「メキシコ人はインディオから、ブラジル人は密林から、我々は船に乗ってヨーロッパから来た。私の名字、フェルアンデスはその証しだ」――アルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス大統領は9日、スペインのペドロ・サンチェス首相を首都ブエノス・アレスに迎えて、そう問題発言をし、ブラジル・メディアは「差別発言」だと大々的に取り上げた。
スペイン首相を歓迎する上機嫌の余り、つい口走ったのかもしれないが、とても少数派擁護を是とする左派とは思えない発言だ。むしろ、南米から見て仰ぎ見るような存在の欧州、自分たちより原始的な存在はインディオだけ、という「南米人」らしいニュアンスを感じさせる言葉だ。
9日深夜、フォーリャ紙サイトの読者投稿欄には「なるほど、フェルナンデスは略奪者ヨーロッパ人の子孫なんだな」(クロヴィス、リオ州)、「私は確かに、密林の、黒人の、インディオの、白人の、黄色人種の果実だ。で、そのどこに問題がある?」(ホメロ、ゴイアス州)と揶揄する声が書き込まれていた。
ブラジル・メディアから、そんなどうでも良い話題ばかり大きく取り上げられるお隣アルゼンチンだが、経済は危機的な状況に陥っている。
インフレ48%、昨年GDP約10%マイナス
フェルナンデス大統領は5月20日の全国民に向けた演説で、新型コロナ感染拡大および死者数の増加を受け、「(2020年3月の新型コロナウイルスの)パンデミック宣言以来、最悪の状況にある。感染者数および死者数は過去最多を記録している」と、現在の危機的状況を説明した。
ブラジルと違って左派政権の隣国は、早期から全国ロックダウンを行い、ワクチン接種も1月から積極的に始めるなど南米ではかなり真剣にコロナ対策に取り組んできた国の一つだ。いわばロックダウン先進国だが、欧米ほどの効果が出ていない。
19日現在、亜国の感染者合計は424万2763人、死者累計は8万8247人。ワクチン接種完了者は人口比の8・1%。国民の509人に一人がコロナで亡くなっている計算になる。
アルゼンチンの人口(4494万人)とほぼ同じサンパウロ州(4404万人)と比較すると、こちらは死者12万1238人とやはり多い。州民の363人に一人がコロナで亡くなっている。そして感染者は355万2727人と少ない。つまり、亜国の方が厳格なロックダウンをしている分、医療崩壊をせずに病院対応ができ死亡率が抑えられている。
とはいえ、日本のように8799人に一人しかコロナ死者がいない国に比べれば、所詮「南米レベル」という数字といえなくもない。
ただし、ブラジルの経済は多少良くなる兆候が出始めているのに対し、隣国の経済は3230億ドルもの負債を抱える中、コロナ禍で世界最長のロックダウンを行ったこともあり、経済成長率が昨年マイナス9・9%を記録した。コロナ前の貧困層は800万人だったのが1千万人以上に激増した。
隣国の昨年の失業率は10・4%に達し、インフレ率は現在約48%と推定され、ペソの価値を侵食し続けている。
とはいえブラジルも5月にIBGEが発表した失業率は過去最悪の14・7%で、直近12カ月のインフレ率は8%を越えたから、人のことは言えない。だが、インフレ率は一桁違うし、隣国ほどの対外債務もない。
4月20日付@DIME記事「コロナ禍で下落した新興国通貨、今年は米国長期金利の動向に大きく左右される可能性」によれば、《昨年1年間の動きを振り返ると、主要24通貨のうち対米ドルで最も大きく下落したのは、アルゼンチンペソのー28・9%で、以下、ブラジルレアルのー22・5%、トルコリラのー20・0%、ロシアルーブルのー16・7%という順だった》とある。最もコロナ禍で価値が下落したのがアルゼンチンペソだった。
ブラジルではこのレアル安を一因とするインフレ高騰により、ブラジル中銀はそれまで史上最低だった政策金利2%を、3月から3回連続で0・75%ずつ引き引き上げ、今月4・25%にした。だがインフレ率からすれば、マイナス金利のままだ。
だが、アルゼンチンの政策金利は38%! 40%台のインフレ率からすれば当然だが、驚くべき高さだ。
世界的な金融緩和の中で、その政策金利の高さを受けて投機的な資金が流れ込んだせいか、アルゼンチンの株価を示すメルバル指数は、昨年来上がり調子だったが、この6月に入ってから急に不安定な動きを見せて下げ始めている。
何が起きているのか?
調べて見たら現在、10回目のデフォルトの可能性に直面していると報じられていた。
5月末の支払期限を守らず、猶予期間の60日
亜国の5月31日付インフォバエ・サイトの記事(https://www.infobae.com/economia/2021/05/31/la-argentina-no-pago-el-vencimiento-con-el-club-de-paris-comienza-a-correr-el-reloj-para-evitar-un-default-en-julio/)によれば、《アルゼンチン政府は、2014年に署名された協定の締結から7年が経過した後、パリクラブから借りていた24億8500万米ドルを今週月曜日に支払わなかった。債権国との契約では、アルゼンチンが公式にデフォルト(債務不履行)に陥る前に、60日間の猶予期間を設ける可能性がある》と報じられていた。
つまり、5月31日までに支払うべき債務を、アルゼンチン政府は払わなかった。現在は、正式にデフォルトに陥る前の「60日の猶予期間」にある訳だ。そのリスク上昇をうけて株価が下げ続けている。
この「パリクラブ」は富裕国政府が構成する債権者グループだ。貸付額1位はドイツ(全債務の37・37%)、2位に日本(22・34%)、3位がオランダ(7・98%)、スペイン(6・68%)などと先進国が名を連ねる。
フェルナンデス大統領は5月末の返済日の直前、5月9日から14日まで債務の再編交渉のために欧州を訪れていた。
スペインとポルトガルは早々に理解を示し、他にエマニュエル・マクロン仏大統領とマリオ・ドラギ伊首相とも会談した。コロナ禍最悪の中でデフォルト直前まで追い詰められている現状に対し、理解を示した上に、亜国訪問までしてくれたスペイン首相を歓迎する喜びの気持ちが、冒頭の問題発言につながった訳だ。
では、現在の債務返済計画のどこが問題なのか? アルゼンチンは今年から440億ドル分のIMF融資の返済を開始する予定になっていた。今年は約35億ドル、2022年には180億ドル、2023年には190億ドルを返済するスケジュールだ。
だが3月にフェルナンデス大統領は、これでは負担が大きすぎると述べ、経済状態が良くなる4年後に支払いを延期したいと表明し、なおかつIMFが早期返済を促すために課している課徴金の削減を求めた。つまり、次の大統領にツケを回そうとしている。
ただし、政権内でも意見が割れている。IMF寄りの考え方を持つグスマン経済相は、債務再編交渉に向けて、前向きにコロナ関係補助金など歳出の削減を進めているが、フェルナンデス大統領の後ろ盾であるクリスティーナ・フェルナンデス副大統領(元大統領)に近いグループはこれに反対している。
フェルナンデス大統領は、クリスティーナ氏の後釜、後継者という立場だから、その声をむげにはできない。
だから4月下旬にクリスティーナ氏に近い上院議員らが、IMFから新規配分が予定されている43億5千万ドルの特別引出権(SDR)に関して、本来の使途であるIMFへの返済に充てるのではなく、国内の新型コロナウイルス関連対策費に充てることを求める宣言を採択し、経済相に強い圧力をかけている。
この背景には、半年後の11月に中間選挙が控えていることがある。上院72議席中の24議席、下院257議席中の127議席を改選する。当然、国民から支持されない条件でIMFやパリクラブと合意したら、選挙で負ける。だから、IMF寄りのグスマン経済相や、それを支持するフェルナンデス大統領への風当たりが強くなっている。
「デフォルトがクセにならないように」とくさされる「国際的なお荷物」国家
アルゼンチンといえば1816年の建国以来、9回も債務不履行(デフォルト)を起こしたことで有名だ。最近でも2014年、昨年2020年5月と頻発状態だ。特に昨年のデフォルトは、比較的十分な外貨準備高(約430億ドル)があるのに、利払いを意図的に行わない「テクニカル・デフォルト」と位置付けられている。
つまり昨年も「払えるけど、払いたくない。そのお金は別のことに使いたい」という政治的判断が働いていた。
だいたいフェルナンデス氏は2019年の大統領選挙の際、「国を不況から脱出させ、貯蓄と消費力を破壊している債務と通貨の危機を解決する」と約束した。だが、ブラジルの政治家にもありがちな、ただの「選挙時の約束」に終わっている。
とはいえ、パンデミックがいまも猛威を振るう南米において、外国に債務を返済するための国家支出よりも、国民のためのコロナ対策の緊急支出に使いたいと考えるのは、政治家として当然だ。
そんな亜国の現状に対し、ブルームバーグサイト記事「Paris Club to Spare Argentina From $2.4 Billion Debt Default」(https://www.bloomberg.com/markets/fixed-income)には「国際的なお荷物」とのこみだしがつけられ、《今回のパリクラブの一時的な免除は、パンデミックによる経済的打撃を和らげることを目的としているが、習慣化しないように条件をつける必要があると関係者の一人は言う》とまで書かれている。平たい言葉になおせば「借金踏み倒しがクセにならないようにお仕置きが必要」と言われている。
JETROビジネス短信「中間選挙を控え、与党内圧力で債務再編交渉の不透明感増す(アルゼンチン)」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/05/183ed62b2e6cddf1.html)には、今件に関し《IMFとの債務再編合意は11月の中間選挙後というのがメインシナリオとされているため、パリクラブにはIMFとの合意まで返済を猶予してもらう可能性がある。5月末の返済期限から60日後に、パリクラブはデフォルトを宣言することができるが、仮にデフォルトとなれば、アルゼンチンにとっては10度目のデフォルトになり、国際金融市場での信用力はさらに低下する。
IMFとの交渉にはなお時間がかかる見通しだが、与党内での意見の相違や力関係の変化は、交渉の先行きを不透明なものにしている》とコメントしている。
6月に入ってからメルバル指数が急に下げ調子になってきた理由は、まさにこの不透明な点にありそうだ。隣国が10回目のデフォルトに陥れば、ブラジルも少なからず余波をかぶる可能性がある。同様に、日本もパリクラブの債権国第2位だけに、関係がない訳でもなさそうだ。(深)