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《記者コラム》逃げ出した贖罪の山羊が飼い主を神に捧げるか?

黙秘しても〝まな板〟からは逃げられない

エドアルド・パズエロ前保健相(Palácio do Planalto, via Wikimedia Commons)

 今週のコロナ禍議会調査委員会(CPI)では、18日のアラウージョ前外相もワクチン入手遅延などの外交問題が厳しく突かれそうだが、なんといってもパズエロ前保健相が証人喚問される19日(水)が山場だ。最高裁のリカルド・レヴァンドウスキ判事の判断で黙秘権が認められたが、それでも注目度合いは変わらない。
 これは多くの判例から、そう判断されると多くのジャーナリストが予測していた。刑法では、警察の事情聴取の際、どんな犯罪者であっても「自分に不利な証言」はしなくても良い、黙秘権があると認められているからだ。CPIも捜査の一種であり、黙秘権は人権として認められる。
 だからといって「逃げられる」訳ではない。証言者が防御を固めるほど、上議たちの攻撃も過激さを増す。CPIで嘘をついたことが証明されれば逮捕される。CPIで召喚できないのは大統領だけであり、ほかのあらゆる関係者は全て証言台に上げられる。10時間近くかけて今までに積み上げた情報を元にした厳しい質問を繰り返す心理戦が繰り広げられる。いわば「まな板の上の鯉」状態だ。
 注目されるのは「誰からその行為をするように命令を受けたか」という指揮系統に関する質問だろう。大統領が命じたとおりに動く〝操り人形〟が保健大臣だと誰もが思っている。それを証明する質問が、あの手この手で繰り出される。黙秘権が許されているのは「自分に不利な証言」だけであり、他人に関しては正直に語る義務がある。
 多々居る陸軍予備役大将クラスの閣僚の中で、彼だけが現役中将の格下であることは、皆がやりたくない汚れ仕事が彼に押しつけられていた状況の証拠でもある。
 「〝影のコロナ対策委員会〟はワクチンではなく、感染拡大による集団免疫で経済再開を目指そうとしたのではないか」「クロロキンをコロナ治療薬として承認するべきだとの指図は誰が出したのか」「昨年10月にパズエロが一端承認した中国製コロナバッキの購入を、大統領が反対して辞めさせた経緯」「昨年8月頃には7千万回分の申し出があったファイザー社のワクチン購入に関して、交渉を3カ月も放置したあげく、拒絶するように指示したのは誰か」など山のような質問を受けるだろう。
 この時にファイザー社と契約をしていれば、昨年12月から本格的な接種が開始され、今頃は現状よりも450万回分も多く調達できていた。それによってどれだけ多くの命が救われていたかが問われる。
 黙秘権を認める判断がでた際に話題になったのは、かつてオニキス・ロレンゾニ大統領府秘書室長官が発言した「それ(黙秘権)を使うのは悪党(bandido)だけだ」というコメントだ。
 ジャーナリストのラウロ・ジャルジンがオ・グローボサイトに発表したコラム(https://blogs.oglobo.globo.com/lauro-jardim/post/so-bandido-usa-isso-disse-onyx-lorenzoni-sobre-ficar-calado-em-cpi.html)によれば、2015年5月、ペトロブラスCPIでネストル・セルベロがその権利を申請した際、ロレンゾニは自分のツイッターにそう書いて話題になった。
 今回は自分の仲間がその権利を行使するが、同じコメントをするか?

逃げ出した贖罪の山羊

ウィリアム・ホルマン・ハントが描いた油絵「スケープゴート」(1854年、William Holman Hunt, Public domain, via Wikimedia Commons)

 本紙4月24日「《ブラジル》大統領広報役が雑誌でパズエロこき下ろし=全責任を擦り付け、切り捨てか」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210424-13brasil.html)にあるように、大統領府社会通信局(SECOM)元局長、大統領の広報役ファビオ・ワインガルテンは、〝お上〟の意を受けて全ての責任をパズエロになすりつける発言をヴェージャ誌の取材に答えて行った。
 13日朝のCBNラジオでジャーナリストのカルロス・サルデンベルギは、次のような興味深い説を披露した。元々の筋書きはパズエロを「スケープゴート(生け贄として捧げられる贖罪の山羊)」(Bode expiatório)にして切り捨てることだったようだ。
 だが雑誌掲載後、パズエロが弁護士と相談し、やっぱりその筋書きはイヤだと〝お上〟に申し立てたことから筋書きが変わったという。つまり「生け贄が逃げた」。
 だから、12日のCPIでワインガルテンは全ての責任をパズエロになすりつける発言をするつもりだったが、できなくなりウソにウソを積み上げるような証言になった。明らかなウソを繰り返すワインガルテンに対し、レナン報告官が怒り心頭に達し、「ヤツを逮捕しろ!」と言い出すに至った。
 逮捕されなかったのはオズマル・アジスCPI委員長が「私の委員会では逮捕者は出さない。ここでの発言を連邦検察庁が捜査して、その結果逮捕されるのが筋だ。だから検察庁に捜査を要請する。今ここで逮捕されるより、もっと過酷な結果を招くことになるかもしれないが、それは覚悟しておいてほしい」と反対したからだ。
 だがその言葉の通り、「逮捕されなくて良かった」では済まない。そのとき逮捕されていたら、すぐ保釈金を払って1分たりとも留置場に入らないことが予想された。だが、検察庁の捜査は別のレベルになる。
 とはいえ連邦検察庁のトップ、アウグスト・アラス長官は大統領派だから〝穏便〟に済まされる可能性も当然ある。

「沈黙」が意味するのはYES?

 もしもパズエロが「それは大統領から命令されたのか?」との質問には黙秘を貫けば、結果的に「肯定したも当然」と解釈されるかもしれない。
 UOLサイトのコラムニスト、ジョジアス・デ・ソウザは14日、「パズエロが黙秘権を最高裁に申し立てること自体、大統領の罪を認めたのと同じ意味だ。誰もが知っている通り、この政権の規律は『上官が命令、下士官は実行する』だからだ」(https://youtu.be/4V4IGCAlrps)とコメントしている。
 興味深いのは、予備役陸軍大将のアミウトン・モウロン副大統領の発言が大統領と距離を置くようになってきたことだ。アンタゴニスタ・サイト10日付(https://www.oantagonista.com/brasil/tudo-indica-que-bolsonaro-nao-me-quer-como-vice-em-2022-diz-mourao/)では「全てが指し示しているのは、ボルソナロは私に2022年の大統領選の副大統領候補になってほしくないと思っていることだ」とコメントしている。
 彼は政権内の軍閥トップだ。軍部が、大統領を罷免してアミウトン・モウロン副大統領を昇格させる気があるなら、CPIでパズエロにどう振る舞わせるかに、その一端が現れるだろう。
 もし黙秘せずに責任を大統領になすりつけるような発言をしたら、それは生け贄の山羊が、自分の代わりに飼い主を神に捧げるようなものだ。シナリオは見えない。

トラトラッソに負けたロドリゴ・マイア

ブラジルのTrator(トラクター、ブルドーザー、AlfvanBeem, CC0, via Wikimedia Commons)

 先週、CPI以外に世間の話題をさらったもう一つのネタは、エスタード紙のスクープ「トラトラッソ疑惑」だ。この伏線はずっと前からあった。全連邦議員の権利として与えられていて公明正大な議員割当金(emenda parlamentar)とは別に、地域開発省の予算から主要議員のプロジェクトに資金を振り分けていた問題だ。
 エスタード紙記者が情報公開法に基づいて、100通以上の議員書簡の開示を求め、丹念につきあわせることで初めて明らかになった。地域開発省の予算が、特定の議員の利権を補強する議員割当金と同様に使われていたことから、「政府が議会工作に影響力のある議員に特別に割り振った秘密資金」の疑惑としてスクープされた。仕組みがPT政権時代のメンサロン疑惑とそっくりなので「ボウソロン」とも呼ばれる。
 問題はその金額が30億レアルという大金だったことだ。主に農牧族の議員に割り当てられ、うち2億7180万レアル分がトラクターや農業器具の購入に使われた。しかも最悪のケースでは259%も水増しされた金額が払い込まれていた。これで大量のトラクターが購入されたのでトラトラッソ(Tratoraço)とも書かれている。

ボルソナロ大統領とロジェリオ・マリーニョ地域開発相(右、Palácio do Planalto from Brasilia, Brasil, via Wikimedia Commons)

 注目されるのは地域開発相のロジェリオ・マリーニョだ。彼は昨年8月頃から「Plano Pró-Brasil」(PPB)プロジェクトを進めている。PT政権の目玉事業だったPAC(経済活性化計画)の焼き直しと言われ、巨額の国債発行によるインフラ投資をして外国資本を呼び込み、大型工事をバンバン進めて景気回復させる計画だ。
 昨年8月頃の動きは本紙20年8月18日「《記者コラム》樹海=セントロン復活と追い詰められたゲデス経済相」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/200818-41colonia.html)にまとめてある。
 財政バランスを重視するゲデス経済相と対立する場面が多かったが、マリーニョの地盤が北大河州であることからセントロンの北東伯や北伯勢を味方につけ、ゲデスが負ける場面が続き、静かに地盤を固めていた。寝返った一人がDEM党首のACMネットだ。3回も州知事をやってバイア州政界を牛耳ったドン、アントニオ・カルロス・マガリャンエスの孫だ。
 この勢力最大の基盤が、セントロン派閥が事実上管理すると言われるサンフランシスコ川とパルナイーバ川の流域開発公社(Codevasf)だ。
 エスタード紙コラム5月11日(https://politica.estadao.com.br/blogs/coluna-do-estadao/tratoraco-traicoes-e-diaspora-do-dem/)によれば、そこに「秘密資金」をジャブジャブと注ぐことでACMネットらDEM議員が次々に寝返り、2月の下院議長選挙で現職のロドリゴ・マイア(DEM)の後継候補バレイアを打ち破って、北東伯アラゴアス州選出のアルツル・リラ(PP)が選出された。
 だからマイアは、ボルソナロに近寄るDEMからの離党を公言し、それに敵対するジョアン・ドリア聖州知事に近づき、ロドリゴ・ガルシア聖州副知事(DEM)を引き連れてPSDBに移籍する動きを見せ、ACMネットを「Malandro baiano(狡猾なバイア男)」と貶している(14日エスタード紙https://politica.estadao.com.br/blogs/fausto-macedo/maia-chama-acm-neto-de-malandro-baiano-e-pede-desfiliacao-do-dem/?utm_source=webpush_notificacao&utm_medium=webpush_notificacao&utm_campaign=webpush_notificacao)。

「大統領は狐に鶏に卵、鶏舎の鍵まで与えた」

 ゲデス経済相の最近の言動を見るに、財政バランスを頑なに主張する人物ではなくなり、大臣職に居続けることに主眼を置き始めたとみる政治評論家が多い。
 その結果が今年度の予算に現れ、議員割当金と地方インフラ予算が極限まで増やされた。本紙4月24日「《ブラジル》2021年度予算をようやく裁可=議員割当金が政府支出圧迫=財政責任法恐れ、拒否権行使も」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210424-12brasil.html
 その極大した地方開発予算が、実は政治家に割り振られる「政府の秘密資金」だったとすっぱ抜かれたのが今回のスクープだ。大統領がそのような仕組みを作ったというよりは、政権内に巣くったセントロン勢力が議会工作をしやすいように作った仕組みではないかと推測される。
 むしろ13日朝のCBNでカルロス・サルデンベルギは「セントロンが好むのは、自分たちに頼らざるを得ないような弱い大統領。支持と引き替えに、どんどん利権を渡してくれる大統領。ボルソナロはそんなセントロンの餌食になった」と同情的コメントをした。
 エスタード紙社説12日「アミーゴ予算」(https://opiniao.estadao.com.br/noticias/notas-e-informacoes,orcamento-para-os-amigos,70003711776)では「ボルソナロ大統領は議会の〝狐〟に、鶏だけじゃなく、卵、鶏舎の鍵まで与えた」と書いている。
 だが、エスタード紙12日付によれば、関係する上議20人は「国家の機密に属するプロジェクトや内容があるから、政権に向けた請願書が公開されていなかっただけ」(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,senadores-alegaram-risco-a-seguranca-do-estado-para-manter-orcamento-secreto,70003712144)と抗弁している。
 コロナ禍CPIに国民の関心が高まる中で、トラトラッソ疑惑がどれだけスキャンダルとして発展するかは、現時点では不透明な雲行きだ。

大統領のお膝元、福音派の分裂

 15日のダッタ・フォーリャ世論調査では、来年の大統領選でルーラがどんどん優勢になってきている。54%が「ボルソナロ大統領には絶対に投票しない」と答えている。対するルーラの拒絶率は36%、ドリア30%で現職へのそれが圧倒的に高い。
 中でも注目すべきは、岩盤支持層と言われてきたエヴァンジェリコ(福音派キリスト教徒)における大統領拒絶率が35%に達したことだ。
 カルタカピタル・サイト12日、マガリ・クーニャ著コラム「ボルソナロ拒絶派の福音派教徒はどんな層か?」(https://www.cartacapital.com.br/blogs/dialogos-da-fe/quem-sao-os-evangelicos-que-rejeitam-bolsonaro/)には、3月の調査で35%の福音派が大統領を「悪い、最悪」と評価したことに関し、そのプロフィールを分析している。
 もっとも強固な大統領拒絶派は、革新主義者(progressista)や左翼の福音派信者だ。彼らは福音派だが、女性差別、環境破壊、LGTB、黒人差別、社会格差、宗教的寛容性などの問題に強い関心を抱いており、そこが岩盤拒否層を形成している。同コラムいわく《このようなキリスト教を基盤とする福音派の人々は、大統領が演説の中でほのめかすメシア的な言説に誘惑されることはなかった》とある。
 この層が徐々に拡大している。元々ローマ教皇のようなトップがいない福音派だけに、分裂が進むと手がつけられなく可能性もありそうだ。
 また同調査で大統領罷免を支持と答えた人は49%、不支持が46%となり、初めて罷免支持の方が多くなった。3月の調査では罷免不支持が50%、支持が46%だったからこの傾向は無視できない。

気になるニゼ・ヤマグチ医師

ニゼ・ヤマグチ医師(本人のインスタグラムから、https://www.instagram.com/p/B4kuEhoA67U/)

 日系社会的には、ボルソナロ大統領にクロロキン治療を薦めたニゼ・ヤマグチ医師の存在も気になるところだ。USP医学部卒で腫瘍学/免疫学の博士号をもつ医師だ。CPI召喚の話も出ており、今後「悪役」的に扱われると日系人全体の印象に関わる。
 いずれにせよ、国民43万人が亡くなったコロナ禍という大惨事の責任者追求は、しっかりとやってほしい。ワクチンを含めて保健省の金の使い道をキチンと解明し、責任の所在を明確にすべきだ。(敬称略、深)

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