「政治的迫害の犠牲者」としてアピール
ルーラは24日に組合関係者と会合を持ったのち、27日にはブラジリアへ行き、MDBやセントロンを初めとする旧友らと逢い、来年の大統領選挙に向けての動きを本格化させる予定とエスタード紙23日付(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,apto-para-2022-lula-reforca-articulacao-com-renan-e-o-velho-mdb,70003691352)は報じた。
5月1日の労働者の日あたりを「ルーラ復活祭」として印象づけるためのイベントを準備しているようだ。LJ作戦の担当判事だったセルジオ・モロ氏を悪役に仕立て上げ、自分は「政治的迫害の犠牲者だった」という構図を前面に押し出し、復活を宣言する儀式にしようと画策しているようだ。
これは最高裁が22日、「クリチーバにおけるルーラ裁判を無効化してブラジリアに移管する判決を下したこと」「ラヴァ・ジャット作戦担当判事だったモロ氏のルーラ判決には偏りがあった認定したこと」を受けた動きだ。ルーラは被選挙権を回復し、正式に大統領選候補として名乗りを上げることができると最高裁がお墨付きを与えたことになる。
ルーラがブラジリアでの会合で重要視しているのは、労働者党(PT)の大票田である北東伯の政治家との関係再構築だ。なかでもMDB、PSD、ソリダリエダーデ、セントロンの政治家との関係を取り戻すことを目指すと同記事には指摘されている。
そう、あのセントロンだ。セントロンにオンブにダッコ状態になっているボルソナロの足元を、グラグラと揺さぶる戦略だ。彼なら、ジルマ大統領罷免という裏切りを実行したセントロンの過去を棚上げにして、関係を再構築することは十分に可能だろう。
もちろん、PT内ではセントロンを「裏切り者」として絶対に組みたくないと考える勢力は多い。だが、ルーラという大ボスが大統領に復活するためなら、戦略的に振る舞うことは十分にありえる。
CPIを年末まで延長させて〝血を流す〟策も
北東伯のMDB勢の中でも、最もPTに近い一人、レナン・カリェイロス上議はキーマンだ。党とルーラを再接近させる仲介役をすると見られている。本日27日から開始されるコロナ禍議員調査委員会(CPI)で、報告官に選ばれる可能性大のあの上議だ。
エスタード紙20日付《レナンにより連邦政府はCPIで〝血を流す〟はず》(https://politica.estadao.com.br/blogs/coluna-do-estadao/com-renan-governo-deve-sangrar-em-cpi/)には、こうある。「レナンはCPIが始まる前は、罷免や、いかなる過激な行動も否定している。だが彼は今現在〝2022年までジャイール・ボルソナロを流血させたままにしておこう〟チームに所属している。大統領にとって最良の方法は〝出血を減らす〟しかない」。
今のところレナン上議は表だって、大統領に敵対的なことを言っていない。彼の場合、だからアブナイ。裏でルーラなど反ボルソナロ派の意を受け、連邦政府内に巣くう病巣をえぐり出して明らかにするための本格的な〝外科手術〟、わかり易い言葉に言い換えれば「大統領を血祭りに上げる」準備していると言われる。
最初はパズエロ前保健相のコロナ対策への「不作為」(法律で、あえて積極的な行為をしないこと)問題をまな板に載せつつも、最終的には、それを裏で命令していた大統領の責任を明らかにしていくと見られる。
すでに連邦議会内では「CPIを延長させて年末まで長引かせよう」との画策が始まっていると同記事には書かれている。基本は90日間で収めるだろうが、大統領の出方次第では延長する可能もでてきた。90日で終わっても、報告書に検察や連邦警察に捜査を継続させる内容を盛り込み、そこで来年まで血を流し続けるように仕込む可能性がある。
最初は比較的温和に始めて、時間をかけてジワジワと締め付けをキツくし、段々と追い詰める。年末に向けて盛り上げるように仕組み、できるだけ来年に大きなダメージが残るようにし、支持率を下げていく。12月になれば、国民の目は明らかに来年の選挙を強く意識するようになる。そこまで長引かせて選挙イメージを悪化させる戦略だ。
当然のことだが、選挙イメージが悪くなったボスと組む政治家はいない。支持率が実際に一桁まで下がるのなら、セントロンはさっさと〝次の救世主〟に乗り換える。沈没する船から逃げ出すネズミのように動き出すだろう。
CPIを年末まで長引かせる戦略があるなら、逆に言えば、罷免はない。来年に入ってから罷免申請を始める可能性は限りなく低いからだ。支持率が下がって次の選挙では間違いなく負けるであろう人物を、半年間の労力をかけて追い落とす必要はない。
次なるセントロンの仕返しは
リラ下院議長は大統領に対し、「そのまま裁可してくれ。でないと問題が起きる」と警告していたにも関わらず、大統領は22日晩、2021年予算に対し、幾つかの項目に拒否権を発動した上で裁可、承認した。つまり、リラ下院議長よりもゲデス経済相の進言を重視したと見られる。
これに対し、エスタード紙23日付(https://economia.estadao.com.br/noticias/geral,batalha-do-orcamento-guedes-ganha-com-cortes-mas-segue-sob-pressao-com-arrocho-previsto-para-o-ano,70003691160?utm_source=webpush_notificacao&utm_medium=webpush_notificacao&utm_campaign=webpush_notificacao)には、次のような分析が書かれた。
「注目すべき点は、ボルソナロはアルツール・リラ下院議長の注文に応じなかったことだ。下院議長は、全文そのまま承認しなければ、与党に対する支援を失う恐れがあると警告を発していた。拒否権を発動したことに対する結果は、これから現れる。内幕でどんな〝帳尻逢わせ〟が行われるのか? ゲデスの経済省を分割して、企画省を復活させることへの圧力はどんどん増している。予算審議で自分の言い分を通した代わりに、ゲデスは自らの巨大権力の一部を移譲する危機に直面している」
セントロンは自分たちが負けた件をほじくり返したり、蒸し返したりしない。別の案件を使ってキッチリ仕返しをして帳尻をあわせるのが彼らの流儀だ。おそらく大統領がセントロンの警告を無視したツケは、高いものにつくだろう。
大統領はどの政党を基盤にして選挙を戦うか
ブラジルはこれから呼吸器疾患が増える冬に入る。2500人/日レベルのコロナ死者数の高原状態が続けば、6月中には50万人を越えて世界一になる可能性がある。
とはいえ、インドは現在、感染者数が30万人/日越えの惨状であり、その数字が2週間後の死者数に反映する。それを考えれば、インドの方が死者数世界一になる可能性もある。
だとしてもブラジルは死者数世界1~2位という最悪の状況は続く。
そんな最悪状況の中で、大統領(所属政党なし)にとって今月は、来年の選挙地盤を明確にする意味で節目の時だ。
エスタード紙21日付《弱小政党の党首になるか、しっかりした大政党の傘下に収まるかというジレンマ》(https://www.estadao.com.br/infograficos/politica,os-dilemas-do-candidato-jair-bolsonaro,1162636)には、「大統領府は、今月中に所属政党を明確にする予定と発表」と書かれている。
PSLを離党した際に自分の党を立ち上げるとぶち上げた大統領だが、1年以上経っても設立メドは立っていない。新党設立には45万2千人以上の賛同署名が必要とされ、本人たちは30万人以上集まったと豪語しているが、高等選挙裁判所が有効な署名と認定しているのはわずか9万4915人分だ。必要数のわずか20%程度だ。
コロナ死者数が最悪の記録を出し続け、その責任を問うCPIが続く中で、これまでの1年でできなかった署名集めを、今後1年でやりきるのは今まで以上に難しい。
前回の大統領選で自らの人気によって巨大政党にふくれあがったPSLに戻れば、政見放送時間や潤沢な選挙基金を使える。だが、そのためには大げんかして決裂した相手、党首ルシナーノ・ビヴァール下議に頭を下げ、その指揮下に入らなければならない。かなり難しい選択だ。ただし息子エドアルドを同党に残留させており、何らかの政治的決着が付けば、復帰もあり得る。
PPはリラ下院議長の政党であり、ここに入ればセントロンのど真ん中に足場を構えることになる。しっかりとした選挙地盤をもった伝統的な政党だが、汚職疑惑を多く抱えることで有名。予算審議でリラ下院議長の言葉を無視したことからも、普通ならここに来ることはあり得ない。もしもここに入る決断をしたとすれば、完全にセントロンの配下に入ることを決意した時だろう。
あり得る筋書きとしては、レプブリカーノス(共和者)党入りだ。すでに息子フラヴィオ、カルロスが世話になっている。ボルソナロの支持基盤の一つであるキリスト教福音派の一派、ウニベルサル教会の政党として有名なところだ。ただし、マルコス・ペレイラ党首は「党首の座は渡さない」と言っており、やはり「ボルソナロ党」にはならない。他の福音派政党との絡みもある。
あとは、メンサロン・スキャンダルで有罪判決を下され、下院議員ですらないのに党首を務める政界の妖怪、ロベルト・ジェフェルソン率いるPTBだ。その他、PLもセントロンで大きな影響力を持つがやはり汚職イメージが強い。
パトリオッタ(愛国者)党は積極的にボルソナロへ入党を誘い、党首を任せると公言しているが、政見放送時間はわずか10秒、選挙基金ゼロだ。ボルソナロが前回のような奇跡的大ブームを巻き起こさない限り、ここを基盤にして大統領選を勝ち抜くことは難しい。
ルーラ復活でサンパウロ州知事選挙の構図も激変
ルーラ復活に伴って、来年のサンパウロ州州知事選にも動きが出ている。エスタード紙19日付によれば、ドリア州知事(PSDB)が大統領選出馬をあきらめ、州知事再選を狙う可能性が高まった。本来なら、ドリアが大統領選、現副知事のロドリゴ・ガルシア(DEM)がPSDBに移籍して、知事選にでるのが筋書きだった。
PSDBの中では、アウキミン元州知事は上議に出馬してもらい、ジョゼ・セーラ現上議には退いて下議に戻ってもらうことも視野に入っていた。だがルーラ復活により、全ての筋書きが変わりつつある。
ドリアが州知事再選に向けて動き、セーラ上議が再選を譲らないのであれば、アルキミン元州知事は行き場を失う。そこへ潤沢な選挙基金を持つPSLが目をつけ、アウキミンに移籍をもちかけ、ドリアと州知事選を戦わないかという誘いをかけている(エスタード紙22日付)。
かつて副知事をつとめ、アウキミンが18年大統領選に出た後釜となったマルシオ・フランサがいるPSDも声をかけている。ここにアウキミンが移籍して知事候補、フランサ福候補という黄金パターンで勝負する筋書きもある(フォーリャ紙25日付、https://www1.folha.uol.com.br/poder/2021/04/volta-de-lula-e-xadrez-de-doria-congestionam-quadro-de-candidaturas-ao-governo-de-sp-em-2022.shtml)。
ルーラ復活で左派陣営に団結が出始め、来年の大統領選挙に出るはずだったPSOLのギリャエルメ・ボウロスが取り下げて、聖州知事選にする意向を見せている。
またPTからはフェルナンド・ハダジが州知事選に出馬し、ボウロスも「PSDB王国を壊す」ことを最優先するコメントを出しているから、第2次投票ではPTとPSOLが団結する可能性が高い。
もう一つ見逃せない要因はワクチンだ。聖州政府が資金を投じて開発している国産初のワクチン「ブタンバック」は9月から本格生産開始という話も出てきている。生産工程が国内で完結するため、安価大量生産が期待されている。
そして10月には中国製のコロナバックの新工場が完成し、早ければ12月には全行程の国産化が開始される。つまり年末までに、サンパウロ州のワクチン生産は激増する。これらが実現すれば年末までには150万回接種/日が可能になる。そうなれば来年前半までに全国民への接種が終わり、来年の選挙戦が開始する頃にはコロナ収束に目処が立つかも。
一方、ブタンバックのライバルとみられていた連邦政府の資金を受けた新ワクチン開発の方は、今回の2021年予算案から資金拠出が停止された。もう開発は進められない。ワクチン開発に関しては、明らかにサンパウロ州の勝ちだ。
そのような流れの中で「優秀なワクチン対策でブラジルを救ったドリア州知事」と「40万人(6月までに50万?)の国民をコロナ対策の不作為によって殺したボルソナロ大統領」という対比は決定的になる。ドリア州知事には追い風が吹く見込みであり、展開次第では大統領選出馬にも可能性を残している。
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ルーラ復活によって、いろいろな場面に変化が現れてきている。
ルーラとの関係再構築を通して、セントロンはさらに大統領を追い詰める手を打ってくるだろう。左派陣営はルーラを軸に結束を強める。
ボルソナロ本人にとっても、来年に向けた有効な選挙基盤が作れるかどうかは、ここ数カ月の政治交渉が山場のはずだ。
だが、その大統領には老練なカリェイロス上議がコロナ禍CPIでじわじわと外科手術を始める。年末に向けて徐々にイメージが落とされ、その分の票が反ボルソナロ、おそらくルーラ側に流れる。そして、ドリア州知事には追い風がこれから吹く。
目が離せない局面が当分続きそうだ。(敬称略、深)