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《記者コラム》セントロンの政権乗っ取りが意味すること

大統領自身もノゲイラ官房長官就任に関して、「政府の魂を渡した」と報じる27日付オ・グローボ紙サイト記事の一部

 「私はセントロンだ!」――ボルソナロ大統領は7月22日、シロ・ノゲイラ上議(進歩党=PP、ピアウイ州選出)を官房長官に任命したことに関して、ブラジルのラジオ局から質問を受けそう明言した。(https://g1.globo.com/politica/noticia/2021/07/22/eu-sou-do-centrao-diz-bolsonaro-ao-ser-questionado-sobre-ciro-nogueira-na-casa-civil.ghtml
 そこで「私の政治家人生(約28年)の半分はセントロンに属していた」「私はそこで政治家として生まれた」とまで言った。ボルソナロ氏は数年で次々に党移籍するのが普通なのに、PPとは相性が良く10年以上在籍した。そのPP党首がノゲイラ氏だ。
 ボルソナロ氏は2018年の選挙戦で「汚職まみれのセントロンは敵だ」「トマ・ラ・ダ・カー(連立与党のトップを閣僚に任命、利権と引き替えに票をとりまとめるという旧来の政治手法)を撲滅する」と公約した。その言葉を信じて投票した国民にとって、「私はセントロンだ」としゃーしゃーと言ってのける行為は、耐えがたい裏切りだ。
 まるで、TVドラマの中盤で、正義の味方だとばかり思っていた主人公が、実は敵組織のスパイだったと判明したような展開になっている。
 下院議員の約半分を占める弱小中道政党グループ「セントロン」は、FHC、ルーラ、ジウマ、テメル政権を裏から支え、常にうまい汁が吸える場所に陣取ってきた。陽の当たる大統領職にはPSDB、PT、PMDBなどを立てて、問題が起きれば自分たちは知らん顔をして大統領に責任をとらせ、利権を温存してきた。
 生き馬の目を抜くブラジル政界で、左右の政治信条にとらわれず、常に実利を最優先する最もしたたかな生き方を貫いてきた集団と言われる。
 そんなセントロンがイヤで多くの国民はボルソナロに投票したはずなのに、ふたを開けてみれば「実はオレもセントロンだ」と暴露した訳だ。というか、「反セントロン」という政治姿勢が世間受けするとおもえば、その振りすらも躊躇なくできるのがセントロンかと思わせる展開だ。
 ただし正確に言えば、2018年当時、ボルソナロは実際にセントロンから離れて一匹狼として当選した。だが、議会工作に失敗してどんどん政治地盤を弱める中で、最終的に元の木阿弥に戻った。結局「自分が落ち着ける場所はやっぱりセントロン」となった。
 なぜそんな表明が出されたかと言えば、今回官房長官に任命したノゲイラ上議がセントロンのリーダーだからだ。この「官房長官」(Casa civil)という役職は、連邦政府において大統領に次いで重要な肩書きで、事実上のナンバー2だ。
 「副大統領がいるではないか」と疑問に思う読者もいるかもしれないが、それは「大統領が失脚したり、死んだりした場合」に初めて重要になる役職であって、普段は「大統領のおまけ」だ。
 ところが官房長官は常に〝大統領の女房役〟だ。連邦政府の全ての予算執行、人事を管理する。莫大な予算を抱えた経済省、保健省なども連邦政府の一部であり、それら全ての動きをまとめるが官房長官だ。
 いわば全大臣を統括するトップの閣僚が官房長官だ。大統領は全体を見渡す役割で、大統領の出した方向性を具現化させて、進行を管理するのが官房長官とも言える。
 ルーラ大統領時代の官房長官は、ジルマ次期大統領だった。日本でも官房長官は、次期首相候補と目されることが多い。現に安倍晋三政権時代の菅義偉官房長官が次の首相になった。
 FHC時代から現在まで、セントロンの政治家は大臣にはなっても官房長官を任されたことは無かった。「セントロンは敵」と公言して選ばれた大統領が、セントロンをかつてない政治の高みにまで持っていった皮肉な現象が今回だ。
 ジャーナリストのジェルソン・カマロッチ氏は「シロ・ノゲイラを官房長官したのは、政治的な孤立を避けるための大統領の〝最後の切り札〟だとセントロンは見ている」と語っている(https://g1.globo.com/politica/blog/gerson-camarotti/post/2021/07/22/ciro-nogueira-na-casa-civil-e-ultima-cartada-do-governo-contra-isolamento-politico-avalia-centrao.ghtml)。
 27日付オ・グローボ紙によれば、大統領自身もノゲイラ官房長官就任に関して「政府の魂を渡した」とコメントしている(https://oglobo.globo.com/brasil/bolsonaro-diz-que-esta-entregando-alma-do-governo-lider-do-centrao-25129314)。その通りだろう。

軍閥を弱めるリーク?

コロナ禍CPIメンバー。背中がオズマル・アジス委員長、右から2人目がシロ・ノゲイラ委員(Foto: Edison Rodrigues/Agência Senado)

 なぜ大統領が、官房長官職を軍閥からセントロンに渡す決断をしたかと言えば、軍部を味方につけただけでは今の事態を乗り切れないと考えたからだ。
 今週から再開されるコロナCPIでは、さらに政権内の利権汚職が暴露される可能性がある。この動きを、大統領は「オレの後ろには軍がいるぞ」という脅しで抑えようとした。
 だが、そんな時に軍部の評価を決定的に落とす事件が起きた。《国防相「投票方式変えねば来年選挙はない」=軍を引き連れ下院議長にクーデター示唆?》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210723-13brasil.html)だった。
 軍が議会を脅迫するというあってはならない事態に際し、政治家側が左右を超えて一斉に反発し、軍部のやり過ぎに批判が集中した。
 そこで《政権内での軍の影響力後退へ=ブラガ国防相の言動契機に=連邦政府はセントロン色強める=新投票形式の可能性は絶望的》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210724-11brasil.html)となり、軍の代わりにセントロンが政権内で一気に力を強めた。
 国防相からの威嚇のメッセンジャーを誰が務めたのか、本当に脅迫があったのかなどナゾな部分が多い。脅されたはずのリラ下院議長も、国防相本人も公式には否定している。
 もしかしたら、リラ下院議長らセントロン筋が、軍部の力を弱めるために「偽リーク」をエスタード紙にしたとの憶測すらある。セントロンならそれぐらいの裏工作はお茶の子さいさいだろう。
 とにかくセントロンは昨年初め、ボルソナロから呼ばれた時から着々と政権内で基盤を築きはじめ、この〝脅迫事件〟をトドメとして政権を乗っ取った。

ラヴァ・ジャット作戦潰しとセントロン台頭

2016年3月30日、進歩党(PP)の全国執行部会議。中央にいるのがノゲイラ党首(Foto: José Cruz/Agência Brasil)

 PPはラヴァ・ジャット(LJ)捜査で最も多くの容疑者を出した政党であり、ノゲイラ本人も被告の一人だ。今のように反LJ世論が強くなっていなければ、あり得ない人事だ。
 ハッカーがLJ特捜班の携帯メッセージを違法に盗聴して内容を暴いた「ヴァザ・ジャット事件」により、LJ作戦への信用性ががた落ちしてしまった。本来別々であるべき「罪を暴く側の検察官」と「公平に裁く側の裁判官」が結託していたことが明らかになって評判を落とし、最高裁が「裁判官の判断が偏っている」と判断した。
 だがコラム子の意見としては、こうだ。結託していたからといって、特捜班の捜査官や裁判官がしたことは違法行為だと刑罰を科せられたわけではない。圧倒的に強力な人事権を持つ汚職政治家を相手にする以上、一介の公務員たる捜査官は隠密に捜査を進めざるを得ず、あらゆる手を尽くして裁判官に有罪判決を出させる裏工作をする必要があった。
 明らかになっても刑罰を処されない程度の「裏工作」「判断の偏り」と、彼らが暴いた汚職という巨悪のひどさを比べれば、圧倒的に功績の方が上回るとコラム子は見ている。「裏工作」があったからといって、LJ作戦全体が否定されるような世論になってしまったことは、冷静に考えて、国の将来にとって大きなマイナスだと思う。
 というのは、そのLJ叩きの結果として台頭してきたのが、ルーラ(PT)とセントロンだからだ。特に後者の中心政党であるPPからは、アルトゥール・リラ下院議長、リカルド・バーロス下院政府リーダーなど、議会内の重要な役職を占めるようになっていた。その仕上げが今回の官房長官就任だ。
 ノゲイラ官房長官はリラ下院議長とツーカーであり、今回の就任でさらにインピーチメントが遠のいた印象だ。
 G1サイトでジャーナリストのレナタ・ロプレッチ氏にインタビューされたジャーナリストのナツーザ・ネリ氏は、ノゲイラ上議とコロナ禍CPIのレナン・カリャイロ副委員長の仲の良さを指摘し、今週から始まるCPI後半におけるカリェイロ副委員長の発言トーンが変わる可能性を指摘した(https://g1.globo.com/politica/noticia/2021/07/22/eu-sou-do-centrao-diz-bolsonaro-ao-ser-questionado-sobre-ciro-nogueira-na-casa-civil.ghtml)。
 同CPI委員だったノゲイラ氏の後任には、大統領長男のフラヴィオ上議が噂されている。現在委員ではないが、連邦政府側の人間が召喚された際、その場を混乱させる発言をして焦点をずらす役割をしてきた。今後は正委員として政府側に不利な証拠書類を全て閲覧でき、政府側の対策を練り上げることに貢献すると予想される。

これで最高裁新判事はメンドンサ氏に決定か

2014年5月30日、ノゲイラ氏(左)と進歩党の大先輩であるパウロ・マルフィ氏(右、Foto: Paulo Pinto/Analitica)

 と同時に、ノゲイラ官房長官の存在により、最高裁の新判事指名問題もボルソナロ氏に有利になりそうだ。《最高裁の新判事候補 メンドンサ氏に早くも拒絶の声=上議の半数近くがすでに反対》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210714-13brasil.html)にあるように、大統領は国家総弁護庁(AGU)長官のアンドレ・メンドンサ氏を空席に送り込みたい。だが、あまりに「筋金入りのキリスト教福音派」的人物なので、上院には抵抗が強い。
 7月22日朝のCBNラジオで、ジャーナリストのベラ・マガリャンエス氏は、次のような興味深い分析を披露した。
 新判事に信任されるには上院で41票が必要なのに、メンドンサ氏に20票程度しか集まっていなかった。上院の口頭試問で新判事が否決されることは歴史上ほぼない。最後に否決されたのはフロリアーノ・ペイショット大統領(1891―1894年)の時代の話だ。つまり今回130年ぶりにそれが起きる可能性があった。政権側としては屈辱的な事態だ。
 だが、ノゲイラ氏は官房長官就任前から「私がとりまとめる。もうメンドンサは承認されたも同然」と公言していた。
 ちなみに、昨年10月に就任していた最高裁のカシオ・マルケス・ヌーネス判事も、ノゲイラ氏の指名だった。
 逆に上院側で新判事にしたかったのが、アウグスト・アラス連邦検察庁特捜局(PGR)長官と言われる。大統領を捜査する資格を持つ唯一の役職であり、従来なら連邦レベルの犯罪、特に連邦議員を告発することで自分の評価を上げていく役職だ。
 だが、ボルソナロ親派のアラス氏はこの2年間で政治家告発をわずか2件しかしていない。それまでは告発を連発して政治家泣かせだった歴代長官らに比べると実に、政治家と相性が良い。
 だから上院としてはアラス氏を最高裁判事に送り込みたかった。大統領がアラス長官を新判事に指名すれば問題なく通ったであろうが、あえてメンドンサ氏を指名した。
 ここではメンドンサ氏をムリヤリ通し、アラス氏を来年できる空席に回せば自陣側の判事が3人になるからだ。
 そのため上院からのアラス氏への期待を消すために、本来9月に指名すればよい次期検察庁長官指名を、早々と7月に行った。それをすることで、上議らに「メンドンサの方をなんとか通せ」というメッセージを発信していたというのが、マガリャンエス氏の見方だ。

セントロンの政権乗っ取りが意味すること

 ノゲイラ氏の官房長官就任が意味するのは「セントロンが政権を事実上乗っ取った」ことであり、軍閥の影響力縮小、ゲデス経済相の力の削減を決定づけた。
 軍閥のトップ、大統領の長年の盟友ルイス・エドゥアルド・ラモス官房長官は、大統領府総務室長官に回されて冷や飯を食わされることになった。今後、軍閥の数は変わらなくても役職の重要度は下げられる方向に入ったと見られる。
 大統領は「自分の後ろには軍人が控えている。いざとなったらクーデターを起こす」という方向性を前面に出すのを諦めたのかもしれない。今後、軍閥の格下げに関して水面下で激しい格闘が繰り広げられるだろう。だが、セントロンのしたたかな政治手腕に、軍人が敵うとは思えない。
 加えて、何があっても忠実に大統領に従う数少ない政治家、オニキス・ロレンゾーニ氏を総務室長官から、わざわざ新設する雇用・社会保障省(旧労働省)大臣に回した。
 雇用・社会保障省は、現在の経済省から切り離して新設する。雇用対策と年金部門という巨額の予算を持つ部署であり、それを「政治家の手に戻す」という決断だ。
 そもそも「経済省」は、2018年の大統領選でのボルソナロ氏の公約「閣僚の役職を政治家でなく、その道の専門家に戻す」に従い、19年1月に財務省、企画省、産業貿易サービス省(Mdic)、労働省の4省を統合して作ったスーパー官庁だった。
 エコノミストのゲデス氏が経済相となり、その下に旧各省を統括する4人の「特別長官」職をもうけ、それぞれその道の専門家に任されていた。選挙公約がもっともまともな形で機能していたのが、経済省だった。それが解体され、政治家の手に戻される過程に入ったのが、今回のボルソナロの決断だ。
 セントロンはじわじわと包囲網を張り、強め、ついにボルソナロを陥落させた。軍閥を弱めるのと同じように、今後は大統領息子たちやイデオロギー派閥の力も削いでいくだろう。

息子シロ・ノゲイラ氏の後任として上院議員に繰り上がった母エリアネ氏(右、Foto: Jefferson Rudy/Agência Senado)

 ノゲイラ官房長官就任にあたって、彼の上院議員席が空く。そこに補欠から繰り上がるのは母親エリアネ氏だ。まったく政治経験がない母親が、息子の代わりに上院議員となる。当然右も左も分からない。就任しても、息子の言うとおりに行動するだけと推測されている。
 「政治家という職業の世襲化」「いったん手に入れた政治家のポジションは家族で守る」というセントロン的な常識が端的に示された事例だ。
 7月30日朝のCBNラジオでジャーナリストのラウロ・ジャルジン氏は、「ノゲイラ氏は27日、官房長官就任にあたって大統領に次の条件を出した。『連邦議会や最高裁に対する攻撃のトーンを下げろ。もっと穏健にしろ』と。そして大統領は呑んだ。だが、二日も持たずに木曜日の定例ライブ会見でさっそく最高裁のロベルト・バローゾ判事を攻撃した。さぞやノゲイラ氏は失望したことだろう」とレポートした。ボルソナロ大統領という〝じゃじゃ馬〟をどう乗りこなすかの手腕が問われる。
 今週から再開のコロナ禍CPIでは、さらに政権がらみの利権汚職が明らかにされ、大統領の評価が下がる可能性があるが、攻撃的な言動はしづらくなる。
 実は、ボルソナロ支持率が下って窮地に追い詰められるほど、セントロンにたよらざるを得なくなる構図がある。だからコロナ禍CPIがボルソナロ氏を攻撃することは、セントロンにとって悪いことではない。
 支持率が最悪になったらセントロンは〝船を乗り換える〟と言われている。ジウマが罷免される際、最後まで政権内に居残って支え、自分たちが去ることによってトドメを刺したのがセントロンだったからだ。でもボルソナロ氏はその時セントロンの一員として内部から見ていた。当然承知の上だ。知っててなお、他に選択肢がない状況にまで追い込まれたのが、今回の官房長官指名だ。
 ボルサ・ファミリアの焼き直し拡大版の開始、地方インフラ事業でのバラマキなど、来年の選挙戦に向けた動きがこれから強まる。セントロン色がいっそう強まるの対して、国民の反発も激しくなるだろう。これからセントロンが本領発揮、次の段階の見せ場が始まる。(深)