「今から自分たちの憲法を作るんだ!」という意気揚々としたチリのニュースを聞きながら、国民の勇気をうらやましく思った。世界でも「SNS時代初の憲法」として注目されている。
というのも、本紙2019年11月19日付《憲法改正したら「人権は守られなくなる」のか?》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2019/191119-column.html)の中で、ブラジルは帝政時代から数えれば9回も憲法を作り、現在の88年憲法だけでも2018年までに105回修正され、現在も毎年改正されている点を指摘し、どうして日本では時代の変化に合わせて憲法が変えられないのかと問題提起した。
在ブラジルの読者から好評だったが、日本の読者の反応は実に冷淡だった。「憲法を改正するのは難しい。まして新しく作るのは不可能」という論調が大半だった。「74年経っても一度も改正されない憲法なのに、新しくすることなどありえない」との諦めのニュアンスを強く感じた。つまり思考停止だ。
それなのにチリでは、新憲法を作り直すことに国民が同意している。
チリの現行1980年憲法は、軍事独裁政権の最高権力者アウグスト・ピノチェトが制定したもので、右派が得意とする新自由主義(ネオリベラル)的な考え方や制度が埋め込まれており、それゆえに格差拡大が助長されてきたという批判を浴びている。
この経緯の詳細は、2019年11月5日付本コラム「チリのような暴動は、ブラジルでも起きるか?」(https://www.nikkeyshimbun.jp/2019/191105-column.html)を参照してほしい。
新自由主義的と言われるその最たるものが、国による年金制度がなく、民間に頼っていることだ。これを国の制度に戻すことが新憲法のキモになると言われる。制憲議会において保守派は3割の議席しか確保できず、半数近くは新興独立派議員が占めるという状態になっている。バラバラの新興派がどうやって憲法承認に必要な全議席の3分の2の賛成を形成するのか、これからが本当の正念場だ。
日本の憲法も占領下に施行された
おもえば日本国憲法もGHQ占領下に施行されたものだ。
だからウィキペディアにも《日本国憲法は、アメリカ合衆国軍を中心とする連合国軍が日本を間接統治していた1946年(昭和21年)に公布され、翌1947年(昭和22年)に施行されている。さらに、その立案・制定過程においても、連合国軍総司令部が大きく関与している。このため、改正作業が行われている最中から、占領軍による憲法改正作業への介入に異議が唱えられ、日本国憲法の成立後も、同憲法は国際法上無効ではないかという押し付け憲法論が唱えられた》(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95#%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E8%8D%89%E6%A1%88)との議論があることが明記されている。
だいたい占領下の憲法など「国民の総意」で作られたものとは言いがたい。パンデミックなどの有事になっても非常事態宣言が出せないことなど、現状に合っていないと指摘する声は多い。
2019年7月に刊行された全訳『1988年ブラジル連邦共和国憲法』(二宮正人・永井康之訳、インテルクルトゥラル社)にも、日伯の憲法を比較して《両国間の根本的な違いは、日本において憲法は「不磨の大典(編注=すり減らないほど立派な法典の意)」的な考え方が強いように思えるが、ブラジルにおいては、(共和制以降で)過去7回にわたって新たな憲法が作成されてきたことに見られるように、社会情勢に大きな変化があった場合、憲法を修正して新たな状況に臨む、というものである。その意味では、日本も敗戦時には進駐軍の命令により、明治憲法を現行憲法に改正せざるを得なかったが、ブラジルでは上記のごとく、頻繁に変わってきている》(同35頁)と比較する。
日本は有事に臨機応変に対応できているか
今の日本の情勢を海外から見るに、とても社会システムが硬直化している感じがする。「高度にシステム化された社会」である反面、頭が固くなって臨機応変な対応ができない社会になっている印象を受ける。
たとえば、コロナ対策だ。サンパウロ州の場合、コロナ専用の集中治療病床(UTI)は2月1日現在、8836床に6032人を収容していたが、4月1日には1万4054床に激増させて1万2054人を収容していた(https://g1.globo.com/sp/sao-paulo/noticia/2021/04/14/mortes-ja-superam-as-altas-nas-utis-covid-do-estado-de-sao-paulo.ghtml)。
わずか2カ月の間に、サンパウロ州政府が臨機応変にUTI(ICU)を7382床も増やしたことで、たくさんの命が救われた。これで第2波の到来をなんとか部分的な医療崩壊で乗り切った。4月6日、聖州だけで1日のコロナ死者が1389人を数えていた最悪期だ。
そんなに増やしたのに、4月にUTIに入れずに列に並んで死んだ患者は555人以上いる。ブラジル全体でたった一カ月の間に8万2千人が亡くなるという「死の4月」だった。逆にいえば、サンパウロ州がこの臨機応変な対応をしなければ、ブラジルの4月死者は10万人を越えていたかもしれない。
だが日本の場合、さほど劇的に増えていない。厚生省サイト(https://www.stopcovid19.jp/beds_graph.html#%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD)によれば、東京都のコロナ入院患者の受入確保病床数は、昨年8月26日までの3300床から始まって今は5594床までにしか増えていない。
もし東京でサンパウロ州並に1万4千床が確保できるなら、緊急事態宣言など出す必要はない。日本の場合、死者数だって22日現在で累計1万2119人。1日平均100人余りだ。
今現在で毎日2千人前後死んでいるブラジルに比べたら、騒ぐほどの数ではない。感染数の大小や医療能力の問題ではなく、コロナ病床を確保できないという「融通のなさ」「硬直した発想」「臨機応変な対応ができない頭の固さ」に問題があるように思えてならない。
文句があるなら、マスクしてデモをすべきでは
今の日本社会のそんな「融通のなさ」の根源は、70年間タブーになっている憲法にあるように思える。「タブーがある」とそこで思考が停止する。オリンピックもしかり。五輪開催を本気であきらめさせたいなら、国民がもっと街に出てデモなり何なり意思表示すべきだ。自分の国に住んでいるのだから、もっと思い切った行動をしても良いはずだ。特に日本の若者は大人しすぎる。
どこそこの調査に寄れば「70%が五輪反対」「80%が反対」とか報道されている。家の中やパソコンの前でグズグズ文句を言っているのでなく、マスクをして街に出て意思表示をすべきだ。国民が反対デモをしないのなら、世界の眼からすれば「同意したも一緒」に見える。
例えば、コロンビアではパンデミックの最中だが、強烈な反政府デモが起きている。政府の税制改革案が増税になることから反政府デモが4月から過激化して、一部暴徒化したデモ参加者と警官隊が衝突して死者まで出ている。
パンデミックのどさくさに紛れて増税しようとする政権に対して、デモ隊は怒りを滾らせ、国際的サッカー大会を中止させることを標的にした。国民には厳しい外出自粛を強いておきながら、政府は金儲けのサッカー大会誘致をしていると反発した。構図は五輪と変わらない。
その結果、同国では5月13日に開催されたリベルタドーレス杯大会のアトレチコ・ミネイロ(ブラジル)対アメリカ・デ・カリコル(コロンビア)戦の場外で激しくデモが行われ、警察の催涙弾が打ち込まれ、花火などの音が響く中でゲームが行われた。途中、催涙ガスが会場にも流れ込み、なんども中断されることになった。
コロンビア政府は治安悪化を理由に、コパ・アメリカ大会の開催時期を11月へ変更することを要請したが、南米サッカー連盟(CONMEBOL)が却下した。そのためコロンビアとアルゼンチンで平行同時で行う予定だったコパ・アメリカ大会の6月11日開幕を断念すると同連盟は発表した。
一方、チリだって所得格差拡大を社会問題として国民が怒り、2019年に激しい反政府デモをやって、サンティアゴで予定されていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を中止に追い込んだ。
だから昨年10月25日に新憲法制定の賛否を問う国民投票が実施され、約8割が賛成した。そのため今月15、16日に新憲法草案をつくる制憲議会の議員選挙が行われ、155人が選ばれた。6~7月には制憲議会が開会し、9カ月かけて草案を練り、来年中にも草案の可否を問う国民投票をする予定だ。
若者が生きにくい日本社会の現状
最近一番心強く思ったニュースはフォーリャ紙5月21日付が報じた、ぼろぼろの経済状態においてもブラジル国民の7割が「国に誇り」を持っており、9割が「この国はやりようがある」(tem jeito)と信じていること(https://www1.folha.uol.com.br/poder/2021/05/datafolha-90-dizem-que-o-brasil-tem-jeito-e-70-falam-que-sentem-orgulho-do-pais.shtml)だ。
パンデミックで失業率が急上昇して経済がスタグフレーション傾向を見せようが、格差社会が拡大しようが、コロナ禍CPIやリオ州知事罷免にあるような汚職や政治的グダグダ度合いのひどさはあっても、国民が自分の国に「何とかなる」「誇りがある」と思えることはとても重要だ。
今月11、12日にダッタフォーリャが2017人に行ったこの世論調査では、「ブラジルに誇りを感じる」が70%、「恥を感じる」が26%と圧倒的多数が誇りに思っている。
この数字が最悪になっていたのは、テメル大統領がラヴァ・ジャット作戦で追い詰められていた2017年6月で、誇り派と恥派が共に約50%と均衡するところまで悪化していた。
逆に誇り派が最高だったのが2010年11月の89%で、ルーラ政権末期の頃、岩塩層下油田の採掘が本格化された頃だった。恥派はわずか9%だった。ルーラへの印象はその後のラヴァ・ジャット作戦の進展で劇的に悪くなったが、多くの国民にはこの時代のルーラの好印象はまだ残っている。
ちなみに日本はどうかというと、若手経営者らでつくる日本青年会議所(日本JC)が2015年2月に行った意識調査によれば、「日本という国を誇りに思うか」との問いには、73・0%が「思う」と答えた。今のブラジルとほぼ同じだ。
誇りがあるなら、なんとかしたいと思っているのではないか。
だが、内閣府が出している『平成26(2014)年版 子ども・若者白書(概要版)』(https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26gaiyou/tokushu.html)にある「特集 今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの」によれば、日本の若者は諸外国と比べて、自己を肯定的に捉えている者の割合がかなり低い。残念ながらこの調査にブラジルの数字はない。
自己肯定感の「自分自身に満足している」項目ではトップがアメリカで86%、2位がイギリスで83・1%、3位がフランスで82・7%、日本はそれらの約半分の45・8%と異常に低い。
意欲に関しても、諸外国と比べて、うまくいくかわからないことに対し意欲的に取り組むという意識が低く、つまらない/やる気が出ないと感じる若者が多い。「つまらない、やる気がでないと感じたこと」項目では、日本が断トツの1位で76・9%だ。2位は韓国の64・5%、次がスウェーデンの55・7%と大分低くなる。
心の状態では、悲しい/ゆううつだと感じている者の割合が高い。「ゆううつだと感じた」項目では日本は文句なしの1位で77・9%。2位は韓国の63・2%となっている。
日本の若者が日々憂鬱を感じている閉塞感、やる気のでなさは何なのか。若者が何かをやって、それが社会に良い影響を与えたという実績が必要なのではないか。
世界が注目する今がデモのヤリ時
通常ブラジルや南米で「良いニュース」を探すことは、とても困難だ。だが時にキラリと光るものを感じることがある。
その一例がチリだ。日本には、ぜひチリの若者を見習ってほしい。命をかけて政権と戦い、新しい憲法を勝ち取るという勇気は賞賛に値する。アジアにも見本はたくさんいる。昨年までの香港の若者たち、現在のミャンマーのデモ隊など、皆が自分の国をなんとかするために立ち上がった。
まず若者は街に出てオリンピックに対する意見表明をしたらどうか。SNS時代ゆえに別の表現方法があるのかもしれない。とにかく世界から見て、やりたいならやりたい、止めさせたいなら止めさせたいで、分かりやすい表現をしてほしい。
それで勢いがつけば新憲法への筋道も生まれるかもしれない。「何条改正」などとせせこましいことを言っていないで、この際、憲法を一から作り直すべきではないか。右も左も関係ない。日本で生きるものとしての根本問題として取り組むべきではないか。
外国人移民を受け入れるかどうか、緊急事態宣言ができるようにするか、どのように自分の国を守るのか、財政政策は本当に今のままでいいのか、高齢化対策と少子化対策はどうするのか。アメリカと中国とどちらを採るのか、それとも完全中立か―など論点は山ほどある。
伝統は大事だが、過度の硬直化は良くない。決まり事を減らせば、若者が元気になる。タブーがなくなれば、社会的な閉塞感は減るはずだ。
ブラジルも2013年6月、サッカーワールド杯の前年に行われるコンフェデレーション杯を前にして、巨大なデモが頻発するようになった。あれからラヴァ・ジャット作戦も盛り上がり、ジルマ大統領罷免につながる運動になっていった。
世界が注目するオリンピックは良い機会だ。右とか左とか関係ない。日本の将来、自分の未来を憂う若者には、しっかりと意思表示してほしい。(深)
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