行う。
連邦政府にとって、より怖いのは報告官だ。マナウス酸素不足の問題に焦点を当てながらも、連邦政府のコロナ対策の考え方の正当性、手抜きがあったかどうかを、じっくりと検証するのに、どんな証人を、どんな順番で呼ぶか決める権限を持っている。
昨年3月時点の保健相マンデッタ、5月からのタイシ両氏を最初に喚問して、二人からは医師としての専門的見解、政権内部でのやり取りを暴露してもらい、保健省官僚や専門技官、続いてパズエロ前保健相(現役陸軍中将)を召喚して保健知識の無知ぶり、無策ぶりを比較すると見られる。そのコロナ対策不在を問う流れの中で「保健省幹部を大量の軍人に置き換えてきたことの功罪」も問われる可能性がある。
アジス委員長のインタビューなどによれば、その過程で「なぜワクチン購入を遅らせてきたか」「挙国一致のコロナ対策をしてこなかった理由」などが問われ、「保健相は大統領の操り人形に過ぎない」という実態があぶり出され、本当の責任は誰にあるのかという核心に踏み込むとみられる。
さらに報告官には、何かを隠していると思われる人物の口座情報開示を求める権限も与えられている。連邦政府側にとっては、これが一番怖い。大統領は、家族など身内、大臣や支持者らに捜査の手が及ぶことを最も避けたいだろう。
そして報告官が、名前の通り、最終報告を書き、さらに捜査する必要があると判断すれば、検察や連邦警察に指示する権限を持つ。
今回その役割を担うのが、レナン・カリェイロス上議(MDB)だ。懐かしい名前ではないか。
エドアルド・クーニャ下院議長時代に、上院議長だった彼だ。LJ作戦の容疑で両院議長はジリジリと辞任を迫られ、クーニャ下院議長は最後の最後のでもろくも陥落したが、カリェイロス上院議長は無理押しを続けて、なんとかしのいだ。あの際のふてぶてしさはクーニャ氏をしのぐものがあった。
当時、PT政権時代に政治家との交渉が苦手なジウマ大統領を裏から支える役目を、セントロンだったPMDB(現MDB)が担っていた。つまり、ボルソナロ氏が大嫌いな左派政党との太いパイプを持つセントロン体質の政治家といえる。
PT側の意向を受けたボルソナロ政権への仕返しが繰り広げられる可能性がある。政界の裏の裏まで知り尽くした、最も伝統的な政治家カリェイロス上議が、一匹狼のボルソナロ氏をどう裁くのかが見物だ。
以前から書いているのようにボルソナロ大統領は、「忠実なしもべ」を一人一人はぎ取られている最中だ。保健大臣、外務大臣、大統領補佐官など。今は更に環境大臣、経済相への退任圧力が強まっており、どんどん〝裸の王様〟になりつつある。
このCPIで、「忠実なしもべ」の財布の中まで〝裸〟にされる可能性がある。汚職疑惑にまみれたカリャイロス氏が、〝正義の味方〟として政権を裁く側に立つ姿は、どこか釈然としないものがあるが、それが大人の世界の立場というものなのだろう。
裏の交渉ごとの中心は21年予算案か
連邦政府は現在、大きな選択を両院から迫られている。何の選択かといえば、セントロンか、それともパウロ・ゲデス財相を選ぶか―という選択だ。だが実際には、選択する余地すらない。セントロンは大統領の罷免開始をする権限を持っているが、ゲデス財相にはそれに匹敵する大統領に対するメリットはない。
具体的には2021年度予算案だ。本来なら昨年末に承認されているはずのものだが、伸ばし伸ばしにされ、両院議長が替わってからさらに手が加えられ、3月にようやく両院で承認され、大統領に署名するように回されてきた。
ところが、昨年末に経済省が出した予算案からは換骨奪胎された代物になって帰ってきた。
セントロンは議員割当金や地方インフラ工事経費などを大幅に膨らませ、その分、年金や失業保険などの義務的出費を減らして、形だけ帳尻を合わせた予算案にしてしまった。事実上、「執行不能な予算」という専門家までいる。
そのままの予算案に大統領が署名したら自分が財政責任法に問われて罷免される恐れがあると、経済省は署名しないように大統領に進言している代物だ。
だが、セントロンを代表する立場にあるリラ下院議長は、大統領はそのまま署名すればいい。そうすれば後は我々がうまく帳尻を合わせる。もちろん罷免審議など始めないと迫っているという。
ゲデス財相はもともと新自由主義的な政策の持ち主で、財政均衡と小さな政府を目指す。公社はできるだけ民営化し、補助金は減らして身軽な政府にして、常に財政バランスを採って、国際金融資本家から見ても望ましい財政運営することを主張している。だが、コロナ禍もあって現実はすでに逆行している。
だがセントロンは、来年の選挙に向けて、自分の選挙地盤で地元利益誘導型のインフラ工事をバンバン始めて、票田を喜ばせたい。財政バランスなど後で考えれば良いというような雰囲気で物事を進めようとしている。
更に、現在の経済省は元々あった7省の機能を統合したスーパー省庁だから、ゲデス氏を辞めさせて省をバラバラに戻して大臣職を増やし、セントロンがその利権を握るというプランも噂されている。
セントロン、ゲデス氏どちらを選ぶか。大統領に残された期限は22日までだ。その水面下のやり取りが今週の山場となるだろう。大統領が拒否権を行使する件数が少ないほど、ゲデス氏が大臣を辞めるタイミングは早いと見られている。
そんなタイミングで、野党側が中心になったコロナ禍CPIが上院で立ち上がったことで、議会工作をセントロンに一任せざるを得ない大統領にとっては、セントロンを選ぶしかない状況が更に固まったともいえる。
国民にとって一番イヤな筋書きは、大統領がセントロンに「CPIはお手柔らかにしてくれ。その代わりに予算案はそのまま承認する」と交渉して実際その通りになることだ。アジス委員長はジャーナリストに「今回のCPIもAcabar em pizza(なし崩し、成果なしに終わる)ではないか?」と尋ねられ、「私はイタリア系子孫だが今回はピザでは終わらせない」と明言した。
上院ではコロナ禍CPI、下院では21年度予算案を通して、セントロンからの強烈な圧力が連邦政府にかかっている。この不安的な政治的、財政的動きがドル高維持に影響している。
まるでLJ作戦前に戻りつつあるブラジル
ボルソナロ氏が先週落胆した二つ目の出来事は、最高裁がルーラ出馬可能と正式に判断したことだ。18年選挙でもルーラ本人との戦いだったらボルソナロ氏が負けていた可能性が高い。
選挙の1年半前の現時点ですら、世論調査ではルーラ優勢になり始めている。「国内の左派政治家、PT政権時代に近かった企業家、諸外国の左派政治家などがすでにルーラとの再接触を始めた」とも報道されている。これでルーラが来年に向けての台風の目になることは間違いない。
しかし、釈然としないのは、「ルーラ裁判はクリチーバでやるのは適当ではないという5年前の訴えを受けて、すでに3審判決まで出ているものがあるルーラ裁判を、なぜ今無効にすると最高裁が判断したのか」という点だ。
法律のことなどまったく詳しくないコラム子からすれば、普段ボルソナロ親派からSNSなどで「反最高裁」批判を浴び続けている側が、ここぞとばかりに逆襲モードに入り、「反ボルソナロ」という政治的な判断を正式に下したようにしか見えない。
法律を少々拡大解釈して「最大の政敵を解き放って、ボルソナロの権力を削ぐという『毒には毒を』戦略を決断した」ように見える。つまり「司法判断は、そのときの政治状況によって変化することがある」という典型だ。
元々「Ministério da Justiça(法務省)」の「Justiça」という単語には「法律」と共に「正義」という意味がある。今回の最高裁判断を評価する政治評論家はそろって「A Justiça foi feita(正義が行われた)」と断じている。つまり、正義か必ずしも絶対的なものではなく、「主観的な正義」「調整的な正義」という価値も含まれる。だからその時々で解釈が変わるのだ。
コロナ禍CPI設置の判断も、最高裁が上院の背中を押した。ルーラ解放も最高裁の判断。いま司法界がボルソナロへの逆襲をしている。
LJ作戦潰しという部分では、ボルソナロ政権は成功した。それに司法も乗っかった部分もあった。だがその結果、LJ作戦以降、なりを潜めていた政治家が復活を始めている。カリェイロス氏はその最たるものだ。
モロ氏が下したLJ裁判自体に「偏りがあった」との正式な判断が出れば、政界に大きな大変動が起きる。おそらく次に復活を遂げるのはクーニャ氏かもしれない。
大統領が追い込まれても立ち上がらない支持者
大統領の三つ目の落胆は《これだけ追い込まれているのに支持者が大きなマニフェスタソンをしないこと》だ。頼みの綱だった軍部は、自分への積極的な後ろ盾的な声明を表明することを拒否した。最後に残されたのは支持者だといえる。
ある意味、三つ目が一番本人にはキツいのではないか。支持票に直結しているからだ。SNS上でそれなりに煽っているが、いつまでたっても支持者が大きな支持行動を見せない。
今後CPIによって支持率はさらにジリ貧になり、ルーラ再出馬によってボルソナロ批判票がそこに集中し、支持者が沈黙する。大統領にとってその先にあるのは一体何か・・・。(深)
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